第174回:キューバの老音楽家にはデカいアメ車が似合う
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』
2018.07.19
読んでますカー、観てますカー
あの音楽映画の18年ぶりの続編
映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が日本で公開されたのは2000年のこと。出演したのはすでに音楽好きの間では話題になっていたキューバのバンドで、ヴィム・ヴェンダースが監督したこのドキュメンタリー作品によって広く知られるようになる。老人たちがステージで見せるパフォーマンスの素晴らしさに驚かされ、映画は大ヒットした。あれから18年、まさかの続編が『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』だ。
当時すでに90歳を超えていたコンパイ・セグンドは、やはりもうこの世の人ではなかった。バンドマスターのファン・マルコス・ゴンザレスが、彼のことを記憶している人に話を聞いてまわる。誰もが懐かしげに偉大なミュージシャンの思い出を語るのだ。かつて黒人向けのダンスホールだったブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブはなくなっていて、今では同じ建物にスポーツジムが入っている。面影を残すのは、床の模様だけだ。
キューバの音楽に魅せられたギタリストのライ・クーダーが現地でアルバムを制作しようと考えたことが、そもそもの発端である。当初はアフリカからミュージシャンを呼ぶ予定だったがトラブルが発生し、ハバナで楽器奏者や歌い手を急いで探すことになった。トップクラスのミュージシャンは見つかるのか。誰もが納得する実績の持ち主がいた。1950年代にキューバの音楽界をリードしたレジェンドたちである。
コンパイ・セグンドをはじめ、エリアデス・オチョア、ルベーン・ゴンザレス、マヌエル・“エル・グアヒーロ”・ミラバール、バルバリート・トーレス、オルランド・“カチャイート”・ロペス、イブライム・フェレール、オマーラ・ポルトゥオンドといった一流のエンターテイナーが集まったのだ。キューバ音楽の黄金期に敬意を表し、バンド名はブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとなった。
世界とのドアが閉ざされたキューバ音楽
1980年代に、ワールドミュージックブームと呼ばれるムーブメントがあった。欧米の音楽ばかりがもてはやされるのに飽きた人々が、世界各地の知られざる音楽を発掘したのだ。日本でも、ジプシー・キングス、ユッスー・ンドゥール、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ディック・リー、オフラ・ハザ、キング・サニー・アデ、サリフ・ケイタ、エルフィ・スカエシなどが人気となった。
日本の音楽シーンにも影響が及び、和製サルサバンドのオルケスタ・デ・ラ・ルスや和楽器を取り入れて無国籍音楽を奏でる上々颱風(シャンシャンタイフーン)などが活躍する。1989年にはカオマの『ランバダ』が大流行し、老いも若きも腰を密着させたくねくねダンスに熱中した。異様な光景は、バブル末期の象徴的な出来事として記憶されている。
欧米一辺倒から解放され、世界中の音楽に触れることができるようになった。しかし、なぜかキューバ音楽だけは蚊帳の外という状況が続く。20世紀初頭にキューバで流行したソンは、ラテン音楽の原型といわれている。マンボやサルサ、チャチャチャなどは、すべてソンから発展したのだ。それなのに、キューバ音楽が脚光を浴びることはなかった。不遇だったことには、国の歴史が関係している。
スペインの植民地だったキューバは1902年に独立を果たすが、実際にはアメリカの保護国状態だった。アメリカの企業が経済を支配し、富を独占していた。圧政に苦しめられた民衆が立ち上がり、チェ・ゲバラやフィデル・カストロの指導でゲリラ闘争が行われる。1959年に革命政権が打ち立てられ、1961年にアメリカと断交した。経済関係も途絶し、文化の交流も失われる。キューバ音楽は、世界とつながるドアを閉ざされてしまったのだ。
21世紀に1950年代のアメリカ車が走る
関係は打ち切られてしまったが、アメリカ文化はキューバに残された。その代表がクルマである。1950年代のゴージャスなアメリカ車が、そのまま使い続けられることになったのだ。経済封鎖下では外国から新たにクルマを輸入する余裕はなく、旧式の自動車を修理して延命させるしかなかった。
前作では、冒頭でコンパイ・セグンドが「ポンティアック・スターチーフ コンバーチブル」に乗って登場する。道にはシボレーやビュイックが走り、テールフィンを備えたフルサイズのモデルも多い。塗装がはげてしまってパネルごとに色が違っているクルマもあるが、堂々たる姿だ。1970年代ぐらいの比較的新しいクルマがたまに通るが、どれも小さくてみすぼらしい。ラーダやモスクヴィッチといった旧ソ連製のクルマだ。
21世紀になっても、街の景観は変わっていなかった。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』でも、ミュージシャンたちはデカいアメ車に乗っている。カチャイート・ロペスは真っ赤なシボレーのコンバーチブルで現れるし、街を彩るのはピンクのキャデラックや紺色のダッジだ。作られてから70年を経ても、黄金期のアメリカ車はまだ元気である。
しかし、ミュージシャンたちの何人かは鬼籍に入っている。コンパイ・セグンドは2003年、イブライム・フェレールは2005年に亡くなった。2人とも、死の直前までステージに立っていたという。幸せな音楽人生だったに違いない。
オマーラ・ポルトゥオンドは健在だった。2016年にオバマ大統領がホワイトハウスに招待した時も、彼女は力強い歌声を聞かせている。この時のツアーには、オリジナルメンバーのほかに若いミュージシャンも参加した。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブがバンドとして活動するのは最後となったが、彼らがこれからのキューバ音楽を支えていく。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第285回:愛のためにフルヴィアクーペで突っ走れ!
『トリツカレ男』 2025.11.6 夢中になるとわれを忘れるトリツカレ男がロシアからやってきた少女にトリツカレた。アーティスティックな色彩で描かれるピュアなラブストーリーは、「ランチア・フルヴィアクーペ」が激走するクライマックスへ! -
第284回:殺人事件? トレーラーが荒野を走って犯人を追う
『ロードゲーム』 2025.10.30 あの名作のパクリ? いやいや、これはオーストラリアのヒッチコック好き監督が『裏窓』の設定をロードムービーに置き換えたオマージュ作品。トレーラーの運転手が卑劣な殺人者を追って突っ走る! -
第283回:ドニー・イェン兄貴がE90で悪党を蹴散らす!
『プロセキューター』 2025.9.26 ドニー・イェン兄貴は検事になっても無双! 法廷ではシルバーのウィッグをつけて言葉の戦いを挑むが、裁判所の外では拳で犯罪に立ち向かう。香港の街なかを「3シリーズ」で激走し、悪党どもを追い詰める! -
第282回:F-150に乗ったマッチョ男はシリアルキラー……?
『ストレンジ・ダーリン』 2025.7.10 赤い服を着た女は何から逃げているのか、「フォードF-150」に乗る男はシリアルキラーなのか。そして、全6章の物語はなぜ第3章から始まるのか……。観客の思考を揺さぶる時系列シャッフルスリラー! -
第281回:迫真の走りとリアルな撮影――レース中継より面白い!?
映画『F1®/エフワン』 2025.6.26 『トップガン マーヴェリック』の監督がブラッド・ピット主演で描くエンターテインメント大作。最弱チームに呼ばれた元F1ドライバーがチームメイトたちとともにスピードの頂点に挑む。その常識破りの戦略とは?
-
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。












