マセラティ・ギブリS Q4(4WD/8AT)
驚きの洗練度 2014.03.31 試乗記 往年の車名を冠する、マセラティの新たな4ドアサルーン「ギブリ」に試乗。その走りを、四輪駆動の上級モデル「ギブリS Q4」でチェックした。これまでと違うマセラティ
新型「ギブリ」は、メルセデスやBMWでいえば「Sクラス」や「7シリーズ」のロングと同じくらいに大きく長くなった「クアトロポルテ」に対して、それを過剰とするユーザーのための短縮版というべき成り立ちである。ただ、実際には内外装のデザインや仕立てレベル、そしてそれに伴う価格までも差別化して、ともすれば、そのひとクラス下(の上級モデル)あたりも食っちゃいたい……といった企画意図もあろう。
現時点で、日本で売られるギブリは高出力型V6ターボを積むギブリSのみで、今回試乗したのは、FRと4WDの2種類がある駆動方式のうちの4WD=Q4である。ちなみに、同じパワートレインを積む兄貴分のクアトロポルテS Q4と比較すると、ホイールベースは170mm短く、前後オーバーハングを大胆に削った全長は300mm短い。全幅は5mmナローだが全高は15mm高い。そして車重は60kgほど軽くて、本体価格が300万円近く安い。
新しいギブリのプロポーションはクアトロポルテより明らかに軽快に見える。まあ、絶対的に短いから当たり前といえば当たり前なのだが、それでも3mものホイールベースながら全長を5m未満におさめるために、スパッと切り詰めた前後オーバーハングによって、実寸以上に小さく、軽く感じられるビジュアルである。
クチバシのように長く伸びたフロントオーバーハングが、マセラティの伝統であり特徴だった。ギブリのデザインには、その短いオーバーハングでいかにマセラティっぽく見せるかの苦心の跡もうかがえるし、同時にフロントオーバーハングの短さが、クアトロポルテとは一線を画す軽快感を生んでいるのだ。
新型クアトロポルテも含めた新世代マセラティはダッシュボードのデザイン、スイッチひとつひとつの取り付け方法まで、明確にハンドメイド感を残していた先代とはまるで変わった。ベタにいえば、モダンな工業製品のテイストが濃くなった。この価格帯のサルーンとしてはボタンやスイッチの類いは少ないほうだが、それらも実に整然と配置されている。悪くいえばプラスチックや成形品の匂いが強まったともいえるし、かつてのハンドメイド感がいとおしい気持ちもなくはない。しかし、前記ドイツ勢と真正面から比較してもらって、それでもマセラティを選ばせるには、これは避けることができない脱皮だろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
乗るほどにドライバーズカー
クアトロポルテと比較すると、ギブリは運転感覚もハッキリとコンパクトである。これは外寸の絶対値というより、ホイールベースによるところが大きい。
ギブリは、エンジンコンパートメントや前席のパッケージをクアトロポルテのままに、ホイールベースだけ短い。ギブリを含む新世代マセラティは、これまでよりはキャブフォワード化されているようだが、それでも前輪と運転席はかなり遠いタイプだ。そのショート版たるギブリの車体を真横から見ると、ドライバーはホイールベース中央より明らかに後ろ寄りに座らされていることがわかる。
だから、ギブリの運転感覚は、後ろになにかを背負った大型サルーンと後輪直前に座る古典的スポーツクーペの中間……よりスポーツクーペに近いといえる。しかも、フロントタイヤの位置の分かりやすさと、リアルでダイレクトなステアリング感覚というマセラティの美点は健在。ギブリは運転するほど、体感的な車体サイズが小さくなる。つまり、純粋なドライバーズカーの素性をもつ。
ギブリのエンジンは、現時点でV6ツインターボしかなく(欧州にはV6ディーゼルもあるが)、クアトロポルテにあるV8は用意されない。排気音はかなり勇ましいほうで、スポーツモードにするとすべてを開放したようなスポーツエンジンのサウンドを聴かせてくれる。
ただ、先代クアトロポルテのV8のような耳をつんざく金切り声と、乗り手の心拍数にどんどん過給をかけていく圧迫感はかなり薄れた。ドイツ系の高性能モデルにも似たような重低音系の音質で、最新設計らしく、良くも悪くもモダンで洗練されたV6だ。かつてのV8のように「ああF1ってこういう感じなのかあ……」といううれしい錯覚を誘導するタイプではない。
スポーツモードで本領発揮
……と、「クルマなんて、デキはちょっとアラっぽいくらいがエンスーで魅力的」という古くさい価値観でみると、ギブリはマセラティにあるまじき(?)高度な工業製品に脱皮した。ただ、そういうカビの生えた郷愁を横におくと、ギブリは今の時代の素晴らしい高級スポーツサルーンである。
ギブリにもパワートレインやサスペンションにいくつかの制御モードがあり、もっとも快適なモードにすると、なんとも快適で紳士的な乗り味である。キャビンに透過してくるエンジン音だけが最新クラス平均より大きめなのは、意図的なキャラづくりだろう。
乗り心地も快適だ。ノーマルモードではある程度まで、積極的に車体を上下させて凹凸を柔らかに吸収する。この快適でマイルドなタッチには、今回の試乗車が履いていた「ピレリPゼロ」の恩恵もあるかもしれない。ギブリのパワステには奇妙な(?)可変レシオ機構も組み込まれていないので、自然と高級サルーンらしい上品なドライビングになる。
