フィアット・ドブロ マキシ(FF/8AT)
このストロークには覚えあり 2023.06.23 試乗記 小型車ばかりだったフィアットのモデルラインナップにMPVの「ドブロ」が仲間入り。先に日本に上陸しているプジョーやシトロエン版とはどこがどう異なるのかが気になるところだ。ロングボディーに3列シートを搭載した「マキシ」の仕上がりを試す。オペル・コンボとの数奇な縁
日本初上陸となったフィアット・ドブロは、この新型で通算3代目となる小型商用バン兼レジャーワゴンだ。ご承知の向きも多いように、この3代目ドブロは旧プジョー・シトロエングループ(グループPSA)の「シトロエン・ベルランゴ」や「プジョー・リフター」とDNAを共有するきょうだい車である。
ドブロはもともと2000年に初代がデビュー。続く2010年に登場した2代目は、当時のゼネラルモーターズ(GM)とフィアットグループとの提携関係から、オペル(英国ではボクソール)にもOEM供給されて「コンボ」の名で販売された。しかし、フィアットはその後の2014年に、米クライスラーと合併してフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)となり、オペル/ボクソールは2017年にグループPSAへと売却されてしまう。
日本でもすっかり人気者となっているベルランゴ(とリフター)は、欧州では2018年春のジュネーブショーで初公開されたが、じつはこれらと基本設計を共有するオペルの新型コンボも同じジュネーブショーで登場している。というわけで、ドブロ/コンボの協業プロジェクトは1世代かぎりで終わった。
そんななか、2019年末にFCAとグループPSAは対等合併を電撃発表して、世界第4位の規模をもつステランティスが正式に発足する。すると、協業相手を失って、モデルチェンジしないまま生きながらえていたドブロを取り巻く環境も、大きく動くことになる。
というわけで、ドブロはベルランゴ、リフター、そしてコンボに続く、ステランティスの小型商用バン/レジャーワゴンファミリーの第4弾として、2022年6月に欧州で新型モデルが登場。そして、2023年5月には日本でも発売となり、「500」や「500X」からの乗り換え需要の受け皿として、また最近まで同セグメント市場を独占してきた「ルノー・カングー」包囲網の一角としても役割を果たすこととなった。
ベルランゴとリフターよりも安い
この原稿を書いている6月18日時点でのドブロの国内価格は、標準ホイールベースの素のドブロで399万円、今回試乗したロング版のマキシで429万円となっている。
ちなみに、現在いくつかのバリエーションを用意するベルランゴの価格は標準モデルで420万~434万9000円、「ロング」で443万3000~455万4000円。リフターは受注生産の「アリュール」(標準モデルのみ)が410万円で、通常販売される「GT」は標準が436万8000円、「ロング」が455万円となっている。
ドブロがベルランゴやリフターより割安になっているのは、フィアットというブランドの位置づけに合わせた面もあるだろう。といっても、走行性能や安全性にまつわる装備、あるいは基本的な使い勝手や機能性において、ドブロがベルランゴ/リフターから明確にグレードダウンされたり、省略されたりしている部分は皆無といっていい。価格差は内外装の細かい装備の差による。
しかし、ドブロの一般ユーザーの目が届くところで「シトロエンやプジョーより安普請かも……」と気づかされるのは、ダッシュボードの一部が少しばかり色気に欠けるブラックの樹脂シボになることと、フロントバンパーが全面無塗装のブラックになることくらい。シート表皮もドブロ専用となるが、座り心地や肌ざわりは、シトロエンやプジョーのそれに引けを取らない。
旧グループPSA時代はシトロエン、プジョー、オペル/ボクソール、そしてDSの各ブランドで基本ハードウエアを共有しつつ、デザインやシャシーチューンだけでなく、メーターやステアリングホイールを各ブランド専用とするのがお約束の手法だった。これによって、第一印象からブランドによって異なるドライブフィールを醸し出すことに成功していた。
それはこの小型商用バン/レジャーワゴンでも例外ではなく、ベルランゴ、リフター、そしてコンボにはそれぞれ専用のステアリングホイールとメーターパネルが与えられている。
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高速道路で印象が一変
対して、ドブロのメーターパネルやステアリングホイールなどの運転席周辺インターフェイスは、部品レベルではシトロエンのそれと共通のようだ。ステランティスの成立時期を考えると、この3代目ドブロは現行のベルランゴ/リフター/コンボが完成(あるいは発売)してから、完全な追加機種として企画・開発されたと思われる。あくまで割り切ったユーザーが多い商用バン用途がメインの商品であること、あるいは開発コストなどを考慮して、ひとまず新規部品の設計開発が見送られたことが理由と考えるのが妥当だろうか。
