第390回:大矢アキオのジュネーブショー2015 トヨタで靴を脱ぎ、シトロエンでたまげ、ホンダで風になって……
2015.03.20 マッキナ あらモーダ!トヨタブースで倒れている人発見
ジュネーブショー2015のプレスデイ。世界の自動車ジャーナリストが目を皿のようにして新型車のディテールとスペックを追い、経済記者が企業動向を探るべくメーカー首脳を追い回す中、ボクはといえば相変わらず出展者の面白アトラクションを冷やかしていたのであった。
今回は、心のアルバムにしまってしまうのはもったいない、奇抜かつ秀逸な企画を紹介しよう。
まずはトヨタである。ブースの一角に靴が何足も放置されていた。モーターショーにおいて尋常の風景ではない。日本ブランドだけに移動式茶室でも設営したのかと思い、さらに見ると、いいおじさんたちが、何人も寝そべっている。ただし、普通の寝姿とちょっと違う格好で横たわっている。格闘技体験で技をかけられた人か? と身構えた。
近くに立っているディスプレイを見てようやく企画の内容がわかった。上部に設置したカメラを用いて、あたかも飛んだり跳ねたりしたような記念写真が撮れるブースだった。ボク個人としては、由美かおる氏や金井克子氏を輩出したバレエ団主宰者・西野皓三氏による呼吸法で飛ばされる人を思い出した。
実際には、トヨタ自動車が2014年11月に概要発表した、衝突回避および被害軽減機能を盛り込んだ予防安全パッケージ「Toyota Safety Sense」のキャンペーンだった。ちなみに、時間によっては本当に武術風パフォーマンスも行われていたようだ。
とりわけハイテクを駆使したものでないにもかかわらず、よく見ると、希望者によって順番待ちができている。そもそも、よほどのことがない限り、人前で靴を脱ぐ習慣がない欧州において、みんな靴下もしくははだしになって盛り上がっていることからにして、この企画はヒットである。
シトロエン踊り!?
いっぽうPSAプジョー・シトロエンのプレミアムブランド「DS」のブースを訪れたときのことだ。すぐ隣の「シトロエン」のブースで突然ビートの利いたミュージックが大音響で鳴りだした。「ステージのショータイムかな」と思いきや、あらためて見てたまげた。
平場、つまりシトロエンの展示車が並ぶスぺースで、ダンスが始まっていたのだ。それも先頭に立つインストラクターと思われる女性を除き、すべてが先ほどまで車両の脇に立っていた説明員である。
パフォーマンスは数分間にわたって続いた。もちろんプロのダンサーではないので、振りは完璧からほど遠いし、明らかに恥ずかしそうだったり、表情が硬かったりするメンバーが多い。特に「車両説明・命」で志願した者にとっては、かなりキツい任務であったろう。
しかし、不器用ゆえに伝わる一生懸命さは、かつてのお茶の間タレント・斎藤清六氏の芸風に通じるものがあって、見る側の心を和ませる。もし、日産の「ミス・フェアレディ」が同様のパフォーマンスをやるとしたら、恐らく完璧さを目指すあまり、逆に見ているほうがつらくなってしまうに違いない。少々下手なくらいがちょうどいいのだ。
案の定、ショーが終わると、プレスデイにもかかわらず、やんやの喝采を博した。
終了後、ある説明員の男女に聞けば、「フォルマシオン(研修)全3日間のうち、ダンスの練習は2日間ありましたーッ!」と朗らかな表情で教えてくれた。そして粛々と通常の持ち場に戻っていった。
後方に掲げられたOptimisme(楽天主義)の文字とともに、他ブランドにはない、おおらかなムードが存分に漂っていた。このたった数分間のパフォーマンスのおかげで、シトロエンに対するブランドイメージが向上したのは、決して筆者だけではあるまい。
ホンダ式、動画版プリクラを試す
次にホンダを訪れると、一角で人々が盛り上がっている。そばには、黒幕を伴った撮影ブースが用意されていた。プリクラと違って、着座するようだ。
スタッフに導かれるまま、ボックスの中に装着されているバケットシートに座ると、「風が出ますよ」と告げられた。なるほど、風を送って撮影するのか。
かつて、「ポルシェ550スパイダー」や「スマート・クロスブレード」といったフロントウィンドウがほとんどないクルマに乗せられて何時間も凍える思いをしたことのあるボクとしては、一応身構える。
やがて高揚感をあおるBGMがズンズンズン! と響き始めた。その後装置の前部にあるダクトから送られてきた風といえば、何のことはない、健康診断の眼圧検査よりも弱いものだった。
それでも外で待っている人にとってはおかしかったらしく、中から出てきた本物のボクに気づいた彼らの顔には、「バッカねえ」と書いてあった。
「#RaceFace」と名付けられたそのフォトブース、今回発表した欧州向け新型「ホンダ・シビック タイプR」のプロモーションで、開発はロンドンの「Lost Boys」というクリエイティブエージェンシーが担当したという。
ぜひ将来は、ホンダF1パイロットが感じる風圧を再現する、ハードな記念撮影装置でも楽しませてほしいものである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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