ただ、ギブリの真価は、パワートレインやサスペンションをすべてスポーツモードにしたときにある。当然のごとく乗り心地は全体に引き締まるが、それでも背骨をきしませる強いショックはまるでなく、無粋に跳ねるような挙動もいっさい起こさない。逆に高速での上下動は見事におさまり、タイトな都市高速でわずかに感じたアンダーステアも消えうせて、クルマとの一体感は確実に増す。あえてマセラティを選ぶようなオーナーの大半は、少なくともサスペンションは最終的にスポーツモードが日常になると思われる。それくらいにスポーツモードの完成度は高く、そしてオールラウンドに優秀である。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
頼りにできる四駆の走り
ギブリの「Q4」が持つ基本フィジカル能力は、410ps/56.1kgmごとき(!)ではなにも起こらないくらい高い。
油圧多板クラッチを使った4WDシステムは、0:100の後輪駆動を基本に、最大50:50(≒フルロック)までの範囲で、トルク配分を刻々と変化させる。メーターパネル中央のカラー液晶には4WDの作動状況をリアルタイム表示させることも可能だが、その表示を信じると、走行中に0:100の完全後輪駆動状態になるのは基本的に減速時くらいで、わずかでもスロットルを踏んでいると、ほぼ例外なくエンジントルクをフロントタイヤに吸い出しているようだ。しかも、そのフロント配分比率は、30%や40%など、かなり高めの数値である。
まあ、この表示がどれくらい正確なのかは分からない。ただ、ギブリQ4を走らせた実感として、かなり積極的……というか、どんどん先読みする、安定志向のトルク配分であることは間違いないようである。
マセラティのQ4システムはすなわち、後輪駆動のオンデマンド式。最近もっとも一般的な方式のひとつであり、後輪駆動スポーツ系では「日産GT-R」や「ポルシェ・パナメーラ」も同様のものを使う。ただ、GT-Rやパナメーラなどは、フルグリップ状態ではFRテイストを優先しており、積極的なコーナリングでは「おしりがムズムズしかけた瞬間に、フロントが引っ張りはじめる」といった4WD作動の過程を、つぶさに肌で感じ取ることができる。
しかし、今回のギブリの身のこなしに、私はそういう兆候をまったく感じ取れなかった。ギブリSのQ4はターンインからほどよく安定した弱アンダーステアを崩さず、あえて横滑り防止装置をカットして、少しばかり乱暴にスロットルを踏み込んでも、そのままなにごともなくクリアしていくだけだ。少なくともドライ路面では、破綻しそうなそぶりはツユほども見せない。メーターの表示どおりに、走行中はフルタイム4WDに近い状態で駆動配分していると思われる。
それにしても、ていねいな作り込みと高精度な工業製品感の両立、このオールラウンドでほぼ文句なしの(スポーツモードの)フットワーク、そして油圧多板4WDの微妙なクセすら見事に消し去ってみせたギブリの洗練度にはちょっと驚いた。
まあ「マセラティはエンジンの存在感こそ命だろ!?」とか「好事家の琴線をくすぐる細かなササクレも逆にイタリア車の魅力」といった意見には私も同意する。ただ、イタリア代表として、ドイツや英国の高級ブランドサルーンに対抗せねばならない今のマセラティは、そういうカルトカーの枠に閉じこもっているわけにはいかないのだろう。今度のギブリはお世辞ぬきにドイツ勢と真正面から戦うことができる。しかも、これが似たようなサイズのアウディSモデルやメルセデスAMGより明確に安価なのだから、ドイツ至上主義者にとっても、ちょっと無視できない存在なのではないか。
(文=佐野弘宗/写真=田村 弥)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
マセラティ・ギブリS Q4
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4970×1945×1485mm
ホイールベース:3000mm
車重:2060kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:410ps(302kW)/5500rpm
最大トルク:56.1kgm(550Nm)/4500-5000rpm
タイヤ:(前)245/45ZR19 98Y/(後)275/40ZR19 101Y(ピレリPゼロ)
燃費:10.5リッター/100km(約9.5km/リッター、欧州複合モード)
価格:1010万円/テスト車=1154万1000円
オプション装備:スカイフックサスペンション(26万5000円)/サンルーフ(15万7000円)/シフトパドル(3万2000円)/19インチプロテオホイール(12万8000円)/ブレーキキャリパー<ブルー>(5万3000円)/プレミアムサラウンドシステム(12万1000円)/マイカペイント(12万4000円)/アルカンターラ・ヘッドライニング(19万5000円)/ウッドインテリアトリム<エボニー>(4万8000円)/フルプレミアムレザー(31万8000円)
