BMW M3コンペティション(FR/8AT)
押忍! 2021.08.12 試乗記 BMWのハイパフォーマンスセダン「M3コンペティション」の新型がいよいよ国内デビュー。注目すべきは実に魅惑的な造形のフロントマスク……ではなく、最高出力510PSにまで達した3リッター直6ターボエンジンとそれを受け止める堅固なシャシーである。果たしてその仕上がりは?3日で慣れるというけれど
先日、米ゼネラルモーターズ(GM)が新たな企業戦略にのっとってロゴマークを刷新した。約57年ぶりのことだという。
フォードがブルーオーバルなら、クライスラーはブルーペンタゴンでGMはブルースクエアと言ったか否かは不明だが、僕が生まれる前から君臨していた、重厚であり折につけ尊大にも見えていたそのロゴマークは、出来たてほやほやのスタートアップ企業のようにふんわりとつつましく爽やかなイメージへと転身を図った。
小文字で「gm」と描かれるそれは、角も丁寧に丸められており、そのまんま自分のスマホの画面に入っていても違和感はない絵面だ。「m」の下にあるバーはBEVのプラットフォーム、そして「m」はプラグにも見えるという触れ込みだが、「g」と絡んだ全体像はドムドムバーガーの象さん印を思い出す。果たしてこんなんで大丈夫なのだろうかという心配はやまないものの、これが電動化に対するGMの腹くくりだと言われれば任侠(にんきょう)映画的なシンパシーも湧いてくる。一方でホンダは追従しなくていいからねと余計な心配までしてしまう。
そんな個人の心配はよそに、この手の衝撃はGMほどのビジネススケールならば、早晩吸収されるだろうことを、僕は幾度も体験してきた。1989年はバブルを背景としたコーポレートアイデンティティー(CI)ブームのなか、トヨタやJALを筆頭に慣れ親しんだロゴがコロコロ変わり、なんやこれとドン引きしていた覚えがある。が、人間の意志のはかなさか、どんなに違和感あるものでも数的な腕力によっていずれは目慣らされてしまうわけだ。思えば登場当初はあれほどドン引きした「アルファード」だって、勝手なもので見る側にしてみれば今や路傍の石、いや、岩である。
聞こえてくる「クエックエッ」
翻ってM3だ。先に試乗した「4シリーズ」でそれなりの耐性は得られていたはずだというのに、現物の顔面の衝撃たるやすさまじい。特大の鼻腔(びこう)に合わせて膨らんだボンネットに加えられたダクト調のプレスが、漫画の怒筋にさえ見えてくる。イキりにイキったその顔面を見ていると、昭和世代のオッさんの頭にふと浮かんだのは『嗚呼!! 花の応援団』。どおくまんの描く青田赤道(あおた・あかみち)のようではないか。クエックエッ。
果たしてアルファードがそうであったように、このM3顔にも目慣れる時が来るのだろうか。にわかには想像できないが、ともあれ濃い色を選べば穴ものの圧くらいは和らげられなくもない。ちなみにイメージカラーとなっているこの色は「アイル・オブ・マン・グリーン」。代々のMモデルの使用色はモータースポーツにちなんだものが多く、これはオートバイレースの名所であるマン島をイメージしたものだろう。このところ、アルファ・ロメオの「ジュリアGTA」や「ポルシェ911 GT3」でも同じような深緑メタリックがメーカーの推し色的にPRされていたが、欧州ではこういうキュウリっぽいのが近ごろの気分なのだろうか。
内装は、意匠的にはG20系「3シリーズ」と同じだが、随所にMモデルならではのディテールがちりばめられている。真円形状がうれしいステアリングは個別設定したドライブモードがひと押しで呼び出せる赤いMボタンが左右に配され、リム径はバイクのグリップかと見まごうほどに太い。試乗車は標準仕様の「Mスポーツシート」を装着していたが、さらにコンペティティブなカーボンバケットシートを選択することも可能だ。巨人ファンなら素通りできない内装の配色は「ブラック&キャラミオレンジ」と、ここにもレースにちなんだ名が与えられている。
日常域では至って素直
搭載されるエンジンはS58型3リッター直6直噴ツインターボ。「M4」の場合は6段MTとの組み合わせになる標準グレード用の480PSという選択肢もあるが、M3の場合はコンペティション一択、すなわち8段ATと組み合わせられる最高出力510PS/最大トルク650N・mのみの設定となる。ちなみにM3コンペティションでは、サーキット走行の比重を高めるべくADAS装備を排し、くだんのカーボンバケットシートやカーボンセラミックブレーキなどを装備した軽量化仕様の「トラックパッケージ」を選択することも可能だ。ちなみに0-100km/h加速は3.9秒。最高速は250km/hに規制されるが、オプションの「Mドライバーズパッケージ」を選択すると290km/hリミットに変更される。
