第643回:そして生き残ったのは商用車!? 日産の欧州市場戦略を振り返る
2020.02.21 マッキナ あらモーダ!日本たたきの中で
今回は、かつて欧州進出を果敢に行っていた時代に誕生した日産自動車のある海外拠点が、今も立派に生き延びているというお話を。
英国のEU離脱を前に、自動車メーカーが明らかにした見解や方針は、2020年2月14日付『デイリーコラム』に筆者が記したとおりである。
そこにも書いたが日産は2019年2月、SUV「エクストレイル」の次期モデルの生産拠点を英国以外とする方針を表明。続いて3月には、インフィニティの英国での生産終了も明らかにした。後者はブランド自体の欧州市場撤退との関連性が強いが、英国のEU離脱をひとつの区切りにしたと見ていい。
今後、日産における英国工場の重要性は、英国のEU離脱前よりも低下してゆくであろうことは明らかである。
英国工場設立の背景には、1970年代末、米国に続いてヨーロッパでも浮上した自動車貿易摩擦と各国の輸入規制がある。まさに「日本たたき」の状態だった。
欧州市場に突破口をつくるべく、日産は1981年1月に英国工場の建設を発表。84年4月には「英国日産製造」を設立し、86年7月には「ブルーバード(日本名:オースター)」の生産を開始した。
これが英国における日産車製造の始まりだった。
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相次ぐ欧州戦略とその結末
そうした中、1980年にはイタリア産業復興公社傘下のアルファ・ロメオと合弁契約を調印。1983年5月には「パルサー」をベースにした「アルファ・ロメオ・アルナ」をラインオフしている。
いっぽうで、ドイツのフォルクスワーゲンとは1981年に調印式を行い、貿易不均衡を解消すべく1984年に座間工場で「フォルクスワーゲン・サンタナ」の生産を開始した。
欧州進出計画を積極的に推進したのは、当時社長を務めていた石原 俊氏である。1983年に発刊された『21世紀への道―日産自動車50年史』に、石原氏は「世界的な視野にたって、国内および海外の生産・販売体制を整え、(中略)新たな発展を図っていくことこそ当社の進むべき途であります」とつづっている。
ただし、アルナもサンタナも、成功には結びつかなかった。前者はパルサーをベースにしたデザインが伝統的なアルファ・ロメオ愛好者を満足させることができず、4年後には生産終了してしまった。
後者は、今日以上に憧れの対象だった外国ブランド車が日本で生産されるということで当初は話題になったが、ATの誤作動問題をきっかけに人気が低下。後継プロジェクトなきまま、6年後の1990年にそのストーリーを閉じた。
参考までに、このアルナについては、元日産の副社長・森山 寛氏が著書『もっと楽しくーこれまでの日産 これからの日産』の中で、「当時社長だった石原さんが海外展開をあせり」と回想するとともに、「計画者が計画時点でウソをついていた」という言葉とともに、当時の企業体質を指摘している。
話がややそれたが、石原体制下で進められたヨーロッパ戦略は、かくも次々と失敗に終わった。そうした中、英国工場は今日まで存続したものの、近い将来それも大幅に縮小されることになる。
残るはスペイン・バルセロナを本拠とする日産モトール・イベリカだ。
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好条件が重なったスペイン
日産モトール・イベリカを、1985年に発行された『日産自動車社史 1974-1983』で確認してみる。
その前身であるモトール・イベリカは、その歴史を遠く1920年にまでさかのぼる農機メーカーだ。その後、カナダのマッセイ・ファーガソン社の傘下に入り、スペインの農機・トラック分野におけるトップ企業に成長する。
しかし、マッセイ・ファーガソンが海外事業売却を決定。日産に株式譲渡を打診する。それは1979年7月の出来事であり、日産にとっては受動的なものでこそあれ、一連の欧州戦略の中でも極めて初期に開始されたことになる。
先に触れた『21世紀への道―日産自動車50年史』によれば、当時スペインはヨーロッパ第5位の自動車市場であったものの、日本からの完成車輸入を認めていなかった。さらに既存の国内メーカー育成を図るため、1976年以降は外資の単独進出を認めない方針も打ち出していた。
加えて、スペインは1986年に(EUの前身である)ECへの加盟を予定していたため、同国を足がかりに域内自由市場でクルマを流通できるのも魅力的であった。
結果として翌1980年1月、日産はモトール・イベリカに36%資本参加する。
当時のスペインはヨーロッパで英国に次ぐ四輪駆動車市場であったことから最初の生産車種は「パトロール(日本名:サファリ)」が選ばれ、1983年に1号車がラインオフした。
次いでライトバンの市場性の高さを見いだし、1985年からは「バネット」の生産も開始される。
後年、モトール・イベリカに対する日産の出資が数段階によって高められるいっぽうで、スペイン政府の持ち分は減少。2020年現在、日産の出資比率は99.7%に達している。従業員は約5000名で、バルセロナおよびアビラ工場の生産車種は、ピックアップトラック「ナバラ」およびその姉妹車である「ルノー・アラスカン」、電気自動車(EV)のライトバン「e-NV200」、トラック「NT400キャブスター」およびその姉妹車「ルノー・トラックス マキシティー」である。
GT-Rよりも親近感
以下は、日産モトール・イベリカの商用車たちが、イタリアのわが街シエナで活躍している場面の一例である。
e-NV200といえば、地元スーパーマーケットの宅配サービス車や、国際クーリエサービスの配送車である。
歴史的旧市街は環境への配慮および歩行者の安全上、一般車の進入が制限されているが、フルEVかつ小口の配送車は通行が許されているためだ。
かわって「NT400キャブスター(以下NT400)」は、 「日産アトラス」の姉妹車である。
わが街シエナで、このNT400には、特別な活躍の場がある。中世・ルネサンス建築に彩られた都市は、長雨のあとが危ない。建物やその装飾の一部が湿気を帯び、たびたび落下するからである。
最も痛ましい事故は、2010年に行われた町内会の屋外夕食会中、バルコニーを支える石が落ち、フランスの姉妹都市からやってきたゲストが死亡するというものだった。
筆者が以前住んでいた家の近くでも、何度かそうした事故があって、そのたび「ああ、建物の下にクルマを止めておかなくてよかった」などと思ったものだ。
そうした、もろくなった構造物や装飾を取り除いたり、応急措置を施したりするのは、NT400の特装車、具体的にはクレーンの役目なのである。そのコンパクトさは、中世そのままの狭い街路でも、高い機動力を発揮する。
1980年代、日産の欧州戦略は成功例が少なかった。ちなみに、スズキも日産に少し遅れるかたちで、やはりスペインのサンタナ(前述のフォルクスワーゲン・サンタナとは無関係)に出資したものの、のちに撤退している。
しかし、日産モトール・イベリカは生き残った。
日産モトール・イベリカのクルマたちは、「GT-R」のように羨望(せんぼう)のまなざしを注がれることはない。いたとしても、壁の修理作業を見物するおじいさんと孫くらいだ。だが、今日も街角で黙々と働いている姿に、筆者自身はGT-Rの数倍の親近感を抱いているのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、日産自動車、ルノー・トラックス/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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