※価格はいずれも5%の消費税を含む。
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:1万1635km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:506.9km
使用燃料:71.9リッター
参考燃費:7.1km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
ポルシェ911カレラGTSカブリオレ(RR/8AT)【試乗記】 2025.11.19 最新の「ポルシェ911」=992.2型から「カレラGTSカブリオレ」をチョイス。話題のハイブリッドパワートレインにオープントップボディーを組み合わせたぜいたくな仕様だ。富士山麓のワインディングロードで乗った印象をリポートする。
-
アウディRS 3スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】 2025.11.18 ニュルブルクリンク北コースで従来モデルのラップタイムを7秒以上縮めた最新の「アウディRS 3スポーツバック」が上陸した。当時、クラス最速をうたったその記録は7分33秒123。郊外のワインディングロードで、高性能ジャーマンホットハッチの実力を確かめた。
-
スズキ・クロスビー ハイブリッドMZ(FF/CVT)【試乗記】 2025.11.17 スズキがコンパクトクロスオーバー「クロスビー」をマイナーチェンジ。内外装がガラリと変わり、エンジンもトランスミッションも刷新されているのだから、その内容はフルモデルチェンジに近い。最上級グレード「ハイブリッドMZ」の仕上がりをリポートする。
-
ホンダ・ヴェゼルe:HEV RS(4WD)【試乗記】 2025.11.15 ホンダのコンパクトSUV「ヴェゼル」にスポーティーな新グレード「RS」が追加設定された。ベースとなった4WDのハイブリッドモデル「e:HEV Z」との比較試乗を行い、デザインとダイナミクスを強化したとうたわれるその仕上がりを確かめた。
-
MINIジョンクーパーワークス エースマンE(FWD)【試乗記】 2025.11.12 レーシングスピリットあふれる内外装デザインと装備、そして最高出力258PSの電動パワーユニットの搭載を特徴とする電気自動車「MINIジョンクーパーワークス エースマン」に試乗。Miniのレジェンド、ジョン・クーパーの名を冠した高性能モデルの走りやいかに。
-
NEW
三菱デリカミニTプレミアム DELIMARUパッケージ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.11.22試乗記初代モデルの登場からわずか2年半でフルモデルチェンジした「三菱デリカミニ」。見た目はキープコンセプトながら、内外装の質感と快適性の向上、最新の安全装備やさまざまな路面に対応するドライブモードの採用がトピックだ。果たしてその仕上がりやいかに。 -
思考するドライバー 山野哲也の“目”――フォルクスワーゲンID. Buzzプロ編
2025.11.21webCG Moviesフォルクスワーゲンが提案する、ミニバンタイプの電気自動車「ID. Buzz」。“現代のワーゲンバス”たる同モデルを、フォルクスワーゲンをよく知るレーシングドライバー山野哲也はどう評価する? -
第854回:ハーレーダビッドソンでライディングを学べ! 「スキルライダートレーニング」体験記
2025.11.21エディターから一言アメリカの名門バイクメーカー、ハーレーダビッドソンが、日本でライディングレッスンを開講! その体験取材を通し、ハーレーに特化したプログラムと少人数による講習のありがたみを実感した。これでアナタも、アメリカンクルーザーを自由自在に操れる!? -
みんなが楽しめる乗り物大博覧会! 「ジャパンモビリティショー2025」を振り返る
2025.11.21デイリーコラムモビリティーの可能性を広く発信し、11日の会期を終えた「ジャパンモビリティショー2025」。お台場の地に100万の人を呼んだ今回の“乗り物大博覧会”は、長年にわたり日本の自動車ショーを観察してきた者の目にどう映ったのか? webCG編集部員が語る。 -
「アルファ・ロメオ・ジュニア」は名門ブランド再興の立役者になれるのか?
2025.11.20デイリーコラム2025年6月24日に日本導入が発表されたアルファ・ロメオの新型コンパクトSUV「ジュニア」。同ブランド初のBセグメントSUVとして期待されたニューモデルは、現在、日本市場でどのような評価を得ているのか。あらためて確認してみたい。 -
ジープ・ラングラー アンリミテッド ルビコン(前編)
2025.11.20あの多田哲哉の自動車放談タフなクルマの代名詞的存在である「ジープ・ラングラー」。世界中に多くのファンを持つ同車には、トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんも注目している点があるという。それは一体、何なのか?

































