ロールス・ロイス・カリナン(4WD/8AT)
褒めるほかない 2018.10.19 試乗記 ロールス・ロイス初のSUVは、単なる“SUVブームの産物”なのか? 北米で試乗した「カリナン」は、そんな思いを吹き飛ばすほどの実力と将来性、そして老舗高級ブランドならではのマナーを兼ね備えていた。多くの顧客が待っている
ロールス・ロイスの新型車を試して、そのファーストインプレッションを報告することはいつも、簡単なようで難しい。
褒めることになるのは、もはや乗る前から分かっているからだ。ことに現行型「ファントム」から使用しはじめた新開発の専用スペースフレーム構造「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」の実力のほどを十分に知った今となっては、その派生モデル第1弾である、ブランド初のSUVカリナンの仕上がりに疑問を抱く理由もなかった。
果たして、全米きっての山岳リゾートにあるセレブリティー御用達の町、ジャクソンホールで試乗したカリナンは、予想通りに素晴らしい乗用車であり、いくつかのポイントでは予想以上の仕上がりをみせてくれた。
リポートを始める前に、「そもそもロールス・ロイスに背の高いSUVなんて必要なの?」という、きっと多くのクルマ好きが思っている疑問に筆者なりの感想を付しておこう。
猫も杓子(しゃくし)もSUVとなったのは、当然「売れるから」だ。かのフェラーリでさえSUVの開発に前向きだという昨今、売れる=望まれているということを忘れてはいけない。そこに実際のカスタマーと純粋なカーマニアとの思いの丈に違いがあったりする。自然吸気エンジンや3ペダルマニュアルトランスミッションの議論と同じ。あえて言うなら、自動運転の是非だって。
高級かつ最大級のSUV
筆者はこの数カ月のあいだに、日本国内はもとより、英国やフランス、イタリア、ポルトガル、スウェーデンなど欧州からアメリカ中西部に至るまで、実にさまざまなロケーションでさまざまなクルマをドライブする機会に恵まれた。
すべての道において共通していたのが、背の低いクルマ(セダンやスーパーカー)に乗っていると随分視界が窮屈になったと感じたこと。背の高いSUVがもはや“フツウのクルマ”になっているから、以前に比べて背の低いクルマからの見通しがはっきりと悪くなっているのだった。
長短いずれであっても、良い視界はストレスのないドライブの第一条件であることに違いはない。多くの人が同じ条件=視界の高さを求めるのは当然で、一度手に入れた長所=見晴らしの良さはなかなか手放せないもの。となれば裾野から頂点まで、すべてのクルマの背が高くなるのは当然のなりゆきで、世界最高峰の高級車にもSUVが必要不可欠な時代になったというだけの話。それはもう、好むと好まざるとにかかわらずである。
もっとも、SUVの世界において高級=ラグジュアリーは決して新しい組み合わせではない。英国のレンジローバーはそれこそ“砂漠のロールス・ロイス”として昔から人気を集めてきたし、アメリカンハイエンドブランド(キャデラックやリンカーン、在りし日のハマー)の大型SUVが世界中のセレブをとりこにしたことも記憶に新しい。セダンでもそうだった。セレブはとにかく、デカいクルマがお好き、なのだ。
「キャデラック・エスカレード」のエクステンデッドボディーなどを除けば、カリナンは今、世界最大(最長)のSUVだといっていい。レンジローバーのロングボディーよりも大きい。
4WD車ならではのトルク特性
もっとも、同門のファントムより、カリナンはひと回り小さい(フラッグシップモデルとしてのファントムの地位は揺るがない)。否、「ゴースト」よりもまだ少しだけ短い。けれどもホイールベースはゴーストのショートホイールベース版とまったく同じ値になる。つまり、カリナンの4つのタイヤはSUVらしく四隅に寄せて配されているということ。オフロードで有効であることはもちろん、オンロードでの扱いやすさにも効くはずだ。
非常に軽量で強靱(きょうじん)、かつデザインの自由度も高いスペースフレーム骨格に搭載されたのは6.5リッターV12ツインターボエンジンで、最高出力はファントム用とまったく同じ(571ps/5000rpm)ながら、最大トルクは850Nm/1600rpmと50Nm抑えてきた。ファントムのショートボディーより100kg、エクステンデッドホイールベース(ロング)より50kg重くなるにもかかわらず。スペック表だけを見ると不可解だったが、居合わせたエンジニアに真相を聞いて納得した。
それは、ロールス・ロイス初となる4WDシステムの搭載にあわせて、可能な限り低回転域で豊かなトルクを持続的に供給することを最優先した結果なのだという。つまりフルロードで十分なトラクションを得るために、必要かつ十分なビッグトルクをできるだけ長い間供給したかった。ピークトルクを極めたファントム用よりもずっとフラットなトルクカーブを描く。なるほど、そこは本格的な4WDのSUVにとっての生命線というべきであろう。
同じ高額モデルといってもスーパーカーとは違って、そのデザインやメカニズムを詳しく知りたいと思わせないところがまた、いかにもロールス・ロイスらしい。なにせその昔はエンジンスペックさえ「必要にして十分」と記すだけで公にしてこなかったブランドだ。妥協なき成果という自信はつまり、詳細を語らないということと同義であるらしい。
ロールス・ロイスのマナーは健在
エクステリアは、もう誰がどう見てもロールス・ロイスだ。このほかのカタチはなかった、と納得する。相変わらず贅(ぜい)の尽くされたインテリアにおいて、あらためて語っておくべきポイントはひとつ。4座(後席セパレートシート)もしくは5座(後席ベンチシート)を選ぶことができるということ。
