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第361回:スバルの新しい“人づくり”の取り組み
スバルドライビングアカデミーを取材

2016.08.16 エディターから一言 堀田 剛資
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「スバルドライビングアカデミー」のトレーニングの様子。
「スバルドライビングアカデミー」のトレーニングの様子。 拡大

スバルがエンジニアのドライビングスキル向上を目的とした「スバルドライビングアカデミー」を設立。その内容を体験取材し、“クルマ作りに携わる者全員がテストドライバー”という同社独自の開発姿勢に触れた。

「スバルドライビングアカデミー」とは、スバルがエンジニア向けに行っているドライビングセミナーであり、各人のスキル向上を通して、試験評価の安全な実施や、試験内容の再現性を向上させることなどを目的としている。
「スバルドライビングアカデミー」とは、スバルがエンジニア向けに行っているドライビングセミナーであり、各人のスキル向上を通して、試験評価の安全な実施や、試験内容の再現性を向上させることなどを目的としている。 拡大
チーフインストラクターの1人である、スバル研究実験センター管理課長の秋山 徹氏。1989年の「レガシィ」による10万km世界速度記録チャレンジに参加したドライバーの1人でもある。
チーフインストラクターの1人である、スバル研究実験センター管理課長の秋山 徹氏。1989年の「レガシィ」による10万km世界速度記録チャレンジに参加したドライバーの1人でもある。 拡大
ドライビングに関する講習の内容は、高速走行、ジムカーナ、ウエット旋回、ウエットJターン、高速Jターンなど。また社外での活動として、サーキット走行や12時間耐久レースへの参戦なども行っている。
ドライビングに関する講習の内容は、高速走行、ジムカーナ、ウエット旋回、ウエットJターン、高速Jターンなど。また社外での活動として、サーキット走行や12時間耐久レースへの参戦なども行っている。 拡大

エンジニア向けの新しい運転研修制度

説明会の冒頭、われわれ取材陣を前にスバル広報のOさんがこうあいさつしました。
「日本一暑いといわれるエリアにようこそ!」

確かに、スバル研究実験センターが位置する栃木県佐野市の周辺一帯は、日本有数の酷暑地帯。後日調べたところによると、この日の佐野市の最高気温は34.7度でした。さらに言うと、取材日はこの8月の最初の日曜日。普通であれば家族サービスにいそしむか、一日中エアコンの効いた部屋に引きこもっていたいところでしょう。しかし、今日だけは事情が違います。この日の取材の内容に、顔見知りの取材陣は皆、とにかく興味津々でした。

webCG編集部に「スバルドライビングアカデミー」(以下、SDA)なる講習の取材案内が届いたのは、2016年7月のこと。最初は「輸入車メーカーがやっているような、ユーザー向けのドライビングセミナーかしら?」と思ったのですが、資料に目を通してみると、これがまったく違う内容でした。

SDAとは、車両の開発に携わるエンジニア向けのプログラムで、要するにスバルは、「普段うちの開発&生産メンバーがどうやって運転の腕を磨いているかを体験させてやるから、取材に来い」と言っているのです。こんな面白そうなお誘い、そうそうあるものではありません。当日のスケジュールが空いていた自分は、「編集部内でも下から数えた方が早い」という自身のドライビングスキルは棚に上げ、勇んで栃木のスバル研究実験センターへと向かったのでした。

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クルマ作りに携わる全員がテストドライバー

さてさて、読者諸兄姉の中でもクルマ作りに詳しい方は、前項のセミナーの説明に「ん?」と首をかしげたことでしょう。普通、自動車の開発とは試作車をテストドライバーが評価し、それをもとに改良された試作車を再びテストドライバーが評価する、その繰り返しで行われるもの。たいていの場合、メーカーが面倒を見てまで運転技能の向上を求めるのは、テストドライバーだけだからです。しかし、スバルには「テスト専門のスタッフや計測だけを担当する要員はいない」とのこと。では誰がそれをやるのかというと、エンジニア自らがそれを行っているのです。

新型「インプレッサ」のプロジェクトゼネラルマネージャーである阿部一博さんは、こうしたスバルのやり方について「ひとりひとりの守備範囲が広いのは、中島飛行機からのスバルの伝統」「エンジニアが(評価から改善まで)一貫して関わるから、細かいニュアンスまでクルマに盛り込める」とし、自社のアドバンテージであると述べています。ただし、もちろんそれもエンジニアに高い評価能力があればこそ。スバルにとっての問題は、各人のスキル向上が、長らく“自己啓発”任せだったことだそうです。

