第286回:「アルト ターボRS」に歴史あり! ~スズキ“ハイパフォーマンス軽”の系譜をたどる(後編)
2015.03.28 エディターから一言 ![]() |
2015年3月11日、スズキは、個性的なスタイリングの新型「アルト」をベースとした高性能モデル「アルト ターボRS」を発売した。
スズキにとっては久々のスポーティーな軽であるが、走りにこだわるこうしたモデルは、これまでもたびたび見られたもので、1960年代後半に出た「フロンテSS360」や、その後の「フロンテ クーペ」、歴代「アルトワークス」など、当時話題となったモデルは数多い。
具体的に、過去、どんなホットモデルがあっただろうか? 読者諸兄の記憶には、どのモデルが残っているだろうか? ここで、スズキが世に送り出したハイパフォーマンス軽の変遷を振り返ってみよう。
前編に続いては、1970年代末からの、歩みについて――
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軽ボンバンブームの到来
(前編からのつづき)
1976年1月に軽規格が改定され、エンジンは360ccから550ccとなり、全長および全幅も拡大された。しかし市場が冷え込んでいたため、各社とも旧規格車を手直しした暫定モデルで対応する状態がしばらく続いた。その状況を打ち破って79年5月にデビューした新規格フルサイズ第1号が、RRからFFに戻った新型フロンテと兄弟車のアルトだった。中でも装備を徹底的に簡素化し、当時の税法では物品税が課せられた乗用車ではなく、非課税だった軽商用車(ライトバン)登録として47万円という低価格を実現したアルトは大ヒット。これを追って各社から続々と商用車登録のモデルが登場し、“軽ボンバン”のブームが巻き起こったのである。
アルトを筆頭に経済的なベーシックカーという本来の立ち位置に戻ったモデルが主流となり、復調した軽市場に再び高性能モデルが登場したのは83年2月のこと。フルライン・ターボ戦略の一環として、三菱が「ミニカアミL」とボンバンの「ミニカエコノ」にターボモデルを加えたのである。続いてダイハツも同年10月に「ミラターボ」を追加。翌11月にはスズキも軽にターボモデルを加えるが、車種はアルトではなくスペシャルティカーの「セルボ」だった。
ツインカムで反撃開始
それまでアルトに関しては徹底して女性向けのマーケティングを行っていたスズキが、男性ユーザーの取り込みを意識した「アルトターボ」をシリーズに加えたのは、2代目に世代交代してからさらに1年後の85年9月。ガチンコのライバルであるミラより2年近くも遅れをとったが、先行したミニカやミラがキャブターボだったのに対してアルトはEPI(電子制御ガソリンインジェクション)を採用。ただし直列3気筒SOHC 543ccエンジンの最高出力は44psと、ほぼ同時期にフルモデルチェンジしたミラターボの52psに比べ控えめだった。
翌86年7月、アルトはマイナーチェンジに際して新開発されたDOHC 12バルブエンジンを積んだ「ツインカム12RS」を加える。軽としてはホンダ初の市販四輪車だった軽トラック「T360」以来のDOHCエンジンであり、レッドゾーンが8000rpmからという高回転型で最高出力は42ps。同時にSOHCターボも48psにパワーアップし、新たに「ターボS/SX」と名乗った。ツインカム12RSおよびターボSXはエアロパーツが標準装備で内外装ともスポーティーに装っており、先行していたミラターボのホットモデル「TR-XX」に対して反撃の狼煙(のろし)を上げたのである。
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究極の高性能モデル
ツインカム12RS登場から約半年後の1987年2月、アルト・シリーズにさらなる、そして究極ともいえるハイパフォーマンスモデルが加えられた。DOHC 12バルブエンジンにインタークーラーターボを加えた軽初のツインカムターボ車で、その名もアルトワークス。EPI(電子制御燃料噴射)に加えてクラス初のESA(電子進角システム)、水冷式オイルクーラーまで備えたエンジンは、リッターあたり117.8psとなる最高出力64ps/7500rpm、最大トルク7.3kgm/4000rpmをマーク。低回転域からリブリミットの9500rpmまで一気に吹け上がる鋭いレスポンスを誇った。
そのパワーを受け止めるべくドライブトレインも強化され、FFのほかにビスカスカップリング式のフルタイム4WDも用意された(生活四駆たるパートタイム4WDは初代アルトの途中から設定されていた)。グレード名はFFが「RS-X」、4WDが「RS-R」である。ちなみにラリーフィールドから出現した新時代の高性能車のトレンドだったツインカムターボ+フルタイム4WDを日本で初めて採用したのは85年10月に登場した「マツダ・ファミリア1600GT-X/GT」。同種の「トヨタ・セリカ2000GT-Four」は86年10月のデビューだから、そのわずか4カ月後に「ワークスRS-R」は登場したわけである。
