第606回:国内発売から1年半あまり
大矢アキオ、「トヨタ・ジャパンタクシー」に乗る
2019.05.31
マッキナ あらモーダ!
乗ってみたかったんだよ
2017年10月にトヨタ自動車が「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」を日本で発表してから、はや1年半が経過した。
以後筆者自身は何度か東京に出張しているが、ついぞ乗車する機会に恵まれなかった。滞在中は極力タクシーを使わないということが背景にある。節約と同時に、筆者の行動範囲は、ほとんどの場合電車や地下鉄、もしくはバスでカバーできるためである。
仮に“試乗”しようとタクシー乗り場で待っていても、ジャパンタクシーが当たる保証がない。
それでも繁華街やオフィス街でジャパンタクシーが細い路地からひょっこり顔を出すたび、いつか乗ってみたいと思っていた。
2019年4月、ようやくチャンスが訪れた。東京・渋谷のNHK放送センターでラジオの深夜番組に出演したあとのことだ。1時過ぎ、都内の宿泊地までタクシーに乗ろうと、センターの玄関で待っていた。
筆者が好きな個人タクシーは、先に待っていた女子が乗って行ってしまった。「ンだよー」とつぶやいてしまった。
ところがである。次に滑り込んできたのは、あのジャパンタクシーであった。思わず「やったぜ」と声をあげてしまった。
ジャパンタクシーの特徴のひとつであるスライドドアが開く。外国人観光客は日本のタクシーが自動ドアであることに感激する。それが日本的な引き戸になっているのだから、彼らとしては感極まるはずだ。
ドライバー氏に話を聞く
筆者が乗ったのは、いわゆる“大日本帝国”系タクシー会社の系列企業の車両であった。ハイヤーに乗ったときのように、ドライバーは最初に自身の名前を名乗り、至って丁寧な物腰である。
さて、ジャパンタクシーである。まずはシートベルトのキャッチ、つまり受け側に照明がともっているのに感激する。これだけでもベルト装着率の向上に貢献するだろう。
インテリアのデザインはシンプルで好感がもてる。助手席側ヘッドレストの後部には、タブレット端末が設置されていた。
トヨタではなく、タクシー会社の関連企業が設置しているものだ。内蔵カメラで乗客の顔を撮影して性別に合致した広告を流す。この装備に関しては、その機能の乗客への通知が不十分だとして、政府の委員会によって2018年11月に行政指導が行われたのが記憶に新しい。
実際に、筆者が乗った車両の画面には、端末の電源を自由にオフにできる旨のメッセージが表示された。筆者もそれにしたがってオフにした。
ドライバー氏は、以前はいわゆる“流し”もやっていたが、常に歩道のお客さんに注意しながら走る必要があるうえ、見落とすと乗車拒否のクレーム対象になる恐れがあることに悩んでいたという。
そこで、たとえお客さんを乗せるまで同業者の列に1時間半以上並ぶことになっても、空港やNHKなどでの“待ち”に特化しているそうだ。ただしそのNHKの場合は、日付の下1桁とナンバープレートの下1桁が一致している車両のみ客待ちが許され、一定の台数以上は並ぶことが許されていないとのことだ。
ドライバー氏は、ジャパンタクシーそのものについてもいろいろと感想を述べてくれた。「シートは以前乗務していた『セドリック』よりも固めです」。ボディーのデザインに関していえば、「四隅がつかみやすいのは、とても助かりますね」と評価する。
いっぽうで1750mmと車高があるうえにホイールベースが短いので、横風を受けやすいという。「レインボーブリッジなどを走るときや、大型トラックが並走しているときは気を使いますね」と証言する。
シートヒーターの意外な効果
ユニバーサルデザインの車両ということで、会社では「バリアフリー研修」と称したレクチャーも受講済みなのだそうだ。
ただし、車いす対応に関していえば、第一線で働く人だから知る意外な現実も話してくれた。専用スロープの専有面積+路上での車いすの取り回しを考えると「最低でも車両本体から3mのスペースが必要」という。
「時間も、スロープ設置から取り外しまで含めると最低15分は必要です」
これを周囲の安全を確認しながら行うわけだ。幸い、ジャパンタクシーは2019年3月に車いすの乗降性改善を中心とした一部改良を受けた。社会の高齢化を考えるとき、車いすの乗客増加と同時に、タクシードライバーの平均年齢上昇も含める必要がある。引き続き、ドライバーの負担を軽減する改良を期待したい。
後部のサイドウィンドウ、つまり客席の窓についても教えてくれた。「右側(対向車線側)は開かないんです」。いっぽう左側(歩道側)のガラスを試しに下ろしてみると、顔を出せる程度まで開く。たとえ高度な空調が装備されていても、見送る人に窓を下げてあいさつする日本式礼儀をデザイナーが無視できなかったに違いない。
そういえば、車内にはまだ新車の香りが残っている。しかし、聞けばすでに14万km以上走行しているという。さらに「タクシーは60万kmまで使うこともまれではありません」と教えてくれた。
そう聞いた筆者はすかさず、イタリアで走行13万kmを超えた自身のクルマも「まだまだいけるぜ」と妙な自信を抱いた。
ただしそれにくぎを刺すかのようにドライバー氏は「タクシーは常に走り続けているから調子がいいんです。このクルマは朝6時から次のドライバーが乗務します。動かし続けたほうがいいのは、他のどんな機械とも同じですね」と話す。1カ月以上エンジンをかけないこともある筆者のクルマは、なんと不健康なことよ。
