第107回:さよならワグナー(後編) ―革新から正統へ 変節するメルセデスと欧州カーデザインの未来―
2026.04.01 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
「EQ」シリーズの失敗を機に、保守的なイメージへ大転換! メルセデス・ベンツのカーデザインは、一体どこへ向かおうとしているのか? 名物デザイナー、ゴードン・ワグナー氏の退任を機に、スリーポインテッドスターと欧州カーデザインの未来を考えた。
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変革を期した「EQ」シリーズの大コケ
清水草一(以下、清水):それにしても、最近はメルセデスのセダンを本当に見かける機会が減りましたね。今一番売れているのは、SUVの「GLC」でしたっけ?
webCGほった(以下、ほった):(PCをポチポチしつつ)……ですね。グローバルで見ても、日本に限っても、GLCが稼ぎ頭です。
清水:セダンは「C」も「E」も「S」も、服のサイズ違いみたいになっちゃったしなぁ。
渕野健太郎(以下、渕野):そうですね。グリルと細部の扱いが違うだけで、ロアボディーのつくりはほぼ一緒ですから。差別化が非常に細かいところで行われています。
で、ここからが本題なのですが、そんな伝統的なスタイルを一度打破しようとしたのが、電気自動車(BEV)のEQシリーズでしたね。「EQE」と「EQS」ではプロポーションを根本から変えて、攻めの姿勢を見せた。清水さんはこれ、大好きでしたよね?(参照)
清水:(苦笑いしながら)ええ、まぁ……。
渕野:これまでのセダンとは全く異なる、ワンボウ(一筋の弓)のシルエットを持ち込んでいました。でも……。
ほった:販売的には、かなりお寒い結果になってしまいました。
渕野:大失敗と言ってもいいかもしれません。
清水:ものすごく未来的でカッコいいと思ったけどなぁ……。単にBEVだから不評だったってわけじゃないのかね?
ほった:見た目と中身と、半々じゃないですかね。
渕野:デザイン的にも先を行きすぎてて、ユーザーが不安を覚えるレベルだったんだと思います。
ほった:今や“EQ”という名前すら黒歴史になりつつあるというか、シリーズ名としても順次廃止していくみたいだし。
デザインの方向性を180°転換
清水:EQシリーズのデザインは、なにがあんなに嫌われたんだろ? 四隅の見切りが悪すぎたから?(笑)
ほった:ひとえに美観のズレでしょう。私のまわりのベンツオーナーの間でも、口の悪い人からは「走るナメクジ」とか「電動マウス」なんて言われていましたし。
渕野:結局、EQシリーズは、メルセデスに対するユーザーの期待から大きく外れてしまったんだと思います。メルセデスはどこまでいっても伝統の重みがあるブランド。その舵を急激に切りすぎた。
ほった:スマートみたいに完全に別個のブランドでやっていればよかったのかな。伝統のスリーポインテッドスターを付けちゃったから、期待とのギャップを生んだんでしょうか。
清水:オレには正常進化に見えたけどねぇ。初代「CLS」の発展版みたいなさ。メルセデスユーザーの気持ちはわからんな。
渕野:いずれにせよ、これを見たメルセデスは、今度はイッキに原点回帰に舵を切ったわけです。「BEV時代であっても、グリルは重要である!」と。むしろ1960年代、1970年代のレトロな要素を引っ張り出してきた。その象徴が、最近話題になったコンセプトカー……。
ほった:「ビジョン アイコニック」ですね。
清水:あの大不評の巨大グリル(笑)。
渕野:そう、GLCのBEV仕様(参照)やマイナーチェンジしたSクラスもそうですが、グリルを縦に大きくして、強調する方向に舵を切った。非常に保守的というか、過去のクルマの文脈をしっかり受け継いだものに変えてきたわけです。EQシリーズの失敗を経て、戦略がガラリと変わったのを感じます。
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次の世代は“巨大グリル顔”で統一される?