ワークスの走りっぷりは、その名に恥じないものだった。『CAR GRAPHIC』87年5月号で計測された加速データは、0-100km/h加速が11.8秒、0-200m加速が11.4秒。前年の10月号で計測した「アルト・ターボSX」の0-100km/h加速が15.0秒だったから、それより3秒以上も短縮。リッターカーを軽くしのぎ、1.3~1.6リッター級に匹敵する速さだったのである。
パワーウォーズ再燃
この恐るべきリトルモンスターの出現に対して、ライバルメーカーは当然ながら追従することになる。ダイハツは87年10月に「ミラターボ」にEFI装着車やフルタイム4WD車を設定、さらに1年後の88年10月になってEFIターボ車の出力を、SOHCのままアルトワークスと同じ64psまでパワーアップ。スバルも88年3月に「レックス」にインタークーラー付きスーパーチャージャージドエンジン搭載車を追加。三菱は89年1月に1気筒あたり5バルブの直3 DOHC 15バルブ・ターボユニットを積み、フルタイム4WDの設定もある「ミニカ ダンガンZZ」をラインナップするなどして、およそ20年ぶりに軽のパワーウォーズが再燃したのだった。
ただし前回とは違って、業界も成長していた。最高出力をアルトワークスが最初に到達した64psを上限に自主規制する協定を結んだのである。この規制は軽規格が660ccに拡大した後も、今日まで継続されている(スズキ製660ccターボエンジンを搭載した、軽規格の輸入車である「ケータハム・セブン160」を除く)。
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ワークスの発展と終焉
1988年9月にアルトはフルモデルチェンジ。新たに円形ヘッドライトを持つ専用マスクを与えられたワークスは、DOHCターボのほかにSOHCターボユニット搭載車も設定、またFF車には3ATも用意され、先代より間口を広げた。遅れてSOHCターボに電動パワステなどを備え、“女の子たちのワークス”をうたった「ターボi.e.」も加えられた。
その一方で、90年1月に実施された660ccへの規格改定に伴うマイナーチェンジ以降の92年6月には、より辛口の「ワークスR」を設定。装備を簡素化して軽量化し、フルタイム4WDと専用のクロスレシオ5MTを組み合わせた、競技(ラリー)用ベースとなる受注生産車だった。
94年11月にアルトは4代目に世代交代。丸目マスクを継承したワークスは先代と同様DOHCターボを積んだ走り系の「ワークスRS/Z」とSOHCターボを積んだおしゃれ系の「ターボie/s」の2本立てで、前者には引き続きワークスRも設定された。98年10月、衝突安全性向上のための規格改定(全長100mm、全幅80mm拡大)と同時に登場した5代目アルトのワークスもやはりRS/Zとieで、前者のDOHCターボエンジンには新たに可変バルブタイミング機構が導入された。ただし競技用ベース車のワークスRは終了。そして2000年12月のマイナーチェンジの際に、14歳の誕生日まであと3カ月というところでアルトワークスは生産終了となった。
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復活、そして……
だが、スズキのカタログからハイパフォーマンス軽が消えたわけではない。アルトワークスと入れ替わる形で、98年に登場したクロスオーバー軽の「Kei」をベースとする「Keiスポーツ」が誕生したのである。アルトワークスと同様にエンジンは直3のDOHCターボとSOHCターボ(KeiスポーツF)、変速機は5MTと4AT、駆動方式はFFと4WDが用意されていた。
2001年4月にはKeiスポーツの5MT、FF車の装備を簡素化し、ロールケージ、4点式シートベルト、けん引フックを備えた「KeiスポーツR」を追加。ワンメイクレース「Keiスポーツカップ」への出場を想定した仕様だが、公道走行も可能だった。そして2002年11月のマイナーチェンジに際してKeiスポーツから「Keiワークス」に名称を変更。2年ぶりに「ワークス」の名が復活した。
辛口軽ブームの終焉(しゅうえん)に逆らうようにデビューしたKeiワークスは、それ以降もスズキのみならず軽唯一のスポーツモデルとして小変更を加えながら継続生産されていた。しかし、近年のモデルとしては異例に長い10年以上の命脈を保ったKeiシリーズも2009年9月についに生産終了。スズキのラインナップからハイパフォーマンス軽が再び消えたのだった。それから5年余、スズキが“We shall return.”と言ったかどうかは知らないが、新型アルトに、ワークスの再来ともいうべきターボRSが登場したというわけである。
(文=沼田 亨)

沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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