第165回:イギリスの犯罪家族は日本車がお好き?
『アウトサイダーズ』
2018.02.09
読んでますカー、観てますカー
スバルで犯罪者を逃がす映画
オープニングシーンでスバル車が激走。ドライバーズシートに座るのは、犯罪現場から強盗を逃がす役割のゲッタウェイドライバーだ。卓越したドライビングテクニックで、クルマを思いのままに操る。こういう書き方をすると、あの映画を連想してしまうかもしれない。2017年夏に公開された『ベイビー・ドライバー』だ。音楽に合わせてカーチェイスや銃撃戦を展開するという極めて斬新な手法を使い、ミュージカル映画の再定義を行った傑作である。
『アウトサイダーズ』は、まったく毛色の違うタイプの作品だ。どちらかというと泥くさい。『ベイビー・ドライバー』が真っ赤な「インプレッサWRX」で超絶技巧の180度ターンを見せたのに対し、こちらは小豆色の「レガシィ アウトバック」だ。前後席フル乗車で草原を走り回る。ドライバーの膝の上には子供が乗っていて、ステアリングをつかんでいる。犯罪の帰り道ではなく、家族で暴走を楽しんでいるだけらしい。
林に突っ込んで停止した場所が、犯罪家族のすみかだ。トレーラーハウスを何台も並べて暮らしている。広場には犬やヤギもいて、楽しそうな集団生活にも見える。警官の人形にパチンコで石を打ち込んで遊んでいるのは、これまでの恨みをぶつけているのだろう。
ドライバーのチャド・カトラー役はマイケル・ファスベンダー。いつもの知的なオーラをかなぐり捨てようとしているが、どことなく気品が漂う。彼の父親コルビー・カトラーを演じるブレンダン・グリーソンははまり役だ。貧乏で教養のないドナルド・トランプといった風情が、犯罪家族を率いるボスにふさわしい。
父が語る力強い犯罪哲学
コルビーは確固とした哲学を持っている。犯罪は権利であり、金持ちや権力者どもから奪うのは正しい行為である。警察は敵なのだ。やられたらやり返す。自分の考えは絶対で、家族が家長に従うのは当たり前のことだ。そうすれば、すべてうまくゆく。
夜になると広場に全員が集まってたき火を囲む。コルビーは彼らに真実についての話をする。
「世界はまっ平らだ。地球が丸いはずがない」
「人間の祖先が魚だと!? バカも休み休み言え」
「誰でもいつかは刑務所に入る日がくる」
いくら珍妙な論理であっても、強烈なカリスマを持った父親の言葉は力強い。彼らの生活は外の世界と隔絶していて、常識は通用しないのだ。昨年公開された『はじまりへの道』も、世間に背を向けた家族の話だった。父親が6人の子供たちと森林に暮らし、サバイバル生活を送る。彼も絶対的な権威として子供たちに対するが、こちらは超意識高い系である。
昼は森の中を駆け回って体を鍛え、一人で生きていく術(すべ)を学ぶ。食べ物はほとんど自給自足で、コーラは毒の水だと信じている。夜は勉強の時間だ。プラトン『国家』からジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』までを読破して広く知識を吸収し、ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』を批評する。彼らが神のように信奉するのはノーム・チョムスキーだ。知的レベルは高いが、こちらの家族もまともではないような気がする。
「三菱ショーグン」で豪邸を襲撃
警察はカトラー家が犯罪集団だということを知っている。常に容疑者として捜査線上に浮かぶが、彼らは決定的な証拠を残さない。疑わしいだけでは、牢屋(ろうや)にぶち込むことはできないのだ。微罪で逮捕することもあるが、ガンとして口を割らないから起訴には持ち込めない。釈放されると、コルビーは警察に嫌がらせを仕掛ける。黄色にペイントして側面に“Fuck gavvas”と書いたオンボロの「ローバー・メトロ」で街を走り回る。下品なだけでなく、明らかに挑発的なフレーズだ。腹を立てた警官がパトカーで追ってくるが、チャドのアクロバティックな運転にはついてこられない。
驚くのは、この映画にはモデルがあるということだ。ロンドンの北西に位置するコッツウォルドで、裕福な家を襲撃して金品を盗んでいた犯罪一家が実在したという。アウトローを気取っているが、実のところ社会に適合できないハズレ者である。カタギの生活はできないから、家族の結束は固い。
カトラー家では知性に価値を認めない。父親の方針で、チャドはほとんど学校に行かなかった。しかし、息子には自分たちのような人生を歩んでほしくないから学校に通わせている。コルビーは孫に犯罪術を教え込むことが何よりも大切だと思っていて、ことあるごとに2人は対立する。チャドの息子はどちらかというとおじいちゃんの考えに賛成しているようだ。子供だから、勉強が嫌いなのは仕方がない。
チャドは抵抗を試みるものの、結局は父親に逆らえない。最後の大仕事を引き受けてしまう。犯罪から足を洗いたいと思っているのに、頼まれると断れないのだ。夜中に向かったのは、州総督の豪邸である。英国版「三菱パジェロ」の「ショーグン」に乗ったままリビングルームに突っ込む。獲物を手に入れた後は火を付けて燃やすという乱暴で粗雑な泥棒だ。
ほかにも日本車が続々登場
無理なやり口をカバーするのがチャドの役割である。用意しておいたクルマに実行犯を乗り換えさせ、1人で警察の追跡を引き受ける。相手はこれまで何度も追跡戦を行ってきた顔見知りの警官たちだ。彼らもなめられっぱなしでは不愉快なので、全力で追いかけてくる。チャドは彼らをからかうような走りで応えるという余裕を見せる。
警察にもプライドがある。ヘリコプターを動員し、空から逃走車を追いかけた。『ベイビー・ドライバー』ではハイウェイで同じ色のクルマに紛れて目をくらますという頭脳プレーを使ったが、逃走経路は郊外の一本道。トリックは使えず、クルマを放棄するしかない。走って林の中を逃げるが、警察犬が追ってくる。ヘリコプターは赤外線カメラで監視しているので木陰に隠れても見つかってしまう。絶体絶命の状況で、チャドは牛を使って追っ手を欺いた。映画を観て確かめてほしいが、鮮やかというよりはやぼったくて不格好な手法を使う。
シドニー・ルメットの『ファミリービジネス』やデヴィッド・ミショッドの『アニマル・キングダム』など、犯罪家族を扱った映画は多い。いずれも家業としての犯罪を継承しようとする保守派と、社会に受け入れられるために変化を求める改革派が衝突する。犯罪は称揚されるべきものではないが、彼らにとっては生きることすなわち盗むことなのだから始末が悪い。
アウトバックとショーグン以外にも、この映画には多くの日本車が登場する。スバルでは「インプレッサ」と「フォレスター」が出ていて、日産は「プリメーラ」と「キャブスター」。イラク人ドライバーは「トヨタ・プレヴィア(エスティマ)」で闇タク商売をしていた。『ベイビー・ドライバー』ほどの鮮烈さはなかったが、犯罪用であってもスクリーンに日本車が映し出されるのは喜ばしい。警察を手玉に取るに足る性能があると判断されての選択なのだから、誇りに思っていいのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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