ほった:しかし……EQシリーズのデザインも不評だったけど、次に出てきたのがこれ(ビジョン アイコニック)でしょ。こんなのが街なかを走りだしたら、相当コワいですよ。トヨタのミニバン軍団もたいがいだけど……。
清水:怖いけど、これはいいと思うよ。アンバランスさがクセになる。一度見たら目をそらせない、ドイツの「アルファード」だな。
渕野:ワグナーが退任するというタイミングでこれが出てきた。これが最後の置き土産になって、彼の影響が世代にも残るのか。それともお蔵入りして“ワグナー流”は断絶となるか。注目しています。
ほった:そういや、去年(2025年)の「ジャパンモビリティショー」にはビジョン アイコニックは来ませんでしたよね。
渕野:まぁでも、あのときはグリルのコンセプトを受け継いだクルマがほかに出展されていましたから。次期型「Vクラス」っぽいのや、新型GLCとか。GLCのグリルは枠が黒かったから、結構まとまって見えましたね。ドアの開閉の質感なんかは、さすがメルセデスって感じで説得力がありました。
ほった:でも、前から見たら「道頓堀(どうとんぼり)のグリコ」(笑)。
清水:まぁ、メルセデスを買う人は、「メルセデスならなんでもいい!」という層がかなり多いいから、いいんじゃないかな。
渕野:トヨタの客層に近いかもしれませんね。トヨタのお店に行って、「どれがおすすめ?」とお店の人に聞くような。それの高級版。
清水:トヨタの場合はモデルごとにデザインがバラバラだけど、メルセデスは完全に統一されてるでしょ。そのなかで「サイズはこれでいいかな~」と選ぶわけで、本当に服のサイズ選びですよ。
ほった:個々のデザイナーのアイデアは、もう完膚なきまでにたたきつぶされている感じですね。
渕野:車種ごとの担当デザイナーが実際にはどう感じているのか、本音を聞いてみたいところです。
ほった:逆に、そういう抑圧された環境が、強烈な反骨精神を育んでいる可能性もありますけどね(笑)。
衆目を集めたライバル批判
渕野:ワグナー本人の話に戻りますが、彼はかつて、他社のデザインを痛烈に批判したことがありましたよね。
ほった:2025年の「IAAモビリティー」でしたっけ? どこかのメディアが報じてましたが、BMWとアウディのコンセプトカーをボロカスに言ったみたいですね。
清水:なにを批判したんですか?
渕野:アウディの「コンセプトC」のインテリアを「古臭い」、BMWの「iX3」のインターフェイスを「煩雑で、直感的に使いづらい」と述べています。
あと面白いのが、「ラグジュアリーなモデルほど巨大なディスプレイを搭載するのは間違いだ」とか、「アンビエントライトがキラキラしているのは下品でクラブハウスみたいだ」とかって、自社製品のデザインを反省したこともあるみたいですよ。
清水:ええっ!? それ、自分が一番やってきたことじゃない!(笑)
ほった:まさに「お前が言うんかい!」っていう(笑)。今のメルセデスは、アウディ、ビーエム以上にチェケラ! って方向に突っ走ってますからね。
清水:オーディオに同調して明滅するアンビエントライトとかね。オレ、あれは大好きだけど。
ほった:正直、個人的には「ホントにワグナーさん自身の発言なの? 誰かが台本書いたんじゃないの?」って気もしますけど。
渕野:装飾過多になってきている現状を、一度リセットしたいって思ったのかもしれませんよ。
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大シャッフルの果てに未来はあるか?
ほった:……てか、ワグナーさんだけじゃなくて、ここのところは欧州メーカーのデザイナーが、かなり入れ替わっていますよね。ポルシェやBMWもそうですし。
渕野:ボルボも変わりましたね。
ほった:JLR(ジャガー・ランドローバー)のジェリー・マクガバンさんも、2026年3月末で退任とのことですしね。ポルシェはミヒャエル・マウアーさんが退いて、トビアス・シュールマンさんが就任しました。トビアスさんは元マクラーレンの人だったかな?
清水:ヨーロッパの自動車デザイン業界全体が、地滑り状態なのね。BEV化が行き詰まったせいなのか、今の欧州の自動車デザインは、とにかくデコレーションに走ってるし、「このままじゃいけない」って自覚があるのかも。
渕野:ヨーロッパのメーカーは、これまで日本や韓国のメーカーにとっても、常に大きな指標、リファレンス(基準)でした。そこが崩れると、業界全体が迷走してしまいます。
ほった:ワタシはもう、欧州をあがめて追っかける必要はないと思いますがね(笑)。まぁ、今のところはデザイナーのロンダリングというか、あっちのメーカーからこっちのメーカーへっていう人の移動ばかりですけど、このシャッフルの果てに、また新しくて納得感のある基準が生まれてくるといいですね。
清水:まぁ、いずれ必ず揺り戻しは来るよ。歴史は繰り返すから。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=BMW、アウディ、メルセデス・ベンツ、newspress、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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