第778回:その奮闘ぶりは“サポート”の枠を超越! レトロ自転車の走行会に臨んだルノー販売店の「こだわり」
2022.10.13 マッキナ あらモーダ!クルマのショールームに古いロードバイク
今回は2022年10月にイタリア・シエナ一帯で催された、レトロ自転車走行会「エロイカ」とクルマにまつわるお話を。
2022年夏のことである。第547回「『A110』や『ルノー5アルピーヌ』を秘蔵する あるアルピーヌファンおじさんの熱烈人生」で紹介したシエナのルノー販売店、パンパローニの前を通った。ショールームのウィンドウに自動車がない。代わりに飾られていたのは、古いロードバイクが2台と、サイクリストを模したマネキンだった。
店内に入り、経営者のルイージ・カザーリ氏(1955年生まれ)に聞くと「わが社がエロイカのスポンサー兼オートモーティブパートナーを務めることにしたのですよ」と言う。エロイカ(L’Eroica)とは、1997年からシエナ一帯を舞台に開催されているレトロ自転車のツーリングイベントである。参加者の大半がアマチュアだ。今日では、日本を含む世界各地で「エロイカ〇〇」といった姉妹イベントが開催されている。
カザーリ氏によると、すでに春から、県内で行われた姉妹イベントのスポンサーを2回務めたという。確かに公式ウェブサイトを閲覧すると、「メインスポンサー」に次ぐもので、主に地元企業が集まる「イベントスポンサー」24社に、カザーリ氏の販売店も名を連ねているではないか。
外を見ると、ルノーのサブブランドであるダチアのラッピング車両も、すでに待機していた。
レトロ車も盛り上げ役に
実際のエロイカは、2022年10月1日と2日に開催された。今回の参加者数は8010人に達した。本欄第319回でリポートした2013年度は約5000人であったから、かなり規模が拡大されたことになる。外国からのエントラントは全体の38%にも及び、その出身地は48の国と地域に及んだ。
コースの特徴は、砂利道区間(ストラーダ・ビアンカ)が多いことである。その理由は、大会の趣旨を見れば分かる。「疲れることの素晴らしさと、達成の喜びを再発見し、過去を見つめることで、未来の自転車の世界と、スポーツを実感しましょう」と記されている。往年の自転車競技のムードを味わうのに、未舗装路は必須なのだ。
そこで筆者も、初日はシエナ南郊の砂利道で参加者たちを応援することにした。
朝8時前、前日までの大雨がもたらした濃霧のなか、「ジー、ジー」というチェーン音と、往年のモデルに特有のブレーキ音を響かせながら、参加車が次々とやってきた。プログラムによると、最も長い209kmコースの参加者の一部は、朝4時30分に出発してきたことになっている。
そうした風景のなかに、フィアットのキャブオーバー型商用車「241」がたたずんでいた。脇に立っていたオーナーに聞けば、普段はワイナリーで働いているという。毎回レトロなムードの盛り上げ役として、クルマとともにボランティアをしているという。フィアット241は1976年製。「もともとはローマに近いヴィテルボのアマチュアレーシングチームで、サポートカーとして使われていたものさ」と言い、後部を指さす。確かにチームのステッカーが今もうっすらと残っていた。
いっぽう2日目は、ルートの中盤であるシエナ旧市街のピアッツァ・デル・カンポ(カンポ広場)で見ることにした。到着して間もなく、茶色の「ランチア・フルヴィア ベルリーナ」がやってきた。1969年以降の「シリーズ2」である。聞けば、ピサを本拠とするチームのものだった。本来はトライアスロンの愛好会だが、2022年からビンテージ系イベントにも参加を決めたという。フルヴィアは体育会系から文化系へとシフトしたシンボルというわけだ。
写真を撮っていると、複数の参加者から「来年は君も参加しなよ」と声をかけられた。同じカンポ広場にやってくるイベントでも、ミッレミリアの参加者から同様のことを言われたことがないのは、明らかに富裕層には見えない筆者の風体からであろう。それはともかく、そうした会話が自転車だと嫌みなく交わされ、言われたほうも「いっちょ、やるか」という気が湧いてくる。同時にこのイベントは、参加する車両の年式規定や、緩いドレスコードはあるものの、競技ではない。そのため「サイクリストはこうあるべき」といった、自転車イベント特有の説教臭さがない。付け髭(ひげ)を貼って走る紳士(ちなみに、会期中には本物の髭を競うコンテストも行われた)や、少女風お下げ髪を付けてタンデムに乗るおやじグループもいる。それ以上に、彼らの生き生きとした表情はどうだ。だから仮にヒストリックの自動車と自転車、どちらかのツーリングに出場させてやると言われたら、すかさず後者を選ぶであろう。
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ルイージ氏のルノー愛
ところで、冒頭で記したルイージ氏のルノー販売店のプロモーションはどうなっているのだろう?
そう思って広場を見渡すと、赤い「ルノー4」が置かれていた。多くの参加者が、セルフィーや仲間との撮影に、いわゆる“映え”として活用している。間もなく、ルイージ氏がクルマの影からひょっこり出てきて、筆者を迎えてくれた。
ルーフキャリアに搭載されたバッグのセットを見ると、いずれもルノーのひし形エンブレムが、パターンとして幾重にも反復されている。ルイージ氏は「これは1976年のもの。販売店の先代経営者の妻だった、義母の持ち物でした」と説明する。ポピュラーブランドであるルノーに、このように瀟洒(しょうしゃ)なオフィシャルグッズがあったとは驚きである。
ルイージ氏によれば、今日は社員も参加しているという。実際、間もなく彼のもとにやってきたのは、日ごろは法人営業を担当しているダリオ氏だった。今朝は4時半起きで、7時にスタートしたという。いずれも夜明け前である。「あなたを自転車に駆り立てるものは?」と筆者が聞くと、「生まれたときから、自転車で人生を走り続けてきたぜ」と答えた。営業所にいるときとはまったく違う、スター級アスリートの「ノリ」である。そして、3時間近く続く残りのコースに喜々として旅立っていった。
いっぽう普段はサービス部門で働くドゥッチョ氏が着用していたウエアは、往年のルノーのCIをイメージさせる。筆者が感心していると、すかさずルイージ氏が説明してくれた。「これはね、1970年台にフランスのルノー本社がサポートしていたプロ自転車チーム、ジタンのウエアを参考にしました。『RENAULT』の部分をわが社の名前に差し替えたのです」。そう語るルイージ氏の表情は誇らしげだった。
ルイージ氏のスポンサー作戦は、単なるスポーツ系イベントのサポートにとどまっていなかった。自分が扱うルノーへの熱い思いが、かくも込められていたのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里 Mari OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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