気がつけばジャパンタクシーにはシートヒーターも装備されていた。ドライバー氏いわく「お酒に酔ったお客さまは、ヒーターをオンにすると一発で寝てしまう」のだそうだ。そして到着間際に例の左側パワーウィンドウを運転席で操作して冷風を入れると、即座に目を覚ましてくれるらしい。聞けば、ドライバーは事後のあらゆるトラブルを回避するため、男女を問わずお客の体には一切触れないのが規則という。そうした中で、この“ヒーター&ウィンドウ法”は、酔客にかなり効き目があるようだ。
スライドドアに感心
ところで筆者が住むイタリア・シエナで働くタクシードライバーの目に、ジャパンタクシーはどう映るのだろう。もちろん実車はないので、トヨタ自動車のウェブカタログをタブレット端末で見てもらった。
なお、イタリアのタクシーは、営業権を所持する人物からクルマを借りる形で運転しているドライバーも一部にいるが、基本的に個人所有である。ゆえに車種選択は慎重だ。
以下、話にとりとめがないが、着眼点とその順番をリアルに再現するため、彼らが指摘したとおりに記す。
まずは、アントニオ・リックッチさんである。これまでフォードやプジョー、そして「フィアット・スクード」などを乗り継いできた。現在は走行10万kmの「フィアット500L」で営業する。「フィアットの美点? サスペンション系部品を適切に替えるのをはじめ、整備をきちんとしていれば、ひたすら元気に回り続けるエンジンだ」と話す。
筆者もある程度予想していたことだが、ジャパンタクシーを見た第一声は「ロンドンタクシーみたいだな」であった。ただし、悪くないデザインという。「500Lもそうだけど、ルーフ・座面ともに高く、お年寄りは乗り降りがしやすそうだ」
ただしあまりに車高が高いので、空力的にどうかという疑問は残るという。「空力すなわち燃費」というのがその理由だ。ジャパンタクシーのボクシーでトールボーイ的なスタイルが、そうした印象を与えるのだろう。
次にアントニオさんが注目したのはシートだ。「掃除しやすそうな素材だな」。プロらしい意見だ。
もちろんスライドドアにも言及した。「お年寄りがドアを開けるとき、いつも怖いんだよね。これなら安心だ」。自動ドアでなく、お客自身が扉を開けるこちらのタクシーならではの視点だ。
最後にアントニオさんが指摘したのは、「石畳に耐えられるかどうか」だった。たしかにイタリアの石畳は手ごわい。状況によってはABSの作動にも影響し、かつその振動は内装の建て付けを悪化させる。参考までに前述した筆者のクルマも、経年変化でミシミシの合唱が激しくなってきた。石畳とどれだけ戦えるかは重要なのである。
先代「シトロエンC4ピカソ」で仕事をしているサルヴァトーレさんにも聞いてみた。彼はアントニオさんと対照的に、開口一番「デザインが古くさい!」とのたもうた。次に、同僚たちが乗っているトヨタのハイブリッド車に同様のバッジが付いていることを知っているのだろう、目ざとく「HYBRID SYNERGY DRIVE」のバッジを発見した。そして「ハイブリッドか……」とつぶやく。LPG燃料のエンジンとハイブリッド機構の組み合わせであることを説明すると、サルヴァトーレさんは「なぜフルEVがないのだ?」と筆者に問いただした。将来、環境規制によってクルマはフルEVに帰結することが規定路線なのだから、できればそれに準拠してほしい、というのが彼の希望だ。
「もうひとつ、ピカソと同様7人乗り仕様も欲しいな」。大家族を乗せることが多い観光地で、多人数乗りはたとえ荷室容量が制限されても大きなメリットになるという。
一般人の意見も聞いてみよう、ということで、土産物店を経営しているアウディオーナー、ドゥッチョ君に見てもらうことにした。ジュネーブ近郊出身のスイス人の妻セリーヌさんは、夫より先にジャパンタクシーのフロントグリルを「クライスラーのミニバンみたい」と指摘した。筆者の知る限りクライスラーに、明らかに相似しているといえるようなグリルはないが、アメリカ風というのは、日本人には欠落している視点である。
いっぽうドゥッチョ君は、これまた日本に住む人々が見落としやすい、あるものに注目した。それは「フェンダーミラー」だ。筆者が運転時の視線移動の少なさなどメリットを説明しても、彼はやはり「スタイリッシュではなく、到底受け入れられない」という。
「タク上げ」を狙え!
インタビューの結論としては、ジャパンタクシーの機能は高く評価できるものの、デザインは今ひとつで、オリジナリティーに欠けるというものだった。残念ながらイタリアにおける従来の日本車観を覆すものにはならなかった。
デザインに関して筆者の感想を述べれば、“ステータス感向上”という、個人オーナー向け車両には必須の古典的呪縛から解放されるはずのタクシー車両のデザインに、なぜあのような重厚なフロントグリルを付けてしまったのかが理解できない。
タクシーといえば、筆者がイタリアで2000年代初頭に中古で購入したフィアット製小型車「ブラーヴァ」を思い出した。当時ブラーヴァは当地でタクシーに多用されていた。そのうえボディーカラーがタクシーの指定色であるホワイトであったため、筆者が街を走っているとよく間違われ、街を行くお年寄りから手を上げられたものだ。最初は当惑したが、やがて面白くなっていった。
筆者の長年の夢は「トヨタ・センチュリー」をイタリアで乗ることであった。しかし、それがかないそうもない今日、ジャパンタクシーを乗り回してウケたい。
イタリア半島の目と鼻の先にある地中海の小国マルタは左側通行であるため、日本の中古タクシーがたくさんやってくる。ジャパンタクシーが「タク上げ(第2次大戦後の日本で、タクシー上がりの中古車はこう呼ばれた)」でマルタにやってくるころ、物色に行きたいものである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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