マセラティ・ギブリ トロフェオ(FR/8AT)
これがオーラだ 2022.01.05 試乗記 名門マセラティといえどもクルマの電動化の大波から逃れることはできないのだが、やはり伝統のマルチシリンダーユニットは格別の味わいだ。最高出力580PSのV8ツインターボエンジンを積んだ「ギブリ トロフェオ」のパワーとサウンドに身をゆだねてみた。マセラティ史上最速セダン
マセラティの最新モデルのなかで、一番の注目は「ギブリ ハイブリッド」だろう。マセラティにとって初の電動化モデルである。SUVの「レヴァンテ ハイブリッド」が登場することもアナウンスされている。いずれも48Vマイルドハイブリッドシステムだが、次世代モデルには内燃機関を持たないEVがラインナップされる予定だ。ラグジュアリーブランドのマセラティとて、社会の流れに沿って変化していくのは当然である。
とはいいながら、今回試乗したのはそうした動きとはあまり関係のないモデルだ。ギブリの最上級グレードにして最高のスポーツ性能を持つトロフェオである。エンジンは3.8リッターV8ツインターボで、最高出力は580PS、最大トルクは730N・m。最高速は326km/hで、マセラティ史上最高速のセダンとなる。4WDモデルはなく、FRだけという潔い設定だ。
モンスターと呼んでもいいほどのハイパフォーマンスモデルなのに、見た目でそれをアピールしてはいない。大仰な空力パーツを付加することもなく、端正で調和のとれたプロポーションである。レーシーさを感じさせるのは、カーボンパーツが多用されているところだろう。リアバンパーの下にはカーボン製のリアディフューザーが備わる。エアアウトレットを装備したボンネットを開けると、エンジンカバーもカーボン製だった。その向こうに赤く塗装されたヘッドがのぞき、特別なパワーユニットであることを主張している。
大きく印象が変わったのは、リアコンビネーションランプだ。外側に向かって下降していくブーメラン型の形状となった。昔からのファンには感慨深いだろう。「3200GT」の初期型モデルで採用されていたものである。アメリカで不評だったということで後期型では変更されてしまったが、いかにもマセラティらしいエレガンスを感じさせた。サイドエアベントに赤い飾りが付けられているのはトロフェオだけ。Cピラーのトライデントには赤いヤリが配されている。
ハイパワーでも野卑ではない
派手なフォルムではないが、ボディーサイズがこのクルマの素性を物語っている。全長×全幅×全高=4971×1945×1461mmという堂々たる体で、特に2m近い全幅は他メーカーのハイパフォーマンスモデルに比べてもかなり広い。操縦安定性を高めることに貢献しているのだろうが、日本の交通事情ではちょっと持て余す。街なかで便利に使うためのクルマではないのだ。
覚悟を決めて走りだすと、意外にも普通に運転できることに気づいた。気難しいところは一切なく、低速でもギクシャクするような場面は訪れない。ありがたいのは、静かに走っているかぎりではまわりに騒音をまき散らすような振る舞いをしないことである。早朝に出かける場合でも、近所に迷惑をかける心配はない。エンジンをかけた途端にハイパワーを誇示するかのような排気音が鳴り響くモデルもあるが、そういった野卑なしぐさとは無縁なのがマセラティなのだ。
交通状況がいい場所に出てアクセルを踏み込めば、強力な加速が始まる。ターボラグを感じさせず、スムーズにスピードに乗っていく。ペダル操作に過度に反応するような演出はなく、ナチュラルな感覚だ。本気を出せば爆発的なパワーが湧き出してくるが、公道ではやめておいたほうがいい。運転席では心地よいエンジン音に包まれて走ることができる。音量はさほど大きくはない。マセラティのウェブサイトではモデルごとのエンジンサウンドを再生できることからも分かるように、快音はこのクルマのアピール点のひとつだ。それでも実際には無駄な大音量にはなっていないところに、控えめな美を是とするマセラティの意思が感じられる。
センターコンソールのボタンでドライブモードを切り替えることができる。デフォルトでは「ノーマル」で、1回押すと「スポーツ」モードになり、排気音が高くなる。エンジン制御が動力性能重視に変わり、ターボがオーバーブーストに。明らかにレスポンスが向上するので、山道ではこのモードを選んだほうがいいだろう。
レースを想定したドライブモードも
ボタンを長押しすると「CORSA」モードになる。ESCは解除されてしまうので、公道で選ぶのはオススメできない。その名のとおり、サーキットで走るためのモードなのだ。トロフェオにはローンチコントロールまで備わっているから、ガチでレースに参加することが想定されている。
ドライブモード切り替えボタンの下にはサスペンション設定のボタンがあり、硬さを単独で設定することができる。ただ、通常の走行では必要性を感じなかった。乗り心地は確実に悪化するし、コーナリング中に段差があると横っ飛びするような挙動が生じるのでむしろスピードを抑えたくなる。もうひとつ、「I.C.E.」というボタンがあって、これはグリップの低い路面用。効率重視の制御になるのでエコモードとしても使えるが、このクルマで使う人はあまり多くないような気がする。
