第176回:旧型のM5でパリの凱旋門を駆けぬける歓び
『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』
2018.08.02
読んでますカー、観てますカー
元妻まで登場するオールスターキャスト
トム・クルーズが『ミッション:インポッシブル』シリーズをリスタートさせたのは1996年。第1作で披露したぶら下がりアクションは、今やモノマネ芸の定番になっている。あれから22年、回を重ねるごとに作戦の不可能度はアップし続けている。第6作の『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』は、ヘリコプターを使った超絶バトルが見せ場だ。
映画の冒頭では嵐の夜に不気味な男がイーサン・ハントの隠れ家にやってくる。合言葉という超クラシックな手法で本人確認を行い、渡されたのは『オデュッセイア』。本の中にはテープが仕込まれていて、再生すると今回のミッションが指令される。終了すると自動的に消滅するのは、TVシリーズからのお約束だ。作戦遂行にはデジタル機器が駆使されるようになってきたのに、この部分だけは昔のままである。
イーサンが率いる極秘諜報(ちょうほう)機関IMF(Impossible Mission Force)のチームに与えられた任務は、盗まれたプルトニウムを奪回すること。複数の都市で同時に核爆発を起こして世界を大混乱に陥れる陰謀が進められているらしい。相棒としてベンジー(サイモン・ペッグ)とルーサー(ヴィング・レイムス)というおなじみの2人がイーサンをサポートする。前回初めて登場したMI6の諜報員イルサ(レベッカ・ファーガソン)や、シンジケートのボスであるソロモン・レーン(ショーン・ハリス)も再登板。イーサンの元妻ジュリア(ミシェル・モナハン)まで復帰するというオールスターキャストである。
加えて謎の女“ホワイト・ウィドウ”やらCIAから派遣された監視役のウォーカー(ヘンリー・カヴィル)やらという正体不明のキャラクターがゴソゴソ出てくるので、ストーリーについていくのが大変だ。登場人物たちのセリフをしっかり追っていかないと取り残されてしまう。
記録更新して高度は7620メートルに
裏切ったり出し抜いたりということが重なり、物語は二転三転する。複雑にしすぎていて爽快な展開が楽しめないのはちょっと残念な気もするが、大事なのはアクションシーンだ。今年56歳になったトム・クルーズは、またしてもスタントマンにまかせきりにせず自分で多くのシーンを演じている。
ビルの谷間やノルウェーの断崖絶壁でジャンプする場面が何度もあり、彼は合計106回も飛び降りたという。ついには壁に激突して右足を骨折するというアクシデントに見舞われる。医者は完治するまで9カ月かかると診断したが、リハビリに励んで6週間後には撮影を再開したというから驚く。指の骨はすべて折ったことがあるジャッキー・チェンを見ればわかるとおり、骨折はアクション俳優にとって勲章のようなものだ。
2011年の『ゴースト・プロトコル』では、ドバイのブルジュ・ハリファで地上828メートルのガラス窓に張り付いた。2015年の『ローグ・ネイション』では、軍用輸送機の「A400Mアトラス」のドアにしがみついて飛行。高度はほぼ倍増して1524メートルに達した。今回はその記録を超えることが求められる。アクションが行われる高度で映画の価値が決まるとは思えないが、数字が下がるとトーンダウンしたように受け止められてしまうのは仕方がない。
ということで、最高到達点は7620メートルまでエスカレート。「ボーイングC-17グローブマスターIII」から飛び降りるシーンがある。富士山の2倍以上の高度だから、低酸素症の恐れがある。特殊な酸素マスクを特注して撮影に臨んだというが、これは軍の精鋭部隊が敵地に潜入するためのパラシュート降下である。1日10回以上の訓練を4週間にわたって行い、本番を迎えたという。250km/h以上のスピードで飛ぶC-17から飛び出すという危険なスタントだ。
階段落ちカーチェイスはさらに進化
そして、ヘリコプターのアクションをこなすために、トムは2000時間以上の訓練を経て操縦免許を取得している。狭い峡谷をすり抜けて低空飛行するという高度な技術をマスターし、自ら最新の高性能機を操った。600メートルの高度を飛ぶヘリコプターから垂らされたロープの先にある荷物まで数十メートル落下するというスタントも成功させている。
これ以上エスカレートすると、本気で命に関わりそうだ。年をとってもまだまだやれると意地を張るのも、そろそろやめたほうがいいのではないか。空中アクションがインフレーションを起こしているのに対し、安心して見られるのがカーアクションだ。このシリーズでは、毎回BMWを使ったカーチェイスが行われるのが定例となっている。『ゴースト・プロトコル』では「i8」と「6シリーズ」のカブリオレで、『ローグ・ネイション』では「M3」が登場した。
今回は「M5」である。BMWは現在映画とのコラボモデルを販売しているが、イーサンが乗るのは最新型ではない。5シリーズの第2世代となる「E28」で、M5としては初代モデルだ。撮影が行われたのはパリの中心部。朝6時から2時間だけ凱旋(がいせん)門やオペラ通りを封鎖したという。最初はオートバイに乗って70台ものクルマが走る中を逆走する。M5に乗り換えると、狭い路地をとてつもないスピードで駆け回った。
前回はM3で階段を駆け下りる場面があったが、今回はさらに進化した階段落ちだ。下っていく途中で180度ターンが入る。スタントコーディネーターのウェイド・イーストウッドが出した指示は、「クルマを180度回転させ、残り10度のところでハンドルを切ってクラッチを踏み、ローギアに入れろ」というものだったという。そんな高難度のスタントを要求するのもクレイジーだが、それを涼しい顔でこなしてしまう俳優もどうかしている。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!?
