第762回:戦いはもう始まっている! アルピーヌが進める2024年世界耐久選手権の下準備
2023.09.21 エディターから一言 拡大 |
1年の準備期間を挟み、2024年より世界耐久選手権(WEC)のトップカテゴリーに復帰するアルピーヌ。彼らのマシンにはどのような特徴があり、変わりゆくレースの様相にどのように対応しているのか? 名門の看板を担う彼らの挑戦を追った。
◆関連記事:F1でもルマンでも大活躍! アルピーヌが実践する“レースを長く続ける秘訣”
拡大 |
拡大 |
拡大 |
WECの最高峰に復帰するフランスの名門
今期におけるフェラーリのハイパーカークラス電撃参戦に象徴されるように、モータースポーツにおいて新たな盛り上がりを見せているのがWECだ。トップカテゴリーとなるハイパーカークラスには上述のフェラーリをはじめ、欧州からポルシェやプジョー、米国からキャデラックといった名だたる自動車メーカーが参戦。日本のTOYOTA GAZOO Racingが先日の富士6時間耐久レースでマニュファクチュアラーズタイトルを決めたものの、ドライバーズタイトルはまだ確定しておらず、2023年11月2日~4日の最終戦バーレーンでの戦いが注目される。
そんなWECのトップカテゴリーへの参戦に向け、目下、急ピッチで準備を進めているのが、フランスのスポーツカーブランド、アルピーヌだ。今回は第6戦となる富士6時間耐久レースで、チームの舞台裏を取材することができた。
今期のワークスチームであるアルピーヌ・エルフは、ルマンプロトタイプのひとつであるLMP2クラスに、2台体制で参戦中。専用車両で競われる同クラスでは、今期すべてのエントラントが「オレカ07」シャシーに出力制限のあるギブソン製4.2リッターV8エンジンを搭載したものを使用している。つまり基本スペックは共通であるため、ドライバーの実力とマシンの信頼性、そしてチーム戦略が大きなカギを握る。
前年までもハイパーカークラスに参戦していたアルピーヌにとっては、“1年限りのLMP2”だが、来期からのハイパーカーでもチーム体制には大きな変更はない。2021年と2022年にドライバーを務めていたニコラ・ラピエール選手は、今期のドライバーからは外れているが、来期のLMDhマシン「アルピーヌA424」の開発に従事しており、そのマシンとともに復活を遂げる予定だ。
フロントカウルだけで1500万円
ここでLMDhという名前が出てきたので説明しておきたい。現在WECのハイパーカークラスは、LMH(ルマン・ハイパーカー)とLMDh(ルマン・デイトナh)という2種類のレースカーで競われている。アルピーヌが用いる予定のLMDhは、現在のLMP2と同様、車台が複数のコンストラクターから供給されるシャシーからの選択制となる。
もちろん自由度は増しており、例えばエンジンにはオリジナルのものが使える。一方、A424のようにハイブリッドパワートレインを選択した場合、モーターは指定のボッシュ製のものとなり、システム出力も500kWに制限される。さらにはバッテリーやギアボックスなどを含め、ハイブリッドシステムも規定のものを使わなければならないなど、制約が多い。今期同様、戦いのキモとなるのはドライバーのウデとマシンの信頼性、そしてチーム力であることに変わりなさそうだ。
富士6時間では、これらのうちの“チーム力”を現場で支えるピットにお邪魔することができた。ツアーで案内人を務めてくれたのは、アルピーヌ・エルフ・チームの運営を行うシグナテックのジュゼッペ・ビゾッカCEOだ。ピットの設備はフランス本部の工場と同等に環境が整えられており、現地での部品加工にも対応。交換部品は1台につき2台分を持ち込むというから、そのストック量も途方もない。しかも、これらの部品は一つひとつが恐ろしく高価なのだ。ビゾッカCEOは、ピット内に保管された巨大なフロントカウルを指さし、「これだけで1500万円くらい」と教えてくれた。さらに参戦マシンは、24時間の走行ごとに分解され、エンジンもオーバーホールされるという。このため、24時間の走行後には多くの部品が交換され、新車同様に生まれ変わるそうだ。例えばルマン24時間レースの前後ともなると、同じ車番のマシンでも、別物に近いさまとなっている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
参戦コストはおよそ6.6倍に
