第635回:好スタートの後に直面する“次なる課題” VWグループの新ブランド、クプラの現在地
2019.12.20 マッキナ あらモーダ!スポーツ仕様がブランドに昇格
フランクフルト・アム・マイン空港。ここのターミナルではさまざまな自動車メーカーやレンタカー会社による実車展示が行われており、利用客の注目を集めている。
そうした展示車のなかで、筆者はとあるブランドのクルマに注目した。2019年11月末のことである。
ブランド名は「Cupra(クプラ)」。フォルクスワーゲン(VW)グループのスペイン法人、セアトによる新たなパフォーマンスブランドだ。今回は、このクプラについて記そう。
セアトについては、本連載の第581回で紹介しているので、併せてご覧いただきたい。
セアトは従来、クプラの名をラインナップ各車におけるスポーツ仕様に用いてきた。ホンダにおける「タイプS」のような位置づけであった。
ところが2018年に戦略を転換。同年1月31日にひとつのブランドに昇格させることを発表すると、3月のジュネーブモーターショーでは、独自のバッジを与えた最高出力500kWの電動コンペティションカーコンセプト「eレーサー」と、セアトのコンパクトSUV「アテカ」をベースにした「クプラ・アテカ」を公開した。
クプラ・アテカは、最高出力300PSの2リッター直4ターボエンジンに7段のデュアルクラッチ式AT(DSG)を組み合わせたパワートレインを採用するモデルのみの、モノグレード展開である。価格はイタリアの場合、4万4665ユーロ(約545万円)からだ。参考までに最高出力こそ違うが、190PSの2リッター直4ターボエンジンと7段DSGを積んだ「セアト・アテカ」が3万4556ユーロ(約423万円)であることからすると、かなりハイグレードと思える価格設定である(2019年12月現在)。
現行クプラの車種系列はアテカのほか、「セアト・レオン」の姉妹車であるコンパクトカー「クプラ・レオン」と、そのワゴン版「クプラ・レオン スポーツツアラー」の全3車種である。参考までに、3モデルともVWグループのモジュラープラットフォーム「MQB」を採用している。
クプラ・アテカのフロントグリルおよびリアゲートのバッジには、クプラブランド独自のものが与えられている。対して、クプラ・レオンおよび同スポーツツアラーには、従来のセアトバッジをマット系ゴールドにアレンジしたものが用いられている。
試してみよう!
クプラにとっては前述した2018年のジュネーブショーが、事実上のクルマの初披露の場となった。筆者は2015年からセアトでCEOを務めるルカ・デメオ氏に、クプラブランドの勝算を聞いた。ちなみにデメオ氏には、彼がフィアットに在職していた約20年前からたびたびコメントをもらっている。クプラについて彼は、フィアット時代に再ローンチを手がけたアバルトブランドを例に挙げながら、イタリア語で「vediamo!(試してみよう!)」と答えたものだ。
以後クプラはどのような推移をたどったのか。『オートモーティブニュース』発行の『トーク・フロム・ザ・トップ2019電子版』に掲載されたデメオ氏自身の解説によると、クプラは2018年に1万4300台を販売。2019年の販売台数は1~10月で2万0600台に達しているという。
すでに、ブランドをコントロールするクプラS.A.E(クプラ単独株式会社)という法人が設立されている。公式ウェブサイトでは2019年12月現在、29の国と地域を選択できるようになっている。一部はディーラーの連絡先のみの掲載だが、西欧と東欧、北欧諸国のほか、地中海のキプロス、カリブ海の仏領マルティニークとドミニカ共和国、メキシコ、オセアニアでは、ニュージーランドやシンガポール、そしてインド洋のモーリシャスといった国の販売店名が掲載されている。
欧州各国では目下、原則として既存のセアト販売店で扱う形が中心だが、メキシコでは2019年11月、世界初のフラッグシップストアであるクプラガレージがオープンした。
プロモーションにあたっては、セアトの名称が露出することを極力控えているのがわかる。例えば公式ウェブサイトでも、主要なページには「SEAT」の文字が見当たらない。ようやく発見できたのは「個人情報保護」に関する定式のページであった。
同時に、さまざまな形でブランド認知度を高める活動も行われている。ひとつはFCバルセロナだ。日本の楽天がメインパートナーを務めていることでも知られるこのサッカーチームのオフィシャル自動車パートナーを、クプラが務めている。
また、従来セアトブランドで戦っていたワールドツーリングカーカップ(TCR)には、2018年からクプラに名前を変えて参戦を続けている。
意外な展開に直面か
デメオ氏がかつて手がけたアバルトと同様、クプラ車も既存のクルマをベースとして仕立てたものなので、成功すれば収益性が高い。
ただし、クプラの将来に関して、筆者としては気になることもある。
ヨーロッパの新興ブランドといえば、グループPSAのDSがある。だが、2019年の1~10月の時点での欧州販売は4万0430台であり、前年同期比も3.4%増にとどまる(データはACEA調べ)。それ以上に主要市場のひとつと位置づけた中国での極度の販売不振により、長安汽車との合弁工場の売却が模索されている最中である。
引き続きヨーロッパにフォーカスして考えてみよう。レクサスは、米国での高い知名度とは裏腹に、西欧でその名を知るのは自動車ファンのみに限られている。インフィニティに至っては、クルマ好きの間でもそれほど認知されないまま、2020年に西欧から撤退することが決定した。
このように欧州は、地球上でもかなり保守的なリージョンである。また、自動車に対する一般消費者の関心が低下している中、クプラブランドがどこまで浸透するかは未知数だ。
また、本連載の第629回で記したように、目下VWグループでは傘下ブランドの再編成を検討中とみられる。クプラは、アウディやポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーといったものと同列ではなく、あくまでもセアトに属する独立ブランドの扱いだ。だが、少しでも経営体制をスリムにしようとする流れに逆行する動きといえまいか。
加えて、2019年9月にドイツの『オートモビルヴォッヒェ』が関係者の話として伝えたところによると、VWグループは従来若者向けだったセアトブランドを、いうなればアルファ・ロメオ級までグレードアップすることを計画しているという。もし現実となると、クプラとセアトのブランドヒエラルキーが急接近してしまうことになる。
さらに12月上旬、新たなニュースが飛び込んできた。『オートモーティブニュース』が伝えたもので、「ルノーがルカ・デメオ氏をCEOとしてスカウトするかもしれない」というものだ。セアトの業績を成長させた手腕が評価されたものとみられる。実際、2019年の販売は前年比で2桁成長を達成し、過去最高を記録する見通しだ。
デメオ氏の移籍話が実現すると、クプラ立ち上げのあるじが不在となる。VWグループで、新ブランドがどのような立ち位置となるのか、今から興味のあるところだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、セアト/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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