アウディA3セダン1.8 TFSIクワトロ(4WD/6AT)
時代が求めた小さなセダン 2014.01.30 試乗記 アウディ期待のエース候補「A3セダン」に冬の北海道で試乗。コンパクトセダン市場に4WDの老舗が送り込んだ、ニューモデルの実力に触れた。プレミアムブランドの基礎を築いた技術
十勝サーキットのパドックにつくられた圧雪の特設コースこそ、クワトロの晴れ舞台だった。雪煙をあげながら、もっと早くここにくればよかった……と思った。14時に十勝空港をスタートして、ウロウロしていたら日が傾きはじめた。北国の太陽は日没予定時刻の16時半になると、地平線のかなたに呆気(あっけ)なく消えた。あたりは急速に闇に包まれ、スタート地点の空港に戻らねばならない時間になった。後ろ髪を引かれながら、私は空港に向かった。
アウディ・クワトロは雪に強かとです。
と左門豊作のマネを唐突にする必要はまったくないのですが、なぜかそうしたくなるのは、あまりにそれが自明だからだ、と自問自答した。1980年に登場したアウディの新技術、クワトロは4WDの新しい可能性をモータースポーツでの圧倒的な勝利でもって提示した。それはまさに革命的な技術だった。なにしろ、フォードやオペルがライバルだったアウディを、メルセデス・ベンツやBMW相手のプレミアムブランドへと押し上げたのだから。もちろんその要因はクワトロだけではないけれど、「技術による先進」をスローガンに掲げる、こんにちのアウディの礎であることは疑いない。
期待されるには理由がある
そういえば、その昔、たぶん1980年代の終わりだったと思うけれど、「アウディ80クワトロ」の試乗会が冬の北海道で開かれたと記憶する。う~む、長野か新潟のどこかだったかもしれない。とにかく、雪道を80クワトロはいともたやすく走ったもんじゃった。80はその後「A4」となり、アウディ躍進の中心モデルになっているのはご存じの通りである。そして、現行A4がすばらしくスタイリッシュで、すばらしいクルマであることも多くの読者諸兄の知るところであろうけれど、これまたご存じのように日本市場においては大きくなりすぎた、という懸念がある。問題は全幅が1800mmを超えてしまったことだ。これでは日本の狭い駐車場に入らない。ちなみに、80年代の80は全幅1695mmと1.7mを切っていた。
アウディ ジャパンとしても、1月14日に発売した「A3セダン」に大いなる期待をかけている。全幅1795mmは多くの立体駐車場で歓迎されるだろうし、4465mmの全長は、昨年発売となった新型「A3スポーツバック」より140mm、トランクの分、延びただけで、プレミアム・コンパクトセダンと呼ぶにふさわしいサイズなのだから。
アウディの成長戦略の旗手
1996年に「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のアウディ版として発売されたA3は、プレミアムコンパクトという新しいマーケットを切り開いた。これまでに累計350万台を販売し、いまやアウディ全体の販売台数の20%を占める主力モデルに成長している。そのA3の新たな派生モデルがこのセダンである。アウディAGは、Cセグメントと呼ばれるコンパクトクラスにおいて、今後はセダンが一番伸びてくる、と予想している。彼らのメインマーケットである中国、そして北米でセダン人気が根強いからだろう。
日本市場でもセダンの需要がなくなったわけではない。アウディ ジャパンは5年前、A4が全幅1800mmを超えたときから、コンパクトセダンを熱望していたそうだ。それが実現したのがA3セダンで、日本国内で今年、5000台の販売を目標に掲げている。A3スポーツバックと合わせてシリーズで1万台、アウディ全体で3万2000台をもくろむ。2013年のアウディの国内販売台数は、前年比プラス19%の2万8676台。A3セダンが計画通り売れれば、簡単に達成できることになる。アウディの3台に1台がA3シリーズとなるわけで、期待のエース候補なのである。
コストパフォーマンスでライバルを追撃
A3セダンの日本仕様はスポーツバックと同様のラインナップで、122psと140ps、2種の1.4ターボと、180psの1.8ターボの全部で3種類のパワートレインが用意されている。価格は325万円から410万円までで、どれもスポーツバックより17万円高に設定されている。1.8ターボはクワトロのみとなり、最も高価なモデルとなる。今回北海道で試乗したのは、もちろんこのクワトロである。
最大のライバルは「メルセデス・ベンツCLAクラス」だけれど、あちらが4ドアクーペであるのに対して、A3セダンは、クーペルックながら、特に後席に関してはセダンという名称通りの居住空間を確保しているところが強みだ。価格面では、「1.8 TFSIクワトロ」を戦略モデルと位置づけている。「CLA 4MATIC」の484万円と比べると、なるほど、と思わされる。74万円も安いのだ。「マイ・ファースト・クワトロ」というキャッチフレーズで、A3セダンの推しメンとしている。
「クルマ任せ」が一番快適