『ヌーヴェルヴァーグ』 2026.7.9 1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第288回:自称詩人は中古車で自由を表現する?
『自然は君に何を語るのか』 2026.3.20 「月刊ホン・サンス」第5弾は『自然は君に何を語るのか』。恋人の両親に初めて会う自称詩人は、気まずい空気の中で次第に感情を抑制できなくなっていく。「キア・プライド」が小道具としていい味! -
第287回:宝石を盗んで西海岸のハイウェイを駆け抜けろ!
『クライム101』 2026.2.12 ハイウェイ101で発生する宝石盗難事件はいつも迷宮入り。「ダッジ・チャレンジャー」で素早く逃走する犯人の犯罪心得は、殺さず、傷つけず、証拠を残さないこと。泥棒、刑事、保険ブローカーが華麗なる頭脳戦を繰り広げる!
-
NEW
トライアンフ・トライデント660(6MT)【レビュー】
2026.8.15試乗記英トライアンフのミドル級ネイキッドスポーツ「トライデント660」が、大幅に進化。エンジンを強化し、フレームやサスペンションを見直すなど、全方位的に走りに磨きをかけてきた。速さと乗りやすさを同時に追求した一台の、ライドフィールを報告する。 -
NEW
目指すは究極の走りと官能性 「ランボルギーニ・レヴエルトSV」の核心をキーマンが語る
2026.8.15デイリーコラムランボルギーニが「レヴエルト」の進化モデル「レヴエルトSV」を発表。強力なV12エンジンとプラグインハイブリッドシステムを搭載したフラッグシップは、いかなる進化を遂げたのか? V12モデルのディレクターを務めるキーマンが、その核心を語った。 -
ボルボのフラッグシップ電気自動車「EX90」が上陸 軌道修正された電動化戦略の今を探る
2026.8.13デイリーコラムボルボのフラッグシップ電気自動車(BEV)「EX90」と「ES90」が日本に上陸。2030年までに完全BEVブランドになるという目標は軌道修正したが、2040年までに温室効果ガス排出ゼロ企業を目指す方針に変わりはない。ボルボの電動化戦略の今を探る。 -
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う
2026.8.13マッキナ あらモーダ!ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。 -
「スバルBRZ」が採用した「新しいシフトレバー構造」とは何か?
2026.8.12デイリーコラム2026年7月31日に発表された「スバルBRZ」の最新モデルでは6段MTへの「新しいシフトレバー構造」の採用がうたわれている。すでに熟成し切った技術のように思われるマニュアルトランスミッションだが、2026年にもなってどんな構造を取り入れたのだろうか。スバルに聞いてみた。 -
第124回:「日産エルグランド」と「メルセデス・ベンツVLE」(前編) ―絶対王者に戦いを挑む、次世代高級ミニバンのカーデザイン―
2026.8.12カーデザイン曼荼羅日産が新型「エルグランド」を発売し、海の向こうではメルセデス・ベンツが「VLE」を発表するなど、いまにわかに盛り上がりを見せている高級ミニバンのかいわい。新興勢力は王者「トヨタ・アルファード」の存在を超えられるのか? カーデザイン視点で考えた。










