第810回:「ひわいな改造車」の向こうにあるもの
2023.06.01 マッキナ あらモーダ!イタリア式学園祭
日本では若者の常軌を逸した行動に起因する“炎上”が頻発している。並列に扱うことにはかなりの無理があるのを承知で言えば、欧州各地には伝統として、学生の粗野な振る舞いを許容する風土が存在する、というのが今回の始まりである。
欧州最古の大学であるボローニャ大学をはじめ、イタリア各地の学生街では「フェスタ・デッレ・マトリーコレ」という行事が見られる。「Festa delle matricole」とは新入生歓迎祭の意味だ。ただし、学部やゼミ、クラブごとに祝う日本式とは赴きが異なる。また、参加が強制されることはない。
各都市の大学によって祝い方は異なる。だが共通するのは、参加する学生(ゴリアルディー)は、伝統的なマントに身を包んだうえ、フェルーカと呼ばれる長い帽子をかぶり、ラテン語で自由と愛、郷土愛をたたえる歌を歌う。これは「ゴリアルディア」と呼ばれる学生気質の象徴である。ゴリアルディーの語源には諸説あるが、中世においては経済的・社会的背景から学生としての資格がないにもかかわらず、講義に出席していた者を指していた。長年伝わるゴリアルディーの特徴は「粗野な振る舞い」だ。日本で言うところの「ばんから」である。
筆者が住むシエナにある大学も、同名の祭りを毎年5月、5日間にわたって続ける。期間中はパレードに加え、劇場で「ミス」役の女性を交えてオペレッタを演じる。さらに、元F1ドライバー、アレッサンドロ・ナンニーニ氏の実家が創業した、ゴリアルディーの本部にもなっているカフェ「ナンニーニ」で祝杯を挙げる。
2023年5月中旬のある日、シエナのカンポ広場で、フェスタに参加する大学生に声をかけると、ロレンツォ君という彼は得意げに説明してくれた。「衣装の色は、学部によって決まっているんだ。青は法学、紫は政治学、といったようにね」。その種類は16にも及ぶ。彼と仲間たちは、観光客にとって格好の被写体にもなっている。
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ひわいなクルマが鼓舞する精神
シエナにおけるこのフェスタのもうひとつの“名物”として、「カッリ・アレゴリチ」と呼ばれるパレード用車両がある。各地の歴史写真を参照すると、第2次世界大戦前は、みこし状のものや馬車、そして山車が主流だったことが分かる。戦後はトラクターやスクーターを経て、自動車へと変遷をたどったことが確認できる。
2023年にシエナ市庁舎前で確認できた“素材”としては、アルファ・ロメオの「146」および「156」に初代「ランチア・イプシロン」。フォルクスワーゲンの「パサート」および「ポロ」に初代「ルノー・カングー」。そして「フィアット・ムルティプラ」と三輪トラック「アペ」があった。
前述のロレンツォ君は解説する。
「車両は予算からやりくりして購入するんだ。分解してから保険に加入し、上部にお立ち台を付けて仲間を乗せて大学から出発するんだよ」
見ると、旧市街の通行許可証が貼られている。「数年前までは不要だったけど、最近は規則が厳しいからね」
改造に要した時間は? と聞くと、「一台あたり60時間はかかったね」と即答してくれた。今日ディーラー系サービス工場の時間あたり工賃は約58ユーロ。それからすると彼らは3480ユーロ、円貨にしておよそ35万円分の働きをしたことになる。
「各車ごとに4人が担当したんだ。まずハッチやトランクを取り外したあと、各部の切断や溶接にかかったよ。最後に、音楽を流すためのPA機器を取り付けた」
車体に塗料で記された文言やイラストは、ひわいなものが大半である。今回の写真群には、読者諸氏のジェンダー観に合致しない図像・文字表現が含まれている場合もあることを承知のうえでご覧いただきたい。
テーマは、特に男性器や自慰・性行為にまつわるものが多い。「お立ち台」も、そのガムテープの色や巻き方、形状からして男根信仰を想像せざるを得ない。18世紀後半の作曲家モーツァルトが、いわゆるスカトロ系の下ネタ好きで、関連する言葉をちりばめた書簡を多数つづっていたのに通じる感覚といえる。
その起源は「パピーロ」と呼ばれる、かつてイタリアの学生たちが道行く人に配った羊皮紙(パピルス)、いわばチラシに由来するとみるのが正しいだろう。前述の大学都市ボローニャ市観光局の公式サイトを参照すると、パピーロには下品かつ皮肉なフレーズが頻繁に記されていたという。市内をある学生が全裸で駆け抜けた、といったニュースもトピックとしてあった。そういえば数年前のフェスタではシエナでも、全裸ではなかったものの、ブリーフ型パンツ一丁でメインストリートを走っていた学生を筆者は目撃したことがある。
そうした行動を市民が許容してきたのには、中世から、イタリアを含むヨーロッパ各地で大学は、学生と教授によって自治が行われてきたことが背景にある。ドイツきっての大学都市ハイデルベルクの有名な学生牢(ろう)は、けんかや器物損壊などの軽犯罪に関与した学生が投獄された場所だ。自主管理体制を維持することで、社会から一定の赦(ゆる)しを得ていた。今日の無礼講は、その名残である。
ゴリアルディーの行動は、郷土を守る戦いのなかにも登場する。1848年の第1次イタリア戦争の際には、学生たちも侵攻してきたオーストリア軍と戦い、命を落としている。シエナのゴリアルディーにとって、彼らは今も英雄である。1861年のイタリア統一運動に関与したゴリアルディーもいた。
現在でもイタリアの大学生たちは、政府の政策にたびたび抗議してデモを招集する。特に学問の自由を妨げる法案には、積極的に反対の声を上げる。地方自治への関心も高い。2023年5月に行われたシエナの市議会選挙には、与野党双方の比例代表名簿に数々の大学生が名を連ねた。
それらから察するに、一般常識を超越したカッリ・アレゴリチのペインティングは、社会に積極的に関与する自分たちへの精神的鼓舞が隠されている。彼らの“戦車”なのである。一見ばか騒ぎに見える祭りも、実はしっかりと歴史に裏づけられている。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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