スズキ・スイフトXS-DJE(FF/CVT)
真面目グルマの秘密兵器 2013.10.01 試乗記 デュアルジェットエンジンを採用し燃費性能の向上をはかった「スズキ・スイフト」。高速道路と一般道でその性能を確かめた。「デュアルジェット!」と叫びたい
映画『パシフィック・リム』が、小学5年生の心を持つ全世界の男子をアツくさせている。日本の怪獣映画とロボットアニメをこよなく愛するギレルモ・デル・トロ監督の情熱が詰まった超娯楽大作だ。巨大ロボットが怪獣相手に必殺技を繰り出す時、観客も「エルボー・ロケット!」と声をそろえて叫ぶ。「スズキ・スイフト」に乗り込む時のかけ声は、もちろん「デュアルジェット!」でなければならない。これは、スズキが燃費向上のために繰り出した必殺技なのだ。
2010年8月のデビューから3年がたち、初のマイナーチェンジのテーマとなったのは低燃費技術である。その中核となるのが、「デュアルジェットエンジン」だ。デュアルインジェクション、つまり1気筒あたり2つのインジェクターを備えることで燃料噴射を精密にコントロールし、燃焼効率を向上させることを狙っている。アルファ・ロメオの「ツインスパーク」がプラグを2つにしたのと似ているようだが、デュアルジェットはハイパワーではなく省燃費が目的だ。
燃焼効率を改善するために圧縮比を上げていて、従来の11.0から12.0に向上させている。当然ノッキングしやすくなるが、それをデュアルジェットが抑制するわけだ。ほかにも燃焼室や吸気ポートの形状の見直し、EGR(排気再循環システム)クーラーの採用などでノッキングを抑えこんでいる。圧縮比を上げて低燃費を目指すというのは、「マツダ・デミオ」の「スカイアクティブ」と同じ発想だ。圧縮比はデミオが14.0と驚異的な数字でリード。しかし、JC08モード燃費ではスイフトが26.4km/リッターを実現して、デミオの25.0km/リッターを上回った。
「ワゴンR」由来の技術を採用
省燃費の秘策はまだあって、それがグレード名の「DJE」の「E」だ。「エネチャージ」のことである。これは昨年「ワゴンR」に初搭載された技術で、減速時にオルタネーターで発電し、リチウムイオンバッテリーに充電するエネルギー回生システムだ。13km/h以下になると作動する「新アイドリングストップシステム」、エンジン停止時に蓄冷剤から冷風を送る「ECO-COOL(エコクール)」もワゴンR由来である。
軽自動車でつちかわれた技術が小型車を進歩させるという下克上状態だが、これは不思議なことではない。激烈な燃費競争の最前線になっているのが軽自動車の世界なのだ。かつては技術を鍛えるのはレース場だったが、今や軽自動車の開発が大きな役割を果たしているのかもしれない。「ホンダN-ONE」の開発者である浅木泰昭氏は元F1エンジニアで、「レギュレーションがあって、その中で戦うことは共通」と話していた。
中身だけでなく見た目にも変更が施されていて、フロントバンパーやラジエーターグリルなどが新しくなった。まったく違う印象になるほどの変化ではなく、よく見比べない限り気づかない人も多いだろう。インテリアも基本的に前のものを継承しているが、ダッシュボードの質感などはそろそろアップデートしてもいいような気がする。
メーターはデュアルジェット専用のものが用意された。燃費のいい走行状態になるとライトがブルーからグリーンに変わるが、エネチャージが作動している時にはホワイトの表示になる。それはわかりやすくていいのだけれど、マルチインフォメーションディスプレイとオドメーターを切り替えるツマミの動かし方が繊細にすぎたことには少々戸惑った。
おとなしめでも爽快
実際の燃費を計測するために、都内から富士五湖周辺までを往復した。メーターの平均燃費を見ると、高速道路では24km/リッターに近い値を示していた。極端な燃費運転はしないが、急加速もせずに順法速度で巡航した結果である。コンスタントに20km/リッターを出すのは難しいことではない。下り坂でアクセルオフにしても、燃費計が示す最大値は30km/リッターだ。99.9km/リッターを最大値とするクルマもある中では、律義な態度に見える。
中央道は次第に上り坂になり、談合坂サービスエリアのあたりでは見る見る数字が悪化した。ついには20km/リッターを切ってしまって悔しい気がしたが、考えてみれば決して悪い値ではない。デュアルジェットがどれだけ貢献しているのかは、運転していてもわからないが、一般道に入るとエネチャージやアイドリングストップが燃費に効いていることは実感できる。赤信号では停止の少し前にエンジンが止まるが、嫌な衝撃を感じることはない。ワゴンR譲りのしつけのよさだ。
この日は比較的涼しかったこともあり、エアコンは快調に作動していた。何度かアイドリングストップを試してみたら、ちょうど2分でエンジンがかかった。この数字はワゴンRで計測した時と同じである。リチウムイオンバッテリーの容量から導き出された時間なのだろう。高原の道を90kmほど走って、燃費計が示した値は19.7km/リッターだった。高速道路と同等な燃費で、優秀な数字と言っていい。
正直なところ、加速感はおとなしめだ。エコカー然としたつつましやかなふるまいである。アクセルを踏み込めばそれなりに元気を出そうとするものの、少々息づかいが荒い。91psというパワーでちょうど1トンの車体を動かすのだから、こんなところだろう。ただ、だからといって運転していてダルな印象なわけではない。緩いコーナーが連続する道では、心地よいドライビングを楽しめる。ステアリングを切り込むと、ほとんどロールを感じさせずに素直に向きを変えていく。その瞬間が爽快なのだ。絶対的な速度は低くても、素性のよさが伝わってくる。
