第629回:ブランド価値は育て方ひとつ!
フォルクスワーゲンの“ランボルギーニ売却”報道から考える
2019.11.07
マッキナ あらモーダ!
売りどきは今だ?
フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)とグループPSAは2019年10月31日、経営統合に向けて討議を続けることで合意した。これについては、別のコラムで筆者が記したとおりである。
実は同じ月、もうひとつ業界再編の話題が浮上していた。「フォルクスワーゲン(VW)グループが、アウトモービリ・ランボルギーニを売却もしくはスピンオフ(分離独立)か?」というものである。米『ブルームバーグ』が2019年10月11日、関係者の話として伝えた。
報道によると、VWグループのヘルベルト・ディースCEOは、グループ全体の企業価値を向上させるべく、VWとアウディ、ポルシェの3ブランドに将来の事業拡張を集中させることを検討中であるという。
実際にVWグループは2019年6月、トラック部門トレイトンのIPO(新規株式公開)実施計画を発表。9月にはドイツ証券取引所に上場し、同部門の独立性をより強めることに成功している。
ランボルギーニの市場におけるライバルであるフェラーリは、2015年10月にニューヨークおよびミラノ証券取引所に上場することでFCAからのスピンオフを実施した。これによりFCAは潤沢な資金を獲得している。
「ランボルギーニ売却/スピンオフ」説は2日後の2019年10月13日、VWのスポークスパーソンの声明によって否定された。
しかし読者諸兄もご存じのとおり、自動車業界は自動運転や電動化に備えて巨額の投資を迫られている。
「ウルス」の好調と、近い将来発売されるハイブリッドモデルへの期待で、ランボルギーニの市場価値は急上昇している。分離には極めて適切なタイミングだ。
VWグループが引き続き水面下で、ランボルギーニの売却・分離を模索するであろうことは想像に難くない。
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絶妙だったアウディのディレクション
過去にアウトモービリ・ランボルギーニは、さまざまなオーナーのもとを転々としてきた。
創業者フェルッチョ・ランボルギーニ(1916-1993)は、トラクター事業におけるボリビア政府の大量契約破棄事件やイタリア国内での労働争議の高まりを受け、創業9年目の1972年からスポーツカー製造事業を段階的に手放すことになる。
スイス人実業家ジョルジュ・ロゼッティとレネ・ライマーの手に渡ったランボルギーニブランドだが、石油危機のあおりを受けて業績は低迷。最終的には破産状態となり、イタリアの公的機関の管理下に入ってしまった。
その後、砂糖王ミムラン兄弟の手を経て1987年には米クライスラーのもとへ、さらに1994年にはインドネシア系企業の傘下に入るなど、めまぐるしいオーナー遍歴をたどる。
VWグループに買収され、組織図内でアウディ傘下に組み入れられたのは1999年のことだった。
アウディによるランボルギーニのディレクションは絶妙だった。2001年の「ムルシエラゴ」はエンジンこそ先代にあたる「ディアブロ」のユニットを継承していた。だがVW出身のリュック・ドンカーヴォルケによるスタイルは、新鮮さをもたらすと同時に、ブランドの伝統的なデザイン記号を極めて正当に解釈していた。機構面では全車4WD化することでライバルのフェラーリとの差異性を強調した。2003年の「ガヤルド」ではV12ではなくV10エンジンを採用するとともに、日常使用に適したランボルギーニとして提案。ブランドとしては当時、過去最大のヒット作となった。
そして2017年には、これまたライバルのフェラーリにはないSUVとして、VWグループの「MLB EVO」プラットフォームを活用したウルスを発表した。
また、相次ぐリミテッドエディションのリリースといった、マーケティング面でのストラテジーも話題作りに寄与した。
なにより、アウディ傘下でランボルギーニは品質や信頼性が向上し、より多くのユーザーに受容されやすい商品となった。
