第217回:“2.5次元”から飛び出したクルマ、「日産アイディーエックス」を解く
2013.12.27 エディターから一言 ![]() |
その独特なスタイリングから、2013年の東京モーターショーで多くの注目を集めたコンセプトモデル「日産アイディーエックス(IDx)」。
単なる“レトロ調のショーカー”では済ませられない魅力が感じられるのは、どうしてなのか? 開発に関わったデザイナーの話も交えながら、その誕生の背景について考察する。
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デザインヘリテージをリミックス!?
「日産のブースに『510』があった」
東京モーターショー2013のプレスデイ初日、プレスルームでそんなうわさを耳にした。
筆者は朝一番に行われた某メーカーのプレスブリーフィングに出席、リポートに追われていたので、その時点ではまだ日産の展示は見ていなかった。最初は“ヘリテージ”として型式名510こと3代目「ブルーバード」が飾られているのかと思ったが、聞けば事前発表にはなかった「アイディーエックス」というレトロ調のコンセプトモデルが、サプライズとして出展されているとのことだった。
結局その日は現物を確認できなかったが、公式サイトでアイディーエックスの画像を見て、510と呼ばれていたわけがわかった。
往年の日産車をモチーフにしたであろう、直線的でクリーンなスタイリング。特に「アイディーエックス ニスモ」のほうは、1970年代初頭に北米のツーリングカーレースで活躍した、ピート・ブロック率いる「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライズ)」の510に倣ったカラーリングが施されていたからである。
ついでにネット上の反応をチェックすると、モチーフとなったモデルについて、510のみならず初代「シルビア」、通称ハコスカこと3代目「スカイライン」、2代目「ローレル」などなど、さまざまな車名が挙げられていた。
翌日、自分の目で実車をチェックして、なるほどと思った。ツリ目のマスクはハコスカ風であると同時に、先端が尖(とが)ったフロントフェンダーの形状や逆スラントしたノーズと相まって、ハコスカよりひと世代前、日産に吸収合併される前のプリンス時代の2代目スカイラインのテイストも感じられる。いわばノーマル仕様である「アイディーエックス フリーフロー」についていえば、上品な雰囲気が初代シルビアに通じるものがあり、ルーフの形状はピニンファリーナによる2代目ブルーバード、リアクオーターウィンドウとブラックアウトされたCピラーの織りなす意匠は、初代「パルサー クーペ」を思い起こさせた。
それでいて全体的な雰囲気とプロポーションは、やはり510の2ドアセダンやクーペ、あるいはその兄貴分である初代ローレルのハードトップといったところ。純プリンスのモデルを含めた、60~70年代の日産のデザインヘリテージをリミックスして、現代のモデルとしてうまくまとめている。ひと目見て日産車とわかる、日産車以外の何物でもない、という強いデザインの主張は日本車には珍しく、感心したのだった。
始まりは若者の意見
日産によれば、アイディーエックスはクルマ離れが進む若年層の興味を喚起するため、開発の初期段階から1990年以降に生まれた「ジェネレーションZ」、いわゆる「デジタルネイティブ」の意見を取り入れ、議論を繰り返す「コ・クリエーション(共同創造)」と呼ばれる手法で開発されたという。つまり若者が欲しいクルマを、彼らの意見にしたがって作ったら、510みたいになっちゃったというわけだ。
510のデビューは67年だから、ジェネレーションZとやらより20歳以上も年上で、彼らの親、もしくはそれより上の世代のクルマである。それがいったいなぜ? という疑問に対して、アイディーエックスのコンセプト開発に携わったという40代の日産のデザイナー氏が興味深い話を聞かせてくれた。
「ドライビングゲームに使うマシンとして、アメリカの若者の間で510が大人気だったんですよ。ゲームの世界では、例えば「510に『R32スカイライン』のパワートレインを移植して……」なんてことが簡単にできちゃう。そうして思い思いのチューンをして、楽しんでいるんです」
ブルーバード史上における最高傑作と言われる510は、北米でもヒット。日本で510といえばサファリラリーにおける活躍で知られるが、前述したように北米ではレースでも好成績をおさめた。実車の世界でも、親から子へと2世代にわたって510を楽しんでいる例もあるので、アメリカのジェネレーションZのゲーマーの間で人気があるのも納得できたという。
