第755回:どんなブランドだって最初は無名 欧州上陸直後のダットサン車を売り歩いた人々
2022.05.05 マッキナ あらモーダ!新生ダットサンブランドが消滅
今回は日産とダットサンのブランドにまつわるお話を少々。
『オートモーティブ・ニュース電子版』は2022年4月25日、日産自動車がダットサンブランドを廃止したと伝えた。日産は2012年、当時CEO(最高経営責任者)を務めていたカルロス・ゴーン氏のもと、新興国市場向け低価格ブランドとしてダットサンの名称復活を決定。実際に2014年からインドネシアとインド、ロシアで展開を図った。しかし各国で販売が伸び悩んだことから、今回の決定に至ったという。
同日には、英国BBCも同様の内容を報じた。筆者が確認したところ、2022年4月30日現在、すでに日産自動車の企業ウェブサイト内のブランド一覧からダットサンは消えている。
当然のことながら、この新生ダットサンは多くの関係者が携わった計画である。彼らの労苦は、外部者である筆者では計り知れない。また、筆者はここ四半世紀、欧州の自動車事情は観察してきたが、ダットサンが目指した新興国市場について論じるのには限界がある。しかしながらこのダットサン計画が発足した時点から、前途多難な予感があったのも事実だ。
ひとつは日産ブランドの性格である。欧州を例にとれば、初心者が乗る「マイクラ(ミクラ)」から「GT-R」まで、さらにマイクロバス代わりに使われている「プリマスター」やスペインの日産モトール・イベリカ製トラックまで、すべて日産なのだ。ポピュラーカーのメーカーなのか、SUVやハイパフォーマンスカーのブランドなのか、はたまた商用車メーカーなのか、ユーザーの間で、その認識は定まっていない。「フルラインのブランドならメルセデス・ベンツがある」というなかれ。彼らは揺るぎない高級車のイメージを、小型車や商用車にも活用しているのである。高級ブランドとしてのイメージを確立していない日産の場合、そこにダットサンを加えても、一般ユーザーにとっては、マイクラと何が違うのか理解できない。
第2は、ルノー・日産・三菱のアライアンスにおけるルノーの姉妹ブランド、ダチアとのバッティングだ。ルーマニアのライセンス生産拠点にすぎなかったダチアだが、2004年の初代「ローガン」の成功以来、東欧や北アフリカで着々と販路を拡大し、西欧諸国でも大きなシェアを確保した。例えば、2021年のイタリア新車登録台数で「ダチア・サンデロ」(本欄の第722回参照)は8位に入っている。確かにモデルチェンジごとに車格を向上させて、もはや初代ローガンのようなチープ感はなくなったダチアである。だが同じアライアンス内に、たとえ照準とする市場が異なっても、ダチアとダットサンというエントリー用ブランドが2つは要らないだろう、という疑問を筆者は感じていた。
第3は日産の社風である。あらためて言えば、外部者である筆者が口を挟むことに限界があるのは承知だ。だが少なからず示唆を与えてくれるのは、1981年の英国工場立ち上げに尽力し、副社長も務めた森山 寛氏の著書『もっと楽しく - これまでの日産 これからの日産』(講談社出版サービスセンター 2006年初版)である。氏は社内風土として、当時の日産に「計画のウソ」が存在したことを指摘している。社長だった石原 俊氏が海外展開を推進するなか、さまざまな案が浮上したが、それらの多くがいわば計画のための計画であったというのだ。その実例として、アルファ・ロメオとの合弁計画「アルナ」を挙げている。筆者(=大矢)は、石原氏をゴーン氏に、アルナ計画を新生ダットサン計画に置き換えることができると思う。何か立案を迫られ、前述したような日産ブランドの立ち位置を客観的に捉えないまま、計画ばかりが進んでしまった。それが新生ダットサン計画だった気がしてならないのである。
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「チェリー」がヒット
ダットサンといえば、第2次大戦後の米国進出と成功が有名である。また、前述の英国工場がつくられたことから、イギリスにおける日産の歴史についての資料も比較的容易に見つかる。いっぽうで、フランスやイタリアにおける日産の販売史というのは、今ひとつ知られていない。そこで今回あらためて調べてみるとともに、当時を知る身近な人の話を集めた。
まずフランスである。港湾都市ル・アーブルで1959年に生まれた知人は少年時代、自動車新興生産国であった日本のクルマが次々と陸揚げされるのを、自分の目で見ていたという。「自身が覚えているかぎり、最初に来たのは『ホンダS800』だった。その後、オレンジ色の『ホンダZ』が大量にデポーに並んだのを覚えている」。フランスの『ヤングタイマー』誌2021年2月号を参照しても、まず二輪で地歩を築いていたホンダが1960年代末に上陸。次にトヨタが「コロナ」と「クラウン」で進出したと記されている。
フランス市場でダットサンの販売を軌道に乗せたのは、1970年代初頭に代理権を取得したリシャール社だった。
知人は証言する。
「ダットサンによる最初の本格的ヒットは初代『チェリー』だった」