ランボルギーニがアウディによって復活したのは紛れもない事実であり、仮に同社の救済がなければ、イソやデ・トマゾのように過去の少量生産ブランドとして自動車史の書籍に紹介されていたことだろう。
ちなみにイタリアの自動車愛好家たちの間で話題となるのは、「もしランボルギーニと同様、アルファ・ロメオやランチアがVW傘下に入っていたら、車種系列もエンジンのタイプも、今よりも豊富だったに違いない」という仮説である。
かくもランボルギーニは、親会社のディレクションが奏功した最良かつ最新の実例なのである。
もちろん残念な例も
自動車メーカーは新しいオーナーによって明暗を分ける。
ランボルギーニと並ぶもうひとつの成功例はボルボだ。同社は1999年からフォードのプレミア・オートモーティブ・グループに組み入れられていた。だが11年後の2010年、フォードの経営不振をきっかけに、中国の浙江吉利控股集団(ジーリー)に売却された。
当時の筆者は、1986年に冷蔵庫部品メーカーとして発足し、当時まだ24年の歴史しかなかったジーリーが、1927年設立のボルボを率いてゆくことに大いに疑問を抱いたものだ。
しかし、ボルボの資料を参照すると、生産台数はフォード時代末期の2008年が37万4000台であったのに対し、2018年には64万2000台と、1.7倍以上に成長している。
ボルボと明暗を分けたのは同じスウェーデンのサーブであった。1989年から同社を所有していたゼネラルモーターズが2010年に手放すと、オランダのスパイカーが取得。ところが、そのスパイカーと、のちに出資した中国の青年汽車(ヤングマン)による再建計画はいずれも頓挫する。
ようやく2012年、電気自動車(EV)開発を目指す中国系コンソーシアム「NEVS」のものとなって現在に至る。同社のウェブサイトには、1947年から始まるサーブの歴史が紹介されているが、具体的なプロダクトとしての成果はいまだ示されていない。
次に残念な例として自動車以外のテリトリーに目を向けてみたとき、最もふさわしいのはオリベッティであろう。
オリベッティは、1908年にイタリア北部イヴレアでタイプライターの製造を開始した。1960年代から70年代にかけてマリオ・ベリーニやエットーレ・ソットサスJr.など気鋭のデザイナーの手による斬新なオフィス機器を矢継ぎ早に送り出し、世界のデザイン界に衝撃を巻き起こした。その一部は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久所蔵品となっている。
しかし、1980年代半ばに事務機器のコンピューター化が始まると、アメリカや日本企業が鎬(しのぎ)を削るのを横目に、オリベッティは市場から脱落し始める。
2003年には旧イタリア電信電話公社系のテレコム・イタリアの傘下に入る。以後オリベッティは、企業向けを主体としたオフィス&ビジネスソリューション企業へと変貌した。現在の従業員数は402人である。
今日のイタリア生活においてオリベッティ製品を見かけることはまれで、郵便局の窓口くらいである。ちなみに同社には、イタリア郵便会社向けに特化したプロダクト開発部門が存在する。
いわゆるB to B中心のビジネスに転換したのは、企業を存続させる手段としては正解であったろう。しかしながら、世界のデザイン史に残る偉大なヒストリーを考えたとき、広く家電量販店で扱われるコンシューマー向け製品が事実上消滅してしまったのは、あまりに惜しい。
“純粋日本ブランド”で買ったつもりが
そういう筆者は先日、企業売却および買収に関して考えさせられる、もうひとつの実例に直面した。
2019年10月初め、わが街のディスカウントスーパーで、液晶テレビを見つけた。
シャープ製「アクオス」の32型だ。『YouTube』や『Netflix』の視聴にも対応した、いわゆるスマートテレビである。価格は税込みで169ユーロ(約2万円)とある。
4年前に購入した同じ32型のテレフンケン製テレビは、スマートテレビではなく、BSチューナーさえ内蔵されていなかったにもかかわらず199ユーロ(当時の換算レートで約2万7000円)した。家電の性能向上と価格低減はいまだ進行している。
