第594回:目指すは欧州最速!?
イタリアで制限速度150km/hへの引き上げが議論中
2019.03.01
マッキナ あらモーダ!
携帯は即免許取り消し! 運転中のタバコもアウト
高速道路の制限速度を130km/hから150km/hに――イタリアでは今、改正道路交通法の内容が大きな話題となっている。
2019年2月、連立政権与党である同盟と5つ星運動は、法案の骨子を代議院(下院)の委員会と公聴会に託した。このイタリア版改正道交法、公布までには数々の修正が行われると予想される。だが、現段階でも日々のドライバー生活に関わってくる内容がたくさん盛り込まれている。
まず、運転中の携帯電話の使用が厳罰化される見込みだ。国家警察交通警備隊のサント・プッチア隊長は下院公聴会で、「1回目の違反で反則金最高680ユーロ(約8万5000円)、2回目で免許停止」という現行法では抑止効果が薄いことを指摘。改正後は、1回目の違反でも即座に免許取り消しにすべきと提案している。
プッチア隊長が主張する“即免許取り消し”が実現するかは不透明だ。しかし、イタリア自動車クラブ(ACI)の2016年10月発表資料によると、イタリアにおける交通事故の4分の3は不注意によるもので、その多くを運転中の携帯電話使用が占める。
したがって従来よりも厳しくなることは確実だろう。なお、同様に「運転中の不注意」を低減させる目的で、運転中の禁煙も導入される可能性が出てきた。
いっぽう、駐車に関していえば、従来は罰則がなかった「妊娠中や乳児を乗せたドライバー専用パーキング」への不法駐車に反則金を科す案が浮上している。
二輪車や自転車も
改正道交法は二輪車の通行にもおよぶ。現在「150cc以上」とされている高速道路を走行可能な排気量が、「125cc以上」へと引き下げられる見込みだ。
さらに自転車の運転に関しても触れていて、運転する場合には視認性の高い衣類を着用することが義務となりそうだ。実際には、蛍光ベストが最も容易な解決法となるだろう。
信号や交差点などの車列で、現在自転車は自動車や自動二輪車の後方で待たなければならないというルールがある。改正法では、自転車の安全を確保するため、前に行って信号待ちができるようにする。交差点の停止線も、それに合わせて二重にする案が掲げられている。
さらに近年普及めざましい「キックスケーター」の扱いについても、何らかのかたちで盛り込まれる見通しだ。
150km/h案は以前にも
このように盛りだくさんの改正案だが、最も議論が沸騰しているものといえば、冒頭で述べた「高速道路(アウトストラーダ)における制限速度の、130km/hから150km/hへの引き上げ」だ。
これは政権与党のひとつである同盟が、強く主張している。制限速度を20km/h向上させることにより、交通をより円滑にして所要時間を短縮させ、ひいては輸送効率も向上させることを目的としている。
振り返れば、150km/hへの引き上げが検討されるのは今回が初めてではない。18年前、ベルルスコーニ政権時代の2001年にも、当時のルナルディ運輸国土整備大臣が提唱した。その案は2010年にも復活。それは本稿第127回にも記したとおりだ。
当時は消費者団体に加え、交通警備隊の関連団体などが反対したことから、構想は頓挫した。だが、実は現行の道路交通法上でも、150km/hを制限速度とすることはすでに可能となっている。その対象路線として「片側3車線通行」「『テューター』と呼ばれる、一定区間の平均速度違反取り締まり機が設置されている」「気象状況が適切である」という条件も明記されている。
ただし実際には、道路管理者であるアウトステラーデ・ペルリタリアは、さまざまな形で法廷闘争が起きることを回避するため、今日まで一度も150km/h制限の路線を設けていない。今回の法改正は、その150km/hの実効性を、より高める内容になるとみられる。これが実現すると、アウトバーンの速度無制限区間などを別にすれば、欧州各国の高速道路で最も高い制限速度ということになり、ポーランド(140km/h)を抜いて最速で走れることになる。