家族向けには5座を薦めるが、個人的には4座が気に入った。ガラスのパーティションが備わり、ラゲッジスペースが完全にセパレートされている。SUVのウイークポイントである静粛性にも効くと同時に、ハッチゲート開閉による室温変化も抑えられる。荷室との完全な分離は、SUVにおける“ハイエンド・ラグジュアリーネス”のいち表現になりえると思う。
サウジアラビアの人気コメンテーターであるバクー氏とコンビを組んだ筆者は、「サウジでは白以外のボディーカラーなんてありえないよ」という彼に、「日本も白人気は同じだよ、理由はたぶん違うけれど」と応じつつ、ロールス名物・観音開きの白いドアを開けようとした。オレンジのストライプがとてもしゃれている。ドアハンドルに手を伸ばすと車高が40mm下がった。さぁ、ご主人さま、どうぞお乗りください、という感じだ。アンロックでも同じ機能が働く。ちなみにカリナンのドアは、ファントムと同様にかなり大きく重いので、内側からのクローザーボタンとともに、外側からのクローズ機能(ドアノブのボタンに軽く触れるだけで閉じる)も備わっていた。
レザーで覆われたダッシュボードフェイシアのひさしの下にあるボタンを押してドアを閉める。やや小ぶりなレザーステアリングホイールをいつものように一周慈しむようになでてから、赤いエンジンスターターを押した。いかにもロールス・ロイスらしく、厳かにかつ軽やかにV12エンジンが目覚める。同時に、先ほど下がった車高も回復した。
右足のつま先に力を加えると、じんわりと巨体が走りだす。とはいえ重量を感じたのはゼロ発進のほんの一瞬だけのことで、動き出してしまえば驚くほど軽快だ。絶大なトルクをスムーズに四肢へと伝えているからだろう。シャシーやサスはもとより軽めのボディーも一体となって動く感覚がよく伝わってきた。
もうそれだけで、大きなSUVをドライブするというプレッシャーから解放されるというもの。「アメリカでは普通のサイズ」ということもあったが、大きさをさほど気にすることなく、アッという間に手なずけた気分になれた。
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あきれるほどの万能性
大人4人を乗せてのドライブだったが、なるほどフルロード時のパフォーマンスを考えたというだけあって、豊かなトルクにのって胸のすく加速をみせた。“激速”ではない。遅いと思わせない程度に速く、怖いと思わせないほどに鋭い。そのあんばいが素晴らしい。12気筒エンジンはファントムと同じく、ノーズの先かどこかもっと遠くでヒュルルヒュルルと精密で心地よいサウンドを奏でていた。
滑るように走り始めて何より驚いたのが、やはり静かさだった。SUVはもちろん、世の中のサルーン(除くファントム)と比べても圧倒的に静か。エアコンの音もかなり抑え込まれている。気になったのはパワーウィンドウのモーター音だった、のだから恐れ入る。もちろん、乗り心地は素晴らしい。ワインディングロードでも楽しめた。フラットライドに徹し、上屋が遅れて揺れるようなこともない。とにかく、大きさを感じない。お見事!
ジャクソンホール最古のスキーリゾート、その名も「スノーキング」に到着した。サービスロードを登っていけという。準備は社内で“どこでもボタン”と呼ばれているらしい、センターコンソールのオフロードボタンを押すだけ。がれきや雑草、砂利、ぬかるみの交じった上り道を、カリナンは何ごともなかったかのように登っていく。乗り手の技量はまったく問われない。自信をもって進めばいい。タイトベントも後輪操舵のおかげで難なくクリア。
頂上にたどり着く。しばしジャクソンホールの町並みを見下ろしたのち、来た道を戻る。問題は上りより下りだ。これまた準備はひどく簡単。オフロードボタンの上にあるヒルディセントコントロールボタンを押すだけ。速度を7km/hあたりにセットし、絶景を眺めながら下っていく。ブレーキ制御の無粋な機械音もほとんど聞こえてこない。砂利道(グラベル)も走ったが、2.6tの塊を手のひらで転がしているかのような制御の粋に驚嘆したとともに、顔は始終笑っていた。
最後にひとつだけ加えておくと、後席もまた上々だ。包まれ感があるぶん、ファントムよりくつろげる。開発者にそう伝えると、それは褒め過ぎだろうという顔をされた。
ファントムがフラッグシップモデルであることに変わりはない。けれどもその一方で、カリナンはこの先少なくとも10年間はロールス・ロイスにおける主力モデルになりうる。さぁ、それで困るのは次期型ゴーストだ。世界最高峰のブランドが、ますます面白いことになってきた。
(文=西川 淳/写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
ロールス・ロイス・カリナン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5340×2000×1835mm
ホイールベース:3295mm
車重:2660kg(欧州仕様車)
駆動方式:4WD
エンジン:6.75リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:571ps(420kW)/5000rpm
最大トルク:850Nm(86.7kgm)/1600rpm
タイヤ:(前)255/45R22/(後)285/40R22(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:15.0リッター/100km(約6.7km/リッター、NEDC複合モード)
価格:3894万5000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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