それでも今まで、クルマ作りで高い評価を得てこられたのは、それこそ開発メンバーの意気のなせる業。エンジニアたちはおのおの勝手に練習したり、モータースポーツに挑戦したりして自主的に研鑽(けんさん)を積んでいたのだとか。しかし、さすがに「ライセンス制度を整えたい。人を育てたい」という機運が高まり、会社公認のSDAが発足することとなりました。

今年度の受講者は20人。月に1度行われる講習の内容は多岐にわたり、運転技能にまつわるものだけでなく、車両整備や、車両の限界性能を試す上での人格に関するレクチャーも行われるのだとか。またメンバーの中には規定の講習だけでは飽き足らず、毎週末出社して“自主練”に励む熱心な受講生もいるとのことです。

新型「インプレッサ」のプロジェクトゼネラルマネージャーを務める阿部一博氏。
新型「インプレッサ」のプロジェクトゼネラルマネージャーを務める阿部一博氏。 拡大
阿部一博氏(写真中央)と「スバルドライビングアカデミー」のチーフインストラクターによるトークセッションの様子。講習には実験部のメンバーだけでなく、運転支援システムや電動化技術の開発部門など、さまざまな部署のメンバーが参加しているという。
阿部一博氏(写真中央)と「スバルドライビングアカデミー」のチーフインストラクターによるトークセッションの様子。講習には実験部のメンバーだけでなく、運転支援システムや電動化技術の開発部門など、さまざまな部署のメンバーが参加しているという。 拡大
講習で使われる車両は「WRX STI」と「BRZ」で、ロールバーや5点式シートベルトなどの安全装備が装着されている。
講習で使われる車両は「WRX STI」と「BRZ」で、ロールバーや5点式シートベルトなどの安全装備が装着されている。 拡大
10万km世界速度記録チャレンジに使われた「レガシィ」とSDA訓練生、および車両研究実験部のメンバー。
10万km世界速度記録チャレンジに使われた「レガシィ」とSDA訓練生、および車両研究実験部のメンバー。 拡大

ABSよりブレーキがうまい

SDAにおけるあまたのプログラムの中から、この日われわれが体験したのは高速走行と急制動、散水路でのウエット旋回、そしてジムカーナ走行でした。まずは「SDAでも最も基本のプログラム」という一定速での高速走行を体験するため、講習車の「WRX STI」で高速周回路へGO。スバル研究実験センターの周回路は全長4.3km。インストラクター氏いわく、「両バンクの間には9mの高低差があるので、車速を一定に保つのが難しい」とのことでした。インストラクターによるお手本を助手席で体験した後、140km/hでの周回と180km/hでの周回をそれぞれ2本ずつ行います。

印象としては、180km/hで走ったときの方が車速を一定に保ちやすく、指標となるタイム(高速周回路を規定の速度で走るのにかかる理論上の時間、180km/hの場合はだいたい1分25秒8)との誤差も140km/h走行時より小さく収まっていました。これについて尋ねたところ「高速周回路のバンクは、最上段のレーンの車速が180km/hになるようになっている。ハンドル操作に気をとられる必要がない分、バンクでの速度が安定したのでは」とのこと。なるほど。
実際の講習ではデータロガーとGPSを使って走行データが記録されるとのことなので、各人の走りのクセや改善すべきポイントが、さらに具体的に分かるのでしょう。ちなみにSDAの中でも上位ランクに位置する人は、230km/h走行における指標タイムとの誤差が0.3秒以内に収まるのだとか。

個人的に最も興味深かったのが、次に体験した120km/hからの急制動でした。ABSを利かせてのフルブレーキングというのは他のセミナーでも経験があるのですが、「ABSを利かせないようにして止まってください」というのは今回が初。案の定、「ガガガガー」と盛大にABSを利かせた揚げ句にオーバーランした自分を尻目に、インストラクター氏は見事に“ABS作動”の状態より手前で停止してみせました。「ブレーキ操作がうまい人ならABSより手前で止まれる」というのは理屈では理解していましたが、実際にそれを目のあたりにしたのは初めてのこと。なるほど、こういう“ペダル感覚”の持ち主が、車両を評価しているのかと感心しました。