今日びのハイパフォーマンスモデルはおしなべて日常域での快適性の高さに驚かされるが、M3の場合は上質さがことさら顕著だ。大きな凹凸でさえしなやかに受け止めて、そのパワーに鑑みればかなりのものだろうバネものの硬さをまるで感じさせない。目地段差の突き上げも至ってまろやか、粗い舗装面でも微振動や侵入音がきちんと抑えられるなど、望外の洗練ぶりをみせてくれる。戦闘系モードではゴリゴリのダイレクト感を味わわせてくれるトランスミッションも、トルコンらしく街なかでのマナーは至って温厚だ。この見てくれゆえ、車幅や地上高にまつわる多少の生傷は気にしないというのなら、平日は奥さんにキーを託しても差し支えない……かもしれない……とまで油断させられる。
さように日常域では驚くほど従順に振る舞っていた青田赤道。しかし、山坂道でアクセルを踏み込んでみるとその本性があらわになる。解き放たれた510PSのパワーがお尻をムズムズさせながらの加速はまさに脱兎(だっと)。M3史上最速であることは疑いない。エンジンの吹け上がりは鋭く、いかにも直6らしい快音とともに高回転域までパワーのドロップを感じさせないなど、さすがはM謹製の趣だ。
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4ドアならではのセッティング
1700kgを超える車重、前寄りの重量配分と、シャシー側にはM3らしからぬ事項もあるにはある。が、持ち前のメカニカルグリップの高さに加えて、このばか力を電子制御でしつけながらのコーナリングは、そういった物理要素を一切意に介さない。どころかこのM3に搭載される「Mドライブプロフェッショナル」は、DSCの介入レベルを11段階に任意設定でき、それによって得られるスライド状態の速度や距離を記録するアナライザーまで搭載されている。もはやドリフトさえも人工的に現象化する知能からしてみれば、M3を安定的に旋回させることなど無問題ということだ。それでも曲がりのキレッぷりは、同じホイールベースのM4とは一線を画していて、恐らくM3の側は意図的に挙動を穏やかに仕向けている。取りも直さず、それは4ドアを望むお客さんへの配慮と言い換えてもいいだろう。
M3にはこの後、秋にも「xDrive」すなわち四駆が追加される予定になっている。天井知らずに盛られていくパワーやライバルの状況にも鑑みれば、それは必然ともいえる選択だったに違いない。そして、いざとなればFR状態も再現できる2WDモードも搭載されるこれこそが、多くの人にとってはバランスにたけたM3ということになるのではないだろうか。
一方で、510PSの直6を後輪駆動で操るという、今や世間的にはいろいろな意味でギリギリのキワみたいな行為を慈しみたいというのなら、あえてこちらの漢道に手を挙げるのもありだと思う。そこで求められるのは、エンジンのとんでもない誘惑に負けず、クルマを冷静に掌握できる精神力だ。いくら車体の側が賢く振る舞おうが、頭では限界を突破できない。大人の分別とは、それを知るか否かということでもある。押忍。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
BMW M3コンペティション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4805×1905×1435mm
ホイールベース:2855mm
車重:1740kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:510PS(375kW)/6250rpm
最大トルク:650N・m(66.3kgf・m)/2750-5500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR19 100Y/(後)285/30ZR20 99Y(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:10.0km/リッター(WLTCモード)
価格:1324万円/テスト車=1550万7000円
オプション装備:ボディーカラー<アイル・オブ・マン・グリーン>(10万円)/フルレザーメリノ<ブラック×キャラミオレンジ>(30万8000円)/Mドライブプロフェッショナル(12万4000円)/Mカーボンセラミックブレーキ(107万5000円)/BMWディスプレイキー(4万2000円)/アルミニウム・ファブリックハイグロスインテリアトリム(9万6000円)/アクティブベンチレーションシート(11万7000円)/パーキングアシストプラス(6万9000円)/Mドライバーズパッケージ(33万6000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:5541km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:276.5km
使用燃料:34.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.9km/リッター(満タン法)/7.9km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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