第626回:シート地が表すお国柄の違い!
クルマよりも面白い(?)列車のインテリア
2019.10.18
マッキナ あらモーダ!
車内の写真、撮りだめてみました
ここ数年、東京では必ず座って乗車できる「有料座席指定列車」がトレンドで、それに合わせて新型車両が次々と導入されている。
同時に、西武鉄道の新しい通勤観光列車で妹島和世がデザインを監修した「Laview(ラビュー)」のように、スタイリッシュな車両が誕生している。
ラビューに関して言えば、個人的にはGKインダストリアルデザイン研究所が手がけた「成田エクスプレス」以来の、世界に胸を張れる鉄道車両デザインだと信じている。
今回の本エッセイはいつもと趣向を変えて、鉄道がテーマである。
筆者が過去数年、各国で撮りだめてきた鉄道の室内写真をご覧いただき、それがどこの国のものか、当てていただこう。
まずは、【写真3】から【写真6】である。
すべるドイツ
では早速答えを。
前ページの【写真3】はフランス・パリの地下鉄1号線【写真7】の内部である。開通を1900年にまでさかのぼる西ヨーロッパ最古の地下鉄でありながら、現在はアルストム製「MP05型」車両による完全自動運転が行われている。写真のシーンも完全自動運転だ。
ちなみにMPとは「métro pneu(ゴムタイヤ式地下鉄)」の意味で、タイヤには伝統的にミシュラン製が用いられているのは、フランス車ファンならご存じのとおりだ。
内装は数種あるが、これは最も華やかなものである。カラフルでありながら下品になっていないのが秀逸である。
【写真4】はイタリア・フィレンツェの市電【写真8】だ。製造したアンサルド・ブレラは2015年に日立製作所によって買収され、日立レール・イタリアとなった。魔法のロープのような車内ポールは見た目のインパクトだけでなく、より多くの乗客があらゆる角度からつかみやすいようになっている。
【写真5】は、ドイツ・ベルリンのもの。Sバーンこと都市高速鉄道網のS5号線である【写真9】。前述のパリ地下鉄1号線やフィレンツェ市電のように、床面近くの見通しの良さや清掃のしやすさに優れたカンチレバー式のシートは採用していないが、逆に質実剛健な雰囲気にあふれている。残念なのはポップな柄のシート地にしようとしていることが、かえって“すべって”いるように感じられてしまうことだ。これは、メルセデス・ベンツの一部路線バスにみられるのと同じだ。
【写真6】は上海地下鉄2号線である。虹橋と浦東という2つの空港を結ぶ、東京で言うところの「京急-京成エアポート快特」のような電車だ。
上海の地下鉄は、ミラノなどでもみられるように座面がプラスチックである。もちろん、座ったときは布地シートよりもやや冷たい。しかし、衛生面や補修・清掃のコストを考えた場合、日本でも検討すべきだと筆者は常々信じている。
それでは、次の【写真10】から【写真13】も、どの国の鉄道か推理していただこう。
めくりたい衝動
再び答えを。
【写真10】は英国ロンドン・パディントン駅とヒースロー空港を結ぶ「ヒースロー・コネクト」の車内である。「ヒースロー・エクスプレス」と違ってパディントン-空港間に途中停車駅があるためやや遅いが、その代わりに格安だ。
シートはヘッドレストの左右を最小限にすることで、車内全体の圧迫感を軽減している。テキスタイルも流行に左右されないデザインといえる。
【写真11】は、イタリア版新幹線「イタロ」【写真14】のビジネスクラスだ。内装はジウジアーロ・デザインによるもので、全クラスがポルトローナ・フラウの革シートである。
惜しいのは、まるで“あやとり”のようなシートポケットで、雑誌以外ほとんどのものが間をすり抜けて落下してしまうところだ。
【写真12】は、上海リニアモーターカー【写真15】の2等車である。地元では「磁浮(ツーフー)」と呼ばれている。2004年の運行開始以来、2019年で15年が経過したが、いまだにシートカバーがかぶせられている。新車を買ったその日にシートカバーを掛け、下取りに出す日まで外さなかった亡父をどこか思い出す。
その下にはどのようなオリジナルのシート地があるのか、乗るたびにめくってみたい衝動に駆られる。だが、乗車時間がたった8分ほどなので、実行に移す暇がない。それより、この国における不審な行動は、ちょっと面倒なことになりそうだ。
【写真13】は、ベルリン地下鉄U6号線【写真16】の車内である。前述のSバーンに続いて、ドイツがやってくれた。筆者としては過去最高に「ファンキーなシート柄」に感じる。凝視していると文字か数字が見えてくるのではないかと試すうちに、降車駅に到着してしまった。
ボロは着てても……
ところで筆者が住むイタリアのシエナと隣町フィレンツェを結ぶ非電化ローカル線には、「ミヌエット」という愛称のアルストム製車両【写真17】が2000年代に導入されている。
室内についても、クロスシートありちょっぴりラウンジ風シートありとしゃれている。
しかし、以後は車両の更新がない。そればかりか、深夜の時間帯になると、乗客が少ないことから【写真19】の古い車両が、たった1両でやってくる。
「ALn668型」というこの気動車は、今はなきフィアットの鉄道車両部門(フィアット・フェロヴィアーリア)製である。種々のバリエーションが存在するが、その基本設計は1950年代までさかのぼる。
夏にこの車両に当たったときには、かなり劣化した車内に加え、冷房故障で窓が全開。ディーゼルの排気がもろに入ってきて、まいったものだった。
そのため、2019年9月に、再びALn668がホームにたたずんでいたときも身構えた。
ところがどうだ。決死の思いで乗り込んでみると、なんと室内は改造され、ミヌエット風シートが備わっているではないか。冷房も今や過剰なほど効いて、終点に至るころには、自分が「ニチレイのサラダえび」になるのではないかと思った。
揺られながら思わず「ボロは着てても、心は……♪」という演歌を口ずさんでしまう。いや、古い建屋の中にモダンなファーニチャーとは、まさにイタリアの中世都市における住まいのようである。
クルマよりも感じるナショナリティー
かつて自動車の内装には、外装以上に、設計した国の思想がふんだんに反映されていたものだった。
しかし近年では、衝突安全性やグローバル市場への対応といったさまざまな制約のもと、なかなかオリジナリティーを演出することができない。電動化と自動運転化が進行すれば、かけられる開発・製造コストはより偏ることになり、内装デザインはさらにおろそかになってゆくように思う。
電車にも、ハンディキャップのあるパッセンジャーへの考慮、不特定多数の人々が容赦なく使用することに対応するための耐久性といった真面目な課題はある。だが、自動車とは別次元の自由度があり、そこには今や自動車以上にナショナリティーが発見できるのだ。
そう鉄道の話をしたためている途中で、日本のニュースが入ってきた。
2019年10月12日から13日にかけて日本列島を襲った台風19号の影響で、JR東日本の長野新幹線車両センターが浸水、北陸新幹線120両が水につかったと報じられた。『NHKオンライン』が専門家の話として伝えるところによると、「最悪、廃車になるかもしれない」という。
新幹線は国際的に採用国が多い標準軌仕様である。専門外の立場にある筆者の提案をお許しいただければ、今回ダメージを受けたボディーの部分だけでも洗浄・再生し、車両が必要な国に輸出できればと考える。死にかけた北陸新幹線が、たとえ在来線になってもどこかの国で走り続けてくれれば、乗り物好きとしてはうれしい。旧型の営団地下鉄丸の内線の車両が、ブエノスアイレスで生き延びているように。
(文と写真と動画=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
【深夜のシエナ駅で回送となる「ALn668」】
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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