ビジネスバンの絶対王者 強すぎる「トヨタ・ハイエース」に死角はあるか?
2022.08.05 デイリーコラムなにが今日の勢力図を決定づけたのか
先日の「日産キャラバン」の試乗記にも書かせていただいたが、日本全国の“お仕事”を支える4ナンバーキャブオーバーバン市場(バリエーションのなかには4ナンバーの枠を超えるものもあるが、便宜上この表現を使わせていただく)は、そのキャラバンと「トヨタ・ハイエース」の2台による完全寡占状態にある。かつて販売されていた「三菱デリカカーゴ」はすでに姿を消し、「ファーゴ」を手がけていたいすゞや「ボンゴブローニイ」をつくっていたマツダも、バンの自社生産からすでに撤退した。もっとも、それらがあった時代から、この市場はキャラバンとハイエースによるほぼ一騎打ちの構図だった。1990年代までのキャラバンの市場シェアは約4割に達しており、ハイエースとまさに2強として君臨していた。
しかし、2000年代に入ってから新しい衝突安全基準への対応が分かれたことで、その構図がくずれる。先に動いたのはキャラバンで、2001年のフルモデルチェンジで登場した4代目は、基準をクリアするためにフロントオーバーハングを190mm延ばした。荷室長はそのぶん素直に短縮されて、約3mあった荷室長は2800mmとなってしまった。対して、そこから3年遅れの2004年に登場した5代目(現行)ハイエースは、車体構造を根本から刷新することで必要なクラッシャブルゾーンを確保しつつ、荷室長も最大3000mmという大台を維持することに成功した。
ここで両車の明暗がくっきり分かれた。「このジャンルで本当に使えるのはハイエースだけ」という定説が確立されたのに加え、衝突安全性と室内空間を見事に両立した新型ハイエースは、そのスタイリングもおおいにウケた。以降、この市場はハイエースの完全なひとり勝ちとなった。以前は4割あったキャラバンのシェアは2割切りが常態化し、ときに1割をも割り込むようになってしまったのだ。
それでもくずれぬ王者の優位性
そんな由々しき状況を打破すべく、日産が2012年に発売したのが、現行型となる5代目キャラバンである。5代目キャラバンは最新の衝突基準をクリアしつつ、フロントオーバーハングを再短縮。さらにバックドアを薄くしたり、前席と荷室のパーティションを工夫したりして、最大の懸案だった荷室長は宿敵ハイエースを逆転して3050mmを実現した。さらに後席も2分割可倒式(ハイエースのそれは一体型)とするなど、少なくとも荷室機能ではハイエースを凌駕することに成功したのだ。実際、フルモデルチェンジをした2012年のキャラバンの市場シェアは、それまでの約2倍となる28%に急回復した。
ただハイエースも黙ってはいない。翌2013年には内外装デザインの手直しや操縦安定性の向上(シャシーのリチューンとエアロスタビライジングフィンの追加による空力性能の改善など)、さらには売れ筋の「スーパーGL」にパワースライドドアをオプション設定するなどして、キャラバンに対抗した。
その後も両車は、「相手が動けばこっちも動く」とお互いに仕様変更やマイナーチェンジでやり合いながらも、市場シェアはハイエースが70~75%、キャラバンが25~30%と、良くも悪くも安定している。これをキャラバン側から見ると、現行型へのフルモデルチェンジで最悪の時期は脱したものの、完全なV字回復とまではいえず、全盛期のシェアにははるか及ばないままといったところ。“ハイエースひとり勝ち”の構図を覆すにはいたっていないわけだ。
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個人事業主が寄せる絶大な信頼
日産のキャラバン担当者によると、冷静に機能やコスパで選ばれる法人需要にかぎれば、現行型になってからのキャラバンのシェアは30%を超えているという。たしかに、筆者が住む東京近郊(=かつては銀座、現在は横浜を本拠とする日産のホーム地域である)では、車体に法人名や号車番号をつけたキャラバンが目立つようになってきた実感はある。とくに昨2021年から今年2022年にかけて実施されたマイナーチェンジにより、ガソリン/ディーゼルともにハイエースに明らかに劣っていた燃費も改善。今後はさらにシェアを伸ばす可能性もある。おそらく販売現場では、ハイエースよりよい条件を出してもいるのだろう。
同じキャラバン担当氏によると、それでもキャラバンの売り上げがハイエースになかなか追いつけない最大の理由は、“ひとり親方”といわれる個人事業主層の支持で大差がついてしまっているからだ。4ナンバーキャブオーバーバン市場では、こうした個人需要が約6割を占めるというが、この層にかぎるとハイエースとキャラバンのシェアは9:1~8:2といったところらしい。
個人事業主層での人気は、そもそも伝統的にハイエースのほうが高い。荷室の機能性だけでなく、ハイエースには耐久性や強度に関する絶大なブランド力があるからだ。
周囲のハイエース支持者に話を聞いてみても、「20万km走った個体でも、ハイエースはまったくヤレない」とか「キャラバンだと乗り上げるとリアゲートが閉まらなくなるような段差でも、ハイエースは普通に使える」といった逸話がいくつも出てくる。筆者自身も、見た目がボロボロのハイエースのレンタカーに何度か乗ったことがあるが、乗り心地もハンドリングも静粛性も、驚くほどピンシャンしていたことを思い出す。もちろん、そこはキャラバンも負けじと過酷な開発をしていることは以前にも紹介したが(参照)、それでも圧倒的なハイエース神話をくずせない。
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ワンボックス市場のし烈な戦いは続く
こうしたハイエース神話は、買い手の満足感だけでなく、経済的にも明確なメリットがある。リセールだ。自走可能な状態であれば、ハイエースの売却価格はキャラバンのそれと1.5~2倍の差がつくケースが大半らしい。さらに、日本人の感覚では「もう新車に買い替えたほうが得」というくらいまで使い倒した状態でも、ハイエースならそれなりの値がつく。海外に持っていけば売れるからだ。ハイエース神話は国内以上に海外のほうがより強固だったりする。
また個人事業主の場合は、現場でほかの親方たちが乗るハイエースとならぶことも多い。それを思うと、つい「逆にキャラバンで乗りつけると目立てそう」と考えてしまうが、そこは仕事場。ハイエース話に花を咲かせつつ人脈を広げる機会を失う怖さもあるし、目立つ=変人と見られてしまうリスクもありそうだ(笑)。
いっぽうで、周囲がみんな似たようなクルマに乗るがゆえに、ちょっとしたカスタマイズで個性を演出して、仕事を楽しみたくなるのも人情である。そのためのカスタマイズパーツも、ご想像のとおりハイエースのほうが圧倒的に多い。クルマが売れるからカスタマイズ市場も盛り上がり、それゆえにクルマ自体の支持もさらに集まる。じつはキャラバンもそこに目をつけており、最近のマイナーチェンジではカスタマイズショップとのコラボをしかけているが、成果が表れるのはもうちょっと先のことだろう。
キャラバンの挑戦を受け続けても揺るがない、ハイエースの王座。それでもなお挑み続けるキャラバン……という仁義なき戦いに、たぶん終わりはない。まあ縁のない人にとってはどうでもいい話だが、こういう構図を知ると、日本の風景も昨日までとはちょっとちがって見えるかもしれない。あらためて見ると、日本の道路にはハイエースとキャラバンがあふれるほど走っている。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車、日産自動車、webCG/編集=堀田剛資)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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