「ところが、ドライビングゲームをやってる中学生の息子に『こんなの知ってる?』と510の話を振ったところ、彼もチューンを施した510を走らせているというんですね。聞けば、アメリカ人のゲーマーが『YouTube』に上げていた510がカッコよかったから、自分も“作ってみた”そうなんです。オンラインの世界では、国境はないんですね。考えてみれば当然のことなんですが、最初に知ったときは驚きました」
「黄金比」と「FR」がポイント
自分たちとは違って、ジェネレーションZは親世代の価値観を否定しないことも最初は不思議に感じられた。だが、冷静に分析していくうちに、彼らが510を好む理由のひとつに、はやり廃りではない、クルマとしての自然なプロポーションがあるのではないかという考えに至った。
「スタイリングに関しても、510や初代ローレルなどをあらためて見ると、とてもシンプルだけど、品格のある線で作られていることがわかります。そうしたところが、普遍的なよさとして伝わったのではないでしょうか」
そこから導き出されたアイディーエックスは、水平基調の3ボックスで、全長約4.1m、全幅約1.7m、全高約1.3m(アイディーエックス フリーフローの場合)。このプロポーションは、クルマとしての黄金比率なのかもしれないという。
アイディーエックスの“黄金のプロポーション”を成立させている大事な要素として、短いフロントオーバーハングがある。原則として、この形態は駆動方式がFRでなければ成立しえないが、実はFRであることも、ゲーマーの間で510が好まれる大きな理由なのだという。現実の世界でFRとFFのハンドリングの違い、走らせ方の違いを会得するには、時間もコストもかかるし、リスクも伴う。
「それがゲームだと、リスクなしにわかりますよね。で、だったらFRのほうが楽しくていいじゃん、となるんですよ」
FRの採用も若者の意見を聞いた結果というわけだ。コンセプトカーとはいえ、クルマの開発にまでゲームというバーチャルな世界が進出してくるとは……。だが、考えてみれば日産はレースの世界でも、ゲーマーのなかからリアルなレーシングドライバーを育てるプログラムである「GTアカデミー」を5年前に始め、実績を残しているのだ。それを思えば、驚くことではないのかもしれない。
「ジェネレーションZの、深く入り込んでいるゲーマーにとって、ゲームの世界はすでに2次元を超越してるんですよ。よりリアルワールドに近い、2.5次元とでもいうべき世界なんですね」
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製品化の可能性は?
なるほど、アイディーエックスは2.5次元から生まれたクルマというわけか。そうした若者の求めるクルマが、日産の持つヘリテージと重なるとなれば、日産にとって実に喜ばしいことではないか。しかも東京モーターショーに出展したところでは、若者ではない、510をリアルに知っている世代からの反応も悪くない。
ちなみに50代である筆者の個人的な感想では、自社のヘリテージを引用した国産コンセプトカーとしては、出色の出来だと思う。件(くだん)のデザイナー氏も「私も欲しいですよ。これで通勤したいです」と語っていた。
となれば、製品化に期待がかかるが、その可能性はあるのだろうか? 言うまでもなく、最大の問題はプラットフォーム。日産はいま、このクラスのFRプラットフォームを持っていない。ではアイディーエックスのためにプラットフォームを新規開発するのか?
デザイナー氏は「つまりところ、どれだけのマーケットが見込めるかということになりますね」というが、それを考えると、実現の可能性は限りなく低そうである。
既存のFFのプラットフォームで、カッコだけそれっぽく作ればいいんじゃない? という声もあるようだが、それでは本末転倒とまではいかないまでも、違うと思うのだ。ではどうすればいいのか? ここはひとつ、商用車を中心に日産と相互OEMを行っているマツダから、アルファ・ロメオとの協業が決まった次期「ロードスター」のプラットフォームを供給してもらって……などというのは、素人の妄想にすぎないのだろうか。ちなみにデザイナー氏は、「一度限りの提案にはしたくない。先に進むには、なによりみなさんの後押しが力になりますので、よろしくお願いします!」と話を締めくくったのだった。
(文と写真=沼田 亨)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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