その一方で、環境意識の高まりとともにレースの現場も変化している。タイヤウオーマーの禁止や、1レースでのスリックタイヤの使用本数制限などが最たる例で、また今日では、LMP2にグッドイヤーが供給する指定タイヤもスリックとレインの2種類しかない。燃料も、トタルが供給する農業廃棄物由来のバイオエタノール燃料となっている。時代とともに変わるレギュレーションに対応し、いかに有利に戦いを進めていくのかも、チームの重要なミッションなのだ。
現在、アルピーヌはすでに来期のハイパーカー参戦に向けた体制を整え、スタッフを増員した大所帯となっている。現在のLMP2マシンでは、1台につき8人のメカニックと4人のエンジニアがついているが、LMDhマシンでは10人のメカニックと8人のエンジニアが必要となる。その理由は、現在のマシンにはないハイブリッドシステムなどに対応できる専任スタッフが必要なためだ。このように、マシン開発だけでなく新たなチーム体制づくりまで同時に進めることで、来期には初戦からベストな状態で臨める体制を築いているのだ。
またそのスケールの大きさは、金額の面でも明確である。LMP2マシン1台の参戦コストは約4.7億円だそうだが、ハイパーカーのLMDhマシンでは「約31億円まで跳ね上がる」と聞かされたのは衝撃だった。シャシーなどをサプライヤーに頼るLMDhであっても、このプライス。しかし完全独自開発のLMHと比べると、かなりリーズナブルなのも事実である。それだけに、他のチームでもLMDhをチョイスするものは多いのだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
制約のなかでも光るアルピーヌの強み
しかし、マシン開発に制約の大きいLMDhでアルピーヌの強みをどのように生かせるのか? チームを指揮するフィリップ・シノー代表に尋ねると、「やはり『エンジンや外観はオリジナル』というところでしょう。A424のエンジンは、アルピーヌF1と同じ工場で製作されています。まさにF1の技術がフィードバックできるのです。それは空力デザインやセッティングに関しても同様です。またLMDhマシンの開発・運用については、他チームに最大で2年分の先行を許していますが、決して長い期間ではないので、大きな差ではないと考えています」と述べ、ルノースポール時代から受け継がれるレーシングカーの開発力と、長年のチーム運営への自信をうかがわせた。
またエースカーとなる36号車のドライバー、マチュー・バキシビエール選手にLMDhマシンの難しさを尋ねたところ、まだ詳細は言えないと前置きしたうえで「(これまでのマシンと比べると)パワーなどの性能面では大きな違いはなく、重量増の影響のほうが大きいと思う。ポイントは、これまでにはないドライバーがレース中に調整できるハイブリッドシステムの扱いだろう」という。モーターアシストの強みを生かすのも、ドライバーのウデにかかっているというわけだ。とはいえ、これから数週間後には正式に来期のLMDh参戦ドライバーが発表されるというから、彼自身も多くは語れないというのが本音なのだろう。
最後にシノー代表に、来期の目標を尋ねてみた。優勝の2文字を掲げるかと思いきや、「まずは全戦完走」という慎重なお言葉。今期を参戦ステップアップの準備期間とする周到さをみせながらも、控えめなコメントだ。しかし、裏を返せば着実なステップアップを図ることで、最短でのシリーズ優勝を狙っているのではないだろうか。
アルピーヌがハイパーカークラスに復帰するWECの2024年シーズンは、2024年2月24日~25日のカタールで初戦を迎える。それまでのアルピーヌからのアナウンスを、期待を膨らませながら待ちたい。
(文=大音安弘/写真=大音安弘、webCG、アルピーヌ、トヨタ自動車/編集=堀田剛資)
◆関連記事:F1でもルマンでも大活躍! アルピーヌが実践する“レースを長く続ける秘訣”
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大音 安弘
-
第876回:“ヨコハマ史上最高”が目白押し SUV向けスタッドレスタイヤの新製品「アイスガード8 SUV」を試す 2026.10.2 2026年9月1日に販売が開始された横浜ゴムのSUV用スタッドレスタイヤ「アイスガード8 SUV」。従来製品との比較で氷上性能を14%、雪上性能を4%、耐摩耗性能を11%アップさせたというその実力を、一足先に冬のテストコースで確かめた。
-