高速走行のプログラムでは、まずはインストラクターが華麗なデモランを披露。
高速走行のプログラムでは、まずはインストラクターが華麗なデモランを披露。 拡大
助手席からインストラクターの運転を観察。取材陣による走行とは異なり、200km/hの車速で走っていた。
助手席からインストラクターの運転を観察。取材陣による走行とは異なり、200km/hの車速で走っていた。 拡大
バンクの傾斜はご覧の通り。遠心力によって乗員には斜め下方向(実際には横方向だが)のGがかかるので、カメラを支えるのが大変だった。
バンクの傾斜はご覧の通り。遠心力によって乗員には斜め下方向(実際には横方向だが)のGがかかるので、カメラを支えるのが大変だった。 拡大
取材陣による走行は140km/hと180km/hの車速で行われた。
取材陣による走行は140km/hと180km/hの車速で行われた。 拡大
写真では分かりづらいが、こちらは「WRX STI」による急制動のトレーニングの様子。
写真では分かりづらいが、こちらは「WRX STI」による急制動のトレーニングの様子。 拡大

皆が運転できることの強み

続いて車両を「BRZ」に乗り換え、散水路でのウエット旋回とジムカーナへ。長らくFF車をマイカーとしていた自分は、姿勢制御装置がカットされたFR車の挙動にとにかく驚かされました。ジムカーナではパイロンスラロームこそ無難にこなしたものの、急カーブから床も抜けよとアクセルを踏みつけて豪快に1回転。自分がどんな運転をしていたかは外からも分かるものだったようで、インストラクター氏より「FR車は繊細に運転しないとダメですよ」とアドバイスをもらいました。次回(?)までの課題とさせていただきましょう。

かような私事はさておき、今回の取材で特に収穫だったのは、SDA自体のことより「ああ、スバルはこういう姿勢でクルマ作りに取り組んでいるのね」という部分に触れられたことでした。
実際に数字をたたいた本人が試乗し、イメージとのギャップを感じ、自らの手で修正する。新型インプレッサはサブフレームではなく車体に直接リアスタビライザーを取り付けていますが、この変更についてもエンジニアが抱いた違和感に端を発しているのだとか。複雑化する生産工程に生産技術サイドは渋ったそうですが、最終的には試作車に試乗させて説得したそうです。無論、これも生産技術のメンバーがその違いを理解できる感覚を持っていればこそ。だからスバルはSDAの設立を通し、特定のメンバー以外の運転技術向上も奨励することとしたのでしょう。

「クルマは道が作る」というのは弊社デスク竹下の持論ですが、今回の取材を通して、私は「いやいや、やっぱり人ですよ」という結論に達した次第です。

(文=webCG ほった/写真=富士重工業、webCG)

散水路でのウエット旋回トレーニングの様子。パイロンでできた円状のコースは途中で路面のミューが変わるトリッキーなものだったが、コースに慣れたインストラクターは、それをきっかけにきれいなドリフトを披露していた。
散水路でのウエット旋回トレーニングの様子。パイロンでできた円状のコースは途中で路面のミューが変わるトリッキーなものだったが、コースに慣れたインストラクターは、それをきっかけにきれいなドリフトを披露していた。 拡大
ジムカーナではスタート直後のパイロンスラロームだけは無難にこなしたものの、急コーナーからの立ち上がりで見事に1回転。FF車とFR車の挙動の違いを実感した。
ジムカーナではスタート直後のパイロンスラロームだけは無難にこなしたものの、急コーナーからの立ち上がりで見事に1回転。FF車とFR車の挙動の違いを実感した。 拡大
取材会場となった建屋の中には、貴重な試作車も含め、新旧のスバルのモデルがズラリ。エンジニアたちが気軽に触れられるよう、ドアにカギはかけていないのだとか。こんなあたりにも、スバルのエンジニアに対する姿勢が感じられた。
取材会場となった建屋の中には、貴重な試作車も含め、新旧のスバルのモデルがズラリ。エンジニアたちが気軽に触れられるよう、ドアにカギはかけていないのだとか。こんなあたりにも、スバルのエンジニアに対する姿勢が感じられた。 拡大
堀田 剛資

堀田 剛資

猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。

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