2019年9月にベルリンで取材したエレクトロニクスショー「IFA」のプレスカンファレンスによれば、34型以下というのは、世界のテレビ市場において、わずか15%のシェアにとどまるそうだ。
しかし小さなわが家には十分である。それにスピーカーがハーマン/カードンということに惹かれ、購入することにした。
もうひとつ、購入の決め手となったのは、ポーランド工場製ではあるものの“シャープ”であることだ。過去にシャープ製空気清浄機を購入したときの経験から、取扱説明書の解説が、欧州ブランドのものよりもわかりやすいと考えたのである。
家に持ち帰って箱を開けて驚いた。説明書といえるのはもはやクイックスタートガイドのみ。詳細はリモコンを操作して画面上で見るようになっている。
クイックスタートガイドでさえ24カ国語で、全98ページにも及ぶのだから、機能のすべてを紙で解説していたら、膨大なページ数になってしまうためだろう。
いっぽう、実際に使用してみて困ったのは、『YouTube』の一部コンテンツを再生するとフリーズ状態になることだ。察するに、ライブストリーミングと広告とが重なったときに発生するようだ。
インターネットで調べると、他社製の、より高性能なスマートテレビでも同様の現象が多発していることが判明した。あるテレビメーカーの説明によると、『YouTube』側の頻繁な仕様変更に、テレビ側のアップデートが追いつかないことが原因だという。
テレビ本体のアップデートプログラムは「最新」と表示されている。早速、オフィシャルサイトに表示されている問い合わせ用メールアドレスとオフィシャルSNSのメッセージ欄との双方に、「解決方法を求む」旨を書き込んで送信した。ところが、数日経過しても、まったく返答が得られない。
やがて調べてみると、シャープの欧州におけるテレビ事業は、複雑な経緯をたどっていることが判明した。
同社は2007年にポーランドの液晶テレビ工場を同国の首相臨席のもと開設した。ところが2014年になると、業績不振からスロバキア企業のUMCに工場を売却するとともに、「SHARP」の商標の供与も決定した。
話は続く。そのシャープを2016年に買収した台湾の鴻海グループは、UMCの持ち株会社が保有していた株式の過半数を取得。欧州テレビ事業に再参入した。
つまり、筆者が購入したシャープのテレビは「台湾企業が株式の半分以上を保有するスロバキア企業のポーランド工場でつくられたプロダクト」ということになるわけだ。
事実、公式ウェブサイトや問い合わせ窓口の名称にこそ「SHARP」の文字が含まれているが、書類に記されているのは「UMC Poland」だ。
国全体のイメージにも
本稿執筆時点で購入から約1カ月。いまだUMCポーランドからの返答はない。
2000年代初め、同じくイタリアで購入した日立製液晶テレビのときは、ダメもとで日本の窓口に不明点を問い合わせると、サービス担当地域外にもかかわらず丁寧に教えてくれたものだった。
いっぽう今日のシャープの欧州テレビ事業は、もはや純粋な日本企業ではないと知りつつも、心情的にはつい日本的なクオリティーやサービスを期待してしまう。
筆者は前述のようにその経緯を理解したからいい。だが欧州の大半のユーザーは、今日でもシャープ=日本ブランドと信じている。彼らに「日本ブランドのサービスとはそういうものか」と考えられてしまうかと思うと、なんとも複雑な心境になる。
世界経済の停滞予測とさらなる技術投資のため、自動車ビジネスにおいても成熟市場を中心に、市場の選択と集中がこれから進行するのは必至だ。日産のダットサンブランド廃止は、その一例だろう。
ただし方法次第では、一企業だけでなく、一国のプロダクト全体のイメージにも関わる場合があることを肝に銘じておかないといけない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、写真=ランボルギーニ、ボルボ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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