早くも賛否両論
ネット上では、早くも賛否両論が戦わされている。賛成派は「130km/hでも150km/hでも大きな違いはないから、引き上げたほうがいい」「速度取り締まり機の設置が条件なのだから問題はない」といった意見で、反対派は「130km/hで十分速い」「速度無制限区間があるドイツのアウトバーンよりも規格が低いので危険」といった見解だ。
さらに、130km/hから150km/hへは約15%の速度上昇であり、8台のクルマをサンプルにしたデータでは、21.4%も燃費が悪化したという声も見られた。
念のため筆者の周囲で自動車に関わるイタリア人に聞くと、否定的な意見が相次いだ。ある自動車イベントのオーガナイザーは、「イタリアの一般的ドライバーの運転技術は極めて未熟で、130km/hでも速すぎる」と厳しい指摘をする。
また自動車専門誌のフォトグラファーは「150km/hに引き上げても、大きな所要時間の短縮には結びつかない」とし、その理由を2点挙げた。第1は「イタリアのアウトストラーダは、交通量に対して規格が追いついていない」こと、第2は「大型トラックの交通量増加に対応しきれていないこと」ことだという。
4つめの“S”に躍るか?
先に述べたように、制限速度引き上げ案は国民が忘れた頃に再浮上し、議論が繰り返されてきた。それで思い出すのは、20世紀の世界史を話題にするときにたびたび仮説として登場する、いわゆる「3S政策」だ。政治批判が起きないよう、国民の関心を「Screen(映画)」「Sport(スポーツ)」、そして「Sex(風俗産業)」に向けさせるというストラテジーである。イタリアの政権は、それらに続く第4の“S”である「Speed(スピード)」で、人々に幸福感を与えようとしているのでは? との疑念が浮かぶ。
ただし、過去に議論されたときと今とでは状況が違う。例えば2001年はベルルスコーニ政権特有の楽観ムードに覆われていた。いっぽう2019年1月に発表されたデータによると、過去6年間でイタリアにおける16~44歳の新規免許取得者数は、年齢別で12.7%~15.5%減少している(ミシュラン-チェンシス調べ)。車両価格の高さに加え、運転免許の試験が難しいのが主な理由という。そうした「イタリア人のクルマ離れ」の中で、どこまで国民の賛同を得られるかは、もうしばらく情勢を見ないとわからない。
加えて、いちドライバーとしての筆者の考えを記せば、所得格差が拡大しつつあるイタリアでは、最新の高性能車と古いクルマの性能差は、今後もさらに開くことだろう。そうすると、より速度差のあるクルマ同士が同じ道路を走ることになるわけで、危険が増加することになる。
何ごとも両極端
そもそもこの国では、アウトストラーダの制限速度引き上げよりも、一般道の整備が喫緊の課題であると筆者は考える。
道路補修予算が削減されているイタリアで、道路のアスファルトに空いた穴は近年、各地で事故の原因となっている。消費者団体コダコンスが2018年12月に発表した数字によると、ローマでは、すでに23万台もの乗用車や二輪車が、路面に空いた穴で損傷している。調査期間は示されていないが、同団体のもとにはドライバーから毎月約50件の報告があるという。
蛇足ながらこの国で、幹線が優先されるあまり身近なものが放置されやすいのは鉄道も同じだ。
イタリアの高速鉄道「トレノ・アルタヴェロチタ」の営業速度300km/hはヨーロッパ最速である。ボク自身はこれができてから、クルマで長旅をする頻度が一気に減った。
いっぽうローカル線には、1980年代初頭の車両が今も平気で使われている。わが家の隠語で「ツポレフ」または「イリューシン」と呼んでいるローカル線は、夏の真っ盛りに冷房が壊れているようなことがある。
ヨーロッパ最速の傍らで、ローカルのレベルでは泣けてくる。道路にしても鉄道にしても、両極端なのがイタリアなのだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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