A3のクワトロはハルデックスタイプ、すなわち電子制御の油圧多板クラッチをセンターデフに使ったフルタイム4WDである。前後トルク配分は状況に応じて、100:0から50:50までつねに変化する。この制御に、アウディ独自のノウハウがあるらしい。はるばる来たゼ、十勝帯広、だったわけだけれど、あいにく今年は降雪が例外的に少ないそうで、一般道はドライ路面が多かった。雪道に慣れていない私としては幸いであるけれど、ところどころ残る雪面をクワトロはサクサクと走るのだった。
A3はベースモデルを除いて「アウディドライブセレクト」を標準装備している。私はいつものように「自動」を選んで、ダンピングの切り替えやステアリングの重さ、エンジンとギアボックスの制御やらをクルマに任せた。たいていそれが一番よいからだ。乗り心地はファーム(firm=固い、安定している)で締まっており、快適である。荷室が独立している分、静粛性が増しているように思われた。その分、ときどき残っている雪上路では独特の異音が入ってくる。
ぶっ飛ばすほどに本性が現れる
ドライ路面で走っている限り、A3セダン1.8 TFSIクワトロは俊敏なスポーツ・サルーンというより、ちょっと鈍いところに安心感がある生活の相棒、という感じがした。
というのも、1.8 TFSIは最高出力180ps、0~100km/h加速6.8秒、最高速度235km/hという、スポーツカー並みの数値をもつ。高性能を万人向けの5人乗り4ドアセダンで実現しているのである。であるがゆえに、ドライビングフィールはマジメで穏当、という言葉が浮かぶような味付けにしてあるのだろう。誤解を招く表現だけれど、ちょっぴり鈍い。もしかしたら、スポーツバックより、鈍い。A3スポーツバックのクワトロも、FFと比べるととちょっぴり鈍い。で、A3セダンはトランクを付け足して重量が10kgだけ増えている。それがリアアクスルにオーバーハングしている。わずかな違いだけれど、こういうことが関係しているのかもしれない。ともかくクルマがゆったり応答してくれる。だからこそ、ドライバーは余裕をもって対応できる。
クワトロシステムは条件が悪いほど、威力を発揮する。1.4ターボに較べると、ちょっとおとなしめの印象だった1.8ターボエンジンも、全開にすると、やや控えめながら、低音の乾いたサウンドを発する。ぶっ飛ばすほどに真の姿が現れる。テクノロジーがスピードを支配する。めくるめく快感がある。運転好きは、そこにノックダウンされるのである。
(文=今尾直樹/写真=河野敦樹)
テスト車のデータ
アウディA3セダン1.8 TFSIクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4465×1795×1390mm
ホイールベース:2635mm
車重:1470kg
駆動方式:4WD
エンジン:1.8リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:180ps(132kW)/4500-6200rpm
最大トルク:28.6kgm(280Nm)/1350-4500rpm
タイヤ:(前)225/45R17/(後)225/45R17(ミシュランX-ICE XI 3)
燃費:14.8km/リッター(JC08モード)
価格:410万円/テスト車=486万5000円
オプション装備:ボディーカラー<メタリック/パールエフェクト>(6万5000円)/コンビニエンスパッケージ(21万円)/MMIナビゲーションシステム(30万円)/アダプティブクルーズコントロール<アウディ・ブレーキガード機能付き>(8万円)/バング&オルフセン・サウンドシステム(11万円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
![]() |

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
NEW
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
NEW
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。 -
NEW
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか?
2025.10.16デイリーコラム季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。 -
NEW
BMW M2(後編)
2025.10.16谷口信輝の新車試乗もはや素人には手が出せないのではないかと思うほど、スペックが先鋭化された「M2」。その走りは、世のクルマ好きに受け入れられるだろうか? BMW自慢の高性能モデルの走りについて、谷口信輝が熱く語る。 -
NEW
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】
2025.10.15試乗記スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。 -
第849回:新しい「RZ」と「ES」の新機能をいち早く 「SENSES - 五感で感じるLEXUS体験」に参加して
2025.10.15エディターから一言レクサスがラグジュアリーブランドとしての現在地を示すメディア向けイベントを開催。レクサスの最新の取り組みとその成果を、新しい「RZ」と「ES」の機能を通じて体験した。