ホンダS660 αブルーノレザーエディション(MR/6MT)
秋が似合うS660 2017.07.31 試乗記 専用ボディーカラーや特別な内装をまとった、「ホンダS660」の特別仕様車「ブルーノレザーエディション」に試乗。その“大人向け”の魅力を堪能しつつ、オープンエアドライブの楽しさをあらためて確認した。ポップでもストイックでもない
「特別仕様車が出たんで乗ってください!」
電話から編集部Fクンのさわやかな声が響いた。スペシャルなホンダS660と聞いて、期待が高まる。
で、通常のモデルとどこが違うの?
「ボディーカラーとインテリアが特別っす」
えーっと。色のほかには?
「あと、新しいアプリもあるから試してみてください♡」
お、おう……。
というわけで、ホンダS660 αブルーノレザーエディションに乗った。S660の上級グレード「α」をベースにして内外装を上品に仕上げた大人系特別仕様車である。パワーユニットや足まわりに変更はない。ボディーカラーは「プレミアムスターホワイトパール」「アドミラルグレーメタリック」も選べるが、試乗車は特別色の「ベルベットマルーンメタリック」だった。茶色とも紫ともつかない色で、光の当たり具合によって微妙に表情が変わる。
S660には赤・青・黄という派手なボディーカラーがあり、スポーツカーのポップな若々しさを前面に押し出す。白・黒・グレーの無彩色も用意されていて、こちらはスポーツカーのストイックな側面を強調している。ベルベットマルーンメタリックは、どちらとも異なる印象だ。上品さと渋み、落ち着きを感じさせる。
内装はさらに特別だ。「ジャズブラウンインテリア」と名付けられたカラーコーディネートは、黒一色の通常モデルとはまったく異なる空間を演出する。ブラックで統一されているとスポーティーなコックピットなのだが、ブラウンを加えるとまるでオシャレなリビングルームだ。専用スポーツレザーシートだけでなく、ステアリングホイールと助手席インパネ部分にもブラウンが配置される。
MTで乗りたいと思っていたが……
オープンカーは、インテリアが外から丸見えになる。ということは、このモデルは黒とブラウン、マルーンという3色のカラーコーディネートなのだ。風格のある重厚な雰囲気だから、乗る者にもそれなりの覚悟が必要になる。暑いからといって、Tシャツに短パンで乗るわけにはいかない。
色について書くのは、これが精いっぱい。かなり昔のことだが、ボディーカラーを変えた特別仕様車を出すたびに試乗会を開催するインポーターがあって、いつも記事を書くのに苦労したことを思い出す。S660 αブルーノレザーエディションは、それと比べればはるかによく考えられた特別仕様車だろう。
色はともかく、試乗は本当に楽しみにしていた。S660には前にも乗ったことがあるが、CVT版だった。それなりに楽しめたものの、やはりMTで乗ってみたいという思いがあったのは事実である。ワクワクした気分が、クルマを届けに来てくれた編集部W嬢の、何気ない一言で台無しになる。
「このクルマ、おっそいですね~」
え? MTでも遅いのか……。
深夜だったので取りあえずクルマを止めておき、翌日の早朝に箱根に向けて出発した。快晴なので、まずはロールトップを外す。1年ぶりで忘れていたが、結構な力を要する作業だ。丈夫なだけに重量がある。後でもう一度取り付けた際には、前後が見分けにくいのでうっかり逆に取り付けてしまった。やり直すハメになったのは、ちゃんと確認しなかった自分が悪いわけだが。
走りだすと、まあ確かにメチャ速というクルマではない。街なかではエンジンをリミッター近くまで回すような運転をしないので、2速から4速を使っておとなしく走る。クラッチのつながりは素直で、シフトは節度感があるので苦にはならない。面倒なら3速キープでぐうたらな運転をしても、クルマは受け入れてくれる。
エンジンサウンドの演出効果
高速道路でも、パワーには余裕がある。追い越しでもたつくこともない。問題は風の巻き込みだが、サイドウィンドウを上げればなんとか受忍限度以下に抑えられる。そうはいっても、本当は高速クルージング時にはロールトップを取り付けるべきだ。S660はオープンエアだけのクルマではない。クローズドでは、ドライバーズシートのタイト感が高まって、スポーツカー的な気分はむしろ高まる。ただし弱点もある。雨が降るとルーフをたたく雨音がとんでもなくうるさくて、助手席と会話するのも困難だ。
箱根のターンパイクを駆け上がる。CVT版に乗ったときは、悲しいほどのアンダーパワーに意気消沈した道である。エンジンは同じなのだから、もちろんMTでも速くはない。しかし、気分はまったく違う。スピード以上の高揚感が押し寄せてくる。後ろから聞こえてくるエンジンサウンドの演出効果だろう。リアウィンドウを開けておくと、エンジンがすぐ間近にあるような臨場感が生まれるのだ。