そんなドブロ マキシの走りは、ひとことでいうと美味だった。
まあ、低速域でのロードノイズなどは、乗用車専用のミニバンやモノスペースより明らかに騒々しく、より設計が新しいカングーとの比較でも一歩か二歩ゆずるのは否めない。ただ、それも高速道に踏み入れて車速が上がると、なぜか気にならなくなる。1.5リッターディーゼルがルノーのそれよりパワフルで、組み合わせられるATも8段あるゆえに、高速でもパワートレインの洗練された印象が損なわれないことが大きそうだ。
ドブロと同じ基本設計をもつベルランゴやリフターも、標準モデルでもしなやかでフラット、豊かな接地感による一体感あるハンドリングなど、下手な乗用車より伝統的ヨーロピアンらしい乗り味が自慢である。しかし、ロング版のマキシはそれに輪をかけて、前後方向のピッチングが抑制されたフラットライドだ。しかも、旋回では明確に荷重移動して接地感も濃厚だが、ロールスピードにはきっちりチェックが効いていて動きは穏やか。リアタイヤは根が生えたように安定していて、意地悪に振り回しても安心感はなんら損なわれない。
走りはベルランゴそのもの
個人的な経験則でいうと、フィアットは伝統的にロール剛性高めの質実剛健なシャシーの調律を好む。その意味では、このフワリとしなやかなストローク感はフランス風というか、シトロエン的。もっとはっきりいうと、タイヤや地上高が異なるリフターとは明確に異なるが、「個人的にはベルランゴとは区別がつかない」というのが正直なところだ。
実際、ステランティス ジャパンの担当者にうかがっても、同社ではドブロの走行関連部品がベルランゴとちがうという情報はもっていない。実際、ステアリングホイールなどが共通部品であると同時に、タイヤサイズや車高もベルランゴと同じ設定であることを考えても、ドブロのシャシーチューンはベルランゴと同じ可能性が高い。そうでなくても、少なくとも商品としての差別化はされていない。
繰り返しになるが、今回のドブロはロングホイールベースに3列シートを組み合わせるマキシだった。シートアレンジはもちろんベルランゴやリフターのそれと同じで、ダッシュボードから3分割フォールドダウン式セカンドシートまでの空間は標準モデルと変わらず、その後方に2脚の完全独立式サードシートが置かれる。
その3列目に身長178cmの筆者が座ると、太もも裏が少し浮いてしまうが、シートそのものの座り心地やホールド性、空間的余裕は「トヨタ・ノア/ヴォクシー」に代表される国産Mサイズミニバンのそれになんら劣らない。サードシートが脱着式なのは日本ではなじみにくいが、スライドやタンブルアップ機構も備わるので、わざわざ着脱せずとも使い勝手は悪くない。
いかに商用車メインの商品とはいえ、フィアットとシトロエンが同じクルマになるなんて、筆者のような中高年クルマオタクは時代の流れを感じずにはいられない。ただ、クルマとしての完成度はベルランゴですでに証明されているし、エクステリアの基本デザインは共通でも、こうして500/500X由来のグリルレスフェイスだけで、フィアットにしか見えなくなるのは面白い。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フィアット・ドブロ マキシ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1850×1870mm
ホイールベース:2975mm
車重:1660kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:130PS(96kW)/3750rpm
最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)/1750rpm
タイヤ:(前)205/60R16 92H/(後)205/60R16 92H(ミシュラン・プライマシー4)
燃費:18.1km/リッター(WLTCモード)
価格:429万円/テスト車=431万2550円
オプション装備:フロアマット<フロント左右2枚セット>(1万3200円)/フロアマット<3列目用>(9350円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:520km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:387.9km
使用燃料:30.2リッター(軽油)
参考燃費:12.8km/リッター(満タン法)/12.9km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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