デュアルジェットは、確かに低燃費を実現するための大きな武器だ。こういう派手な秘密兵器は、人目を引くという重要な役割を持っている。しかし、もともとの出来が良くなかったら本末転倒になってしまう。心置きなくデュアルジェット! と叫べるのは、真面目なクルマづくりあってこそなのだ。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
スズキ・スイフトXS-DJE
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3850×1695×1500mm
ホイールベース:2430mm
車重:1000kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:91ps(67kW)/6000rpm
最大トルク:12.0kgm(118Nm)/4400rpm
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ブリヂストン・トランザ ER300)
燃費:26.4km/リッター(JC08モード)
価格:160万8600円/テスト車=167万1600円
オプション装備:ディスチャージヘッドランプ=6万3000円
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:1881km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:352.2km
使用燃料:18.1リッター
参考燃費:19.4km/リッター(満タン法)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
BMW R12 G/S GSスポーツ(6MT)【試乗記】 2025.10.4 ビッグオフのパイオニアであるBMWが世に問うた、フラットツインの新型オフローダー「R12 G/S」。ファンを泣かせるレトロデザインで話題を集める一台だが、いざ走らせれば、オンロードで爽快で、オフロードでは最高に楽しいマシンに仕上がっていた。
-
メルセデス・ベンツGLE450d 4MATICスポーツ コア(ISG)(4WD/9AT)【試乗記】 2025.10.1 「メルセデス・ベンツGLE」の3リッターディーゼルモデルに、仕様を吟味して価格を抑えた新グレード「GLE450d 4MATICスポーツ コア」が登場。お値段1379万円の“お値打ち仕様”に納得感はあるか? 実車に触れ、他のグレードと比較して考えた。
-
MINIカントリーマンD(FF/7AT)【試乗記】 2025.9.30 大きなボディーと伝統の名称復活に違和感を覚えつつも、モダンで機能的なファミリーカーとしてみればその実力は申し分ない「MINIカントリーマン」。ラインナップでひときわ注目されるディーゼルエンジン搭載モデルに試乗し、人気の秘密を探った。
-
BMW 220dグランクーペMスポーツ(FF/7AT)【試乗記】 2025.9.29 「BMW 2シリーズ グランクーペ」がフルモデルチェンジ。新型を端的に表現するならば「正常進化」がふさわしい。絶妙なボディーサイズはそのままに、最新の装備類によって機能面では大幅なステップアップを果たしている。2リッターディーゼルモデルを試す。
-
ビモータKB4RC(6MT)【レビュー】 2025.9.27 イタリアに居を構えるハンドメイドのバイクメーカー、ビモータ。彼らの手になるネイキッドスポーツが「KB4RC」だ。ミドル級の軽量コンパクトな車体に、リッタークラスのエンジンを積んだ一台は、刺激的な走りと独創の美を併せ持つマシンに仕上がっていた。
-
NEW
「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」発表イベントの会場から
2025.10.6画像・写真マツダは2025年10月4日、「MAZDA FAN FESTA 2025 at FUJI SPEEDWAY」において、限定車「マツダ スピリット レーシング・ロードスター」と「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」を正式発表した。同イベントに展示された車両を写真で紹介する。 -
NEW
第320回:脳内デートカー
2025.10.6カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。中高年カーマニアを中心になにかと話題の新型「ホンダ・プレリュード」に初試乗。ハイブリッドのスポーツクーペなんて、今どき誰が欲しがるのかと疑問であったが、令和に復活した元祖デートカーの印象やいかに。 -
NEW
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る
2025.10.6デイリーコラムNHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。 -
NEW
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.6試乗記「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。 -
マツダ・ロードスターS(前編)
2025.10.5ミスター・スバル 辰己英治の目利き長きにわたりスバルの走りを鍛えてきた辰己英治氏が、話題の新車を批評。今回題材となるのは、「ND型」こと4代目「マツダ・ロードスター」だ。車重およそ1tという軽さで好評を得ているライトウェイトスポーツカーを、辰己氏はどう評価するのだろうか? -
BMW R12 G/S GSスポーツ(6MT)【試乗記】
2025.10.4試乗記ビッグオフのパイオニアであるBMWが世に問うた、フラットツインの新型オフローダー「R12 G/S」。ファンを泣かせるレトロデザインで話題を集める一台だが、いざ走らせれば、オンロードで爽快で、オフロードでは最高に楽しいマシンに仕上がっていた。