前回乗ったときより音質がよくなっているように思えたので、後で問い合わせてみた。何も変わっていないという。やはり、MTで操ることによる心理効果なのだろうか。スピード感にも同じ作用がある。CVT版では情けないほど遅いと思ったのに、まったく不足を感じない。W嬢が「遅い」という感想を持ったのは、街なかでしか乗れなかったからだ。山道でエンジン回転を上げて走れば、実際のスピード以上の楽しさを味わえる。これが、身の丈にあったスポーツカーだ。
S660のサイズ感は、タイトなワインディングロードで最大の魅力となる。1速に落とすようなコーナーはインにピッタリつけて抜けていけばいい。カラフルな衣装に身を包んだ自転車乗りを追い越すのも、余裕だった。大型SUVがおっかなびっくりで走っているのを横目に見ていると、つい優越感に浸る。
アプリがなくたって楽しい
せっかくなので、Fクンが薦めていた新しいアプリも試してみた。S660専用のiPhoneアプリ「Rev Beat(レブビート)S660」である。iPhoneとセンターディスプレイが連携して走りと音楽をシンクロさせるシステムだ。MTだと「Rev Match判定」という機能が利用できる。シフトタイミングが適正かどうかを判定して音と表示でドライバーにフィードバックし、ドライビングを盛り上げようという狙いらしい。
「Excellent」「Good」「Bad」の3段階で判定される。シフト時のエンジン回転数を監視し、下手だと判断すると容赦なくダメ出しするのだ。Badには2種類がある。回転数が低くてスムーズに加速できないと「More Gas」、無駄にガソリンを使って回転数を上げすぎると「Less Gas」と発音の良い英語でしかられる。Excellentを連続して成功させ、その回数が増えるとごほうびがもらえる仕組みだ。ヒール・アンド・トウをキメるとExcellentの声質が感嘆するような響きになるが、特にごほうびはない。
運転のスキルを判定する装備は各メーカーが用意しているが、多くはエコドライブを奨励することが目的だ。Rev Beat S660は走りにフォーカスしている点で差別化ができている。高得点をたたき出そうという意欲が刺激されるのはいいが、シフトのたびに声をかけられるのはさすがにわずらわしい。もともとGセンサーが0.5G以上を感知すると警告音が鳴る機能がついているので、コーナーではなんともにぎやかなことになる。30分ぐらいで飽きてしまった。ポイントを獲得するといろいろなアイテムがもらえる仕組みもあるので、長く使えば楽しみが増えるのかもしれない。
アプリの力を借りなくても、S660はそのままで運転が楽しいクルマだ。実用性を欠いているからこそ、クルマが好きな人は本気で欲しくなる。デビューした途端に注文が殺到して1年近いバックオーダーを抱えたのも当然だ。フル生産のおかげでようやく行き渡ったようだが、このブルーノレザーエディションが人気で生産が追いついていないそうだ。今注文しても納車は何カ月か後になるようだが、それもいいだろう。この特別仕様車には、秋が似合う。
(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダS660 αブルーノレザーエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:228万円/テスト車:235万6464円
オプション装備:シティブレーキアクティブシステム(3万7800円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット(1万7280円)/ドライブレコーダー<カメラ一体型>(2万1384円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:934.4km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:465.6km
使用燃料:30.6リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:15.2km/リッター(満タン法)/16.2km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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