第472回:本場イタリアでも話題の新車
「124スパイダー」の販売現場を突撃取材
2016.10.21
マッキナ あらモーダ!
ひさびさのオープンモデルに興奮
イタリアは、夏休みの期間が終了して、ほぼひと月。自動車の販売が再び上向きになる時期を迎えた。
先日、わが街のFCAディーラーに、冷やかしに寄ったときのことである。
ボクの仕事を知る熟練セールスマンのフランチェスコ・タッデオ氏は、ボクを見つけるやいなや、「はい、写真撮って撮って!」と笑いながら言った。いつになく興奮していた。
何かと思えば、店内に展示されている「アバルト124スパイダー」のことだった。
以前記したように、イタリア本国でも、これまで専売ディーラーだけで販売されていたアバルト車が、少し前から全国のFCAディーラーで扱われるようになった。目下、彼が働くショールームにおいて、アバルト124スパイダーは最新のアイキャッチなのである。
イタリアでは、新生フィアット124スパイダー/アバルト124スパイダーは2016年6月初旬に発表された。「クライスラー200」をベースとした「ランチア・フラヴィア」(2012~2013年に販売)を除けば、2010年に生産終了した「アルファ・ロメオ・スパイダー」以来となる、久々のオープンモデルだ。
エンジンは日本仕様と同じく、1.4リッターターボ「マルチエア」170psのみ。6段のMTとATが用意されているのも、日本仕様と同じだ。
「マツダ・ロードスター」との関連は強み
気さくなフランチェスコ氏と、彼の先輩マッシミリアーノ氏によると、前評判は上々という。
マッシミリアーノ氏に124スパイダーシリーズの納期を聞くと、「90日」つまり3カ月という答えが返ってきた。
どういうお客さんが関心を寄せているのか? それに対する分析は冷静だ。
「アバルト124スパイダーの場合、4万ユーロ(約460万円。付加価値税22%含む)という価格帯からして、購買層は限られることはたしかだね」
なるほど、プロモーションによっては1万ユーロ以下で買える「フィアット・パンダ」が登録台数ナンバーワンの国において、そのプライスレンジは別格といえる。
どういったクルマがライバル候補になりそうか? その質問に対して、マッシミリアーノ氏は即座に「無し」と答えた。124スパイダーのようなモデルは、ファンが気に入れば、脇目もふらず買い求めるものなのだ。
「下取り車はどんなクルマが来そう?」との問いには、脇にいたフランチェスコ氏が「みんな、下取り車は出さないで買うお客さんだよ」とすぐに教えてくれた。「現在の所有車とは別に、休日を楽しむために買うんだ。つまり“クアルタ・マッキナ”さ」。
クアルタ・マッキナ(Quarta macchina)とは、4台目のクルマのこと。1人1台所有がポピュラーなイタリアで、夫、夫人そして子供用とは別の自動車という意味である。
ところで、「マツダ・ロードスター」とプラットフォームを共有していることは、顧客に説明するのか?
マッシミリアーノ氏は、「趣味性の強いクルマに興味を持つ人は、必ず先に勉強してくる」と証言する。それに付け加えれば、日本ブランドやマツダ車の評価が高いイタリアゆえ、それはプラスには働いても、決してマイナスにならないだろう。
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マメな顧客対応はカナメ
「これも持ってって、持ってって」。フランチェスコ氏は、まだ封を切ったばかりの段ボール箱から、インクの香り漂うフィアット版、アバルト版双方の124スパイダーカタログを渡そうとした。
それが販売店負担であることを知っているボクとしては、悪いので辞退しようとしたが、気のいい彼はそれでも「持ってけ」という。
東京時代、小学生の分際でディーラーをめぐってカタログ集めをしていたボクとしては、簡易版である「リーフレット」ではなく、ちゃんとしたカタログをもらえると、今でも妙にありがたい気持ちになる。
やがてフラチェスコ氏は、「じゃ、ちょっと失礼するよ」と言って、電話をかけはじめた。「先日は、対応まで大変お待たせしました」などと話している。電話を切ったあと教えてくれたところによると、先週末の来店客への電話であった。
FCAのマニュアルにより、イタリアのセールスは来店から3日以内に、連絡先を残してくれたお客さんあてにフォローアップのコールをするのだという。
近年のイタリアでは、輸入プレミアムブランドで導入されている手法だが、FCAでも実施されていたとは。
124スパイダーのような華やかなモデルを放ち、昔ながらの陽気な対応をする一方で、地道なセールスもこなしているのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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