山道を走るのは文句なしに楽しい。パワーは有り余るほどで、強力なブレーキと合わせて自在な加減速が可能だ。オーバースピード気味にコーナーに進入しても、安定した姿勢で素早く抜けていく。走っているうちに、何かしら懐かしさのようなものを感じてきた。路面からの入力を巌のようなシャシーで緻密にコントロールするという感覚ではなく、ボディー全体でおおらかに受け止めるようなのだ。それでいて不安感が生じることがないのは、長年の経験で積み重ねられてきた技術とノウハウのたまものなのだろう。古典的な乗り味は、今や貴重である。
必要な部分には、最新の技術が取り入れられている。先進安全装備がアップデートされたのは朗報だ。衝突被害軽減ブレーキやブラインドスポットアシストが装備され、全車速対応アダプティブクルーズコントロールやレーンキープアシストも使えるようになった。画質が改善されたサラウンドビューモニターのおかげで、大きな車体でも駐車の苦労は軽減されている。
気品が漂うインテリア
インフォテインメントシステムも最新版になった。センターモニターが大型化されて見やすくなり、スマホとの連携でさまざまな機能を使える。スマホのワイヤレス充電は新採用。ダッシュボードの下端に装備されていて、押すと飛び出すトレーにスマホを置き、再び押し込む仕組みである。自分のスマホを置いてみたところなぜかApple Payの支払い画面になってしまったが、ほかのスマホは大丈夫だったので相性があるのかもしれない。
USBのソケットはフロントにタイプAとタイプCが1つずつ。現状ではどちらも使われているものなので、時代に合わせた親切設計だ。ちょっと驚いたのが、シガーソケットが備えられていたこと。最近では見なくなっていた装備である。しかも、カップホルダーとセンターコンソールの小物収納スペースにそれぞれ配置されていた。2つも必要だとは思えないが、マセラティだとなんとなく納得させられてしまうのが不思議である。
機能は新しくなっても、インテリアは以前と変わらないクラシカルなエレガンスを守り続けている。シートやダッシュボードには上質な本革がふんだんに使われており、ゴージャスでありながらも気品が漂う。外装と同じくカーボン製のパーツも使われていて、スポーティーな気分も味わえる。メーターの上に本革製のヒサシが付いているのは、もちろん日光をさえぎるため。センターに位置する伝統のアナログ時計の上にもかわいらしいヒサシがあるのは、機能性よりもデザイン性の意味合いが強いのだと思う。
580PSという強力なエンジンを持つスポーツセダンだが、トロフェオは高性能をこれ見よがしにひけらかすことはしない。走行感覚と内外装のデザインが調和し、優美さと洗練を表現している。歴史と伝統がもたらしているオーラが、たくまずして自然ににじみ出ているのだ。簡単にはまねのできない芸当である。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
マセラティ・ギブリ トロフェオ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4971×1945×1461mm
ホイールベース:2998mm
車重:2080kg
駆動方式:FR
ンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:580PS(427kW)/6750rpm
最大トルク:730N・m(74.4kgf・m)/2250-5250rpm
タイヤ:(前)245/35ZR21 96Y/(後)285/30ZR21 100Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.7km/リッター(WLTCモード)
価格:1801万円/テスト車=1936万5000円
オプション装備:エクステリアカーボンキット(33万円)/アルマイト加工レッドキャリパー(20万円)/インテリアカーボンパッケージ(18万5000円)/電動サンルーフ(17万円)/メタルシェントペイント<グリジオマラテア>(13万5000円)/Harman/kardonプレミアムサウンドシステム(13万5000円)/サラウンドビューモニター(12万円)/21インチオリオーネシルバー鍛造ホイール(3万5000円)/ワイヤレスチャージング(3万円)/リアアームレストイルミネーテッドストレージ&USB&12Vソケット(1万5000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:4044km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:438.7km
使用燃料:82.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.3km/リッター(満タン法)/5.5km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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