第875回:キモは氷上性能! ダンロップの新しいスタッドレスタイヤ「ウインターマックス アイスプロ」を試す 2026.7.1 違いは氷の上で表れる! ダンロップの新しいスタッドレスタイヤ「WINTER MAXX ICE-Pro(ウインターマックス アイスプロ)」に、冬の北海道で試乗。氷上性能を徹底的に追求したという新製品の、パフォーマンスの一端に触れた。
-
第874回:自動運転からワイパーまで! 自動車を支えるメガサプライヤー ボッシュのあくなき挑戦 2026.6.27 世界屈指のメガサプライヤー、ボッシュが開発中の新技術を披露! 市街地での高度な運転支援技術に、日本の方言にも対応した対話型AI、サーキット走行のノウハウを教えてくれるコーチング機能等々……興味深いその中身をリポートする。
-
第873回:ウエット路面に強み ミシュランの新タイヤ「パイロットスポーツ5エナジー」と「プライマシー5エナジー」を試す 2026.6.19 2026年1月29日に導入が発表されたミシュランの新製品「パイロットスポーツ5エナジー」と「プライマシー5エナジー」。これまでの特徴に加え、低燃費性能や耐摩耗性、ウエットグリップ性能のアップをうたう両モデルの走りを、クローズドコースで確かめた。
-
第872回:「フォレスター」がJNCAPで最高評価を獲得! “安全”に対するスバルの不断の取り組みに迫る 2026.6.6 相対速度100km/hの衝突後でも、普通にドアが開く!? 人気のSUV「スバル・フォレスター」が、日本の自動車アセスメントで最高評価を獲得した。安全なクルマづくりを第一とするスバルの取り組みを、群馬製作所で行われた衝突試験デモの様子とともにリポートする。
-
NEW
日産キックスX e-4ORCE(前編)
2026.10.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産キックス」に試乗。デザインが新しいのはもちろんのこと、まさに下ろしたての最新のパワートレインを搭載。日産の大きな期待を背負ったコンパクトSUVである。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。 -
三菱eKクロスEV P(FWD)【試乗記】
2026.10.17試乗記三菱の軽乗用電気自動車(EV)「eKクロスEV」が、一部改良でデザインを刷新! 2022年発売の古参の一台は、台頭するライバルをどう迎え撃つのか? 最新モデルと比べても、キラリと光る魅力はあるのか? 軽EVのパイオニアが擁する一台の実力を確かめた。 -
写真で解説する「フィアット・グランデパンダ」
2026.10.16画像・写真ステランティスが「フィアットブランドの大きな柱のひとつとなる重要なモデル」と位置づける「グランデパンダ」が日本上陸。その具体的な見どころを、写真とともに解説する。 -
フィアット・グランデパンダ ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)【試乗記】
2026.10.16試乗記欧州を代表するコンパクトカーの一台である「フィアット・パンダ」が第4世代に進化。新たに「グランデパンダ」を名乗り、日本にやってきた。ずばり新型の見どころは車両の随所にちりばめられた初代モデルへのオマージュである。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。 -
スズキの未来を徹底検証! 技術戦略説明会から“10年先のスズキの姿”を夢想する
2026.10.16デイリーコラム年間生産500万台で、Dセグメントまでカバーする巨大メーカーに!? スズキが発表した「10年先を見据えた技術戦略2026」を徹底検証。技術開発に製品開発、インドを核としたグローバル戦略などの中身を通して、「10年先のスズキの姿」を予想した。 -
賢い選択 ――キャデラック「LYRIQ」フラットプランのすゝめ――
2026.10.15投資家も太鼓判! 「キャデラック・リリック」×フラットプランという最適解<AD>クルマが変わり、時代も変われば“持ち方”だって変化する? お金のプロである投資家が、「キャデラック・リリック」の残価保証型リースを勧める理由とは? 夢の「2台持ち」をかなえる、最新電気自動車の賢い選び方を考えた。











