そのうえで、当時の日本車のセリングポイントは「価格と、ラジオをはじめとするアクセサリーの充実度だった」と振り返る。燃費のいい日本車は石油危機を機会にフランスで大きくシェアを伸ばした。しかし、やがて米国と同様に貿易摩擦が発生。フランス政府は1977年、日本車のシェアを市場全体の3%に抑えることを定めている。その後リシャール社は、ダットサン-日産を年間販売1万台ペースにまで成長させる。しかし1991年、株式を日産西ヨーロッパ自動車会社に売却。現在に至っている。
デザイン不評でも不屈のセールス
いっぽう、日産はイタリアにはフランスよりも遅れてやってきた。筆者が確認できたのは、「ダットサン120Y(日本では1977~1981年の4代目サニー)」の広告である。そこにはミラノのスヴァイ(SVAI)社が輸入販売代理店として記されており、同社の日産専門部門の名称としてダットサン・イタリアも併記されている。
その後はエブロ・イタリアという法人が日産車の販売に携わる。エブロ(Ebro)とは日産のスペイン生産拠点の前身であるモトール・イベリカが保有していたブランドで、「パトロール」のイタリア版に車名として使用されていた。
正式な現地法人である日産イタリアの誕生は、1998年まで待たなければならない。こちらはエブロ・イタリアの株式を取得するかたちで誕生した。
その日産イタリア誕生よりずっと前に、ダットサンを売っていた人がいる。本欄の第671回に登場したニコロ・マージ氏である。彼はスバル販売店を始める以前、1975年から約5年にわたってシエナでダットサン販売店を営んでいた。
今回、彼の子息を通じて当時を回想してもらったところによると、メールで以下の回答があった。
「(ダットサンの)販売は簡単ではありませんでした。デザインがやや特殊で、イタリア人の好みではなかったからです。しかし、不死身といえるくらい耐久性がありました。室内も広くて機能的なことから、徐々にお客さんを獲得しました。車体も強固で、防サビ技術は極めて高いものでした」。同時にマージ氏は、こうも回想する。「『このクルマは、ガソリンの匂いとともに走る』という宣伝コピーで売ったものです」。筆者が補足すれば、ガソリンの匂い=自動車らしい、スパルタンなムードを売りにしていたのだ。
もうひとり、マッシモ・トゥルキ氏は、メーカーが旧ダットサンブランドを廃止し、日産ブランドに統一(1981年)したあと、前述の日産イタリアが発足した1988年から日産車をシエナで売り続けてきた。そうしたこともあるのだろう、筆者の「ダットサンの名称に思い入れは?」との質問に、「古いブランド名です。特に恋しさはありません。私たちにとっては、消滅して久しいブランドですから」と冷静に答える。ちなみに今日のフランスやイタリアで、ダットサンを知っているのは、「(フェアレディ)Z」など特定のモデルの愛好家か、もはや60歳台以上の人と考えてよい。
日産を扱い始めた当時のモデルは?
「英国工場製の『ブルーバード(日本名:オースター)』でした。しかし、知名度が今ひとつで、かつお客さまには『信頼性は?』『部品供給は?』といった心配ばかり抱かれ、セールスは伸びませんでした」なお、日産イタリアの資料によると、同社の発足時、ブルーバードは唯一の乗用車商品だった。そこで、トゥルキ氏が声をかけたのは、趣味の狩猟仲間だった。彼らのもとを回り、「ナバラ」を薦めた。説明すると、ナバラとはもともと「ダットサントラック」の海外名である。日本でダットサントラック自体が消滅しても、またモデルチェンジが行われても、「Navara」の名称はずっと使われてきた。これこそダットサンの末裔(まつえい)といえまいか。
当時のイタリアで本格的なオフロードカーといえば、主に官公庁需要を見込んで開発された「フィアット・カンパニョーラ」か、もしくは高価な外国製モデルしか存在しなかった。そのため、より近代的でコストパフォーマンスが高いナバラは徐々に売れ始めた。「イタリアで放映されていたアメリカのテレビ番組で、頻繁に日本製のピックアップが映ったのも功を奏しました」とトゥルキ氏は懐かしむ。
まいた種が芽を出して実を結ぶ
遅れてやってきたイタリアでも、無名だった日産車を一生懸命売っていた人がいた。それを知った筆者は、たとえ日産ブランドの大ファンでなくても胸が熱くなった。少なくとも筆者の心中では、それが旧ダットサン時代であるか日産時代であるかなどは、さして重要ではない。
イタリアにおける日産の2021年の市場占有率は1.87%にとどまる(データ参照:UNRAE)。だが少し前、フィレンツェ県の小さな町で、1台のナバラに目を奪われた。そのリアゲートには「NISSAN」のステッカーと、「ウサギを見つける犬を輸送する野生」という、ウェブ上の自動翻訳を駆使したと思われる“日本語”まで貼られている。実際、猟犬用と思われるケージが荷台に設置されていた。オーナーがウサギ=脱兎(ダット)と結びつけたとは思えないが、深い日産愛がにじみ出ていた。同時に、マージ氏やトゥルキ氏がまいた種が確実に芽を出し、実を結んでいることを感じたのであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=日産自動車、ルノー、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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