ホンダ・フリード 開発者インタビュー
“ちょうどいい”は変わらない 2024.05.09 試乗記 「ちょうどいいホンダ」のキャッチフレーズが耳になじむ、ホンダのコンパクトミニバン「フリード」がフルモデルチェンジ。2024年6月の正式発売を前に、新型での進化と特徴、そしてこだわりのポイントを開発に携わったメンバーに聞いた。本田技研工業
電動事業開発本部 BEV開発センター
フリード開発責任者
安積 悟(あづみ さとる)さん
本田技術研究所 デザインセンター
デザイン パッケージ担当
田中未来(たなか みく)さん
本田技術研究所 デザインセンター
デザイン インテリア担当
貝原孝史(かいばら たかし)さん
キープコンセプトで全面刷新
約8年ぶりのフルモデルチェンジとなるホンダ・フリードだが、先々代も同じく約8年というロングライフをまっとうしており、今やホンダ屈指の定番長寿商品である。あの初代のキャッチフレーズ以来、「ちょうどいいホンダ」として根強く売れ続けることが、その大きな理由のひとつだろう。
実際、2023年度(2023年4月~2024年3月)でも、フリードはモデル最末期ながら、登録車(=白ナンバー)の国内販売ランキングで10位の売り上げを記録した。しかも、これはホンダとしては軽自動車の「N-BOX」に次ぐ国内2位にあたる台数なのだ。フリードはこうした根強い売り上げに加えて、事実上の日本専用商品(実際には東南アジアの一部に少量輸出はされている)であることも、もうひとつの長寿の理由だろう。いかにヒット商品といっても、現在の日本市場の規模では、開発コストの回収に時間がかかる。
新型フリードの開発コンセプトは「“Smile”Just Right Mover~こころによゆう 笑顔の毎日」だそうである。このなかの「Just Right」の直訳は「ちょうどいい」というおなじみのフレーズだから、大きくいえば初代から変わらぬキープコンセプト路線ともいえるだろう。
実際、コンパクトな3列ミニバンというパッケージレイアウト、1.5リッター直4の純エンジンと同ハイブリッドというパワートレイン構成は先代と同様だ(ただ、ハイブリッドは従来の『i-DCD』から最新の『e:HEV』に刷新)。さらにプラットフォームも従来改良型で、Aピラーの角度も変わっていないという。
新型フリードの開発責任者である安積 悟さんは「“ちょうどいい”というのは数字に表しにくく、ある意味でむずかしいんです。純粋に広くすればいいなら、サイズやスタイルを『ステップワゴン』に近づければ済む話ですし、逆にコンパクトさを第一とするなら、N-BOXみたいなスタイルにすればいいわけです」と説明しはじめた。
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シートは3列とも新設計
「フリードの“ちょうどいい”は、あくまでサイズ感に由来する扱いやすさと便利さだと定義して、そこは絶対に維持することにしました。そのうえで、広い、明るい、快適をさらに追求しました」と、安積さん。
新型フリードのスリーサイズは、全長のみ先代比で45mm延びたが、全幅と全高は実質的に変わっていない(諸元表では全高が低くなったが、これはアンテナの変更による)。
安積さんは「全長も基本的に維持したかったのですが、新しいe:HEVをおさめるために、フロントオーバーハングは40mm長くなりました。残る5mmはリアデザインのためです。プラットフォームとサイズが変わっていないので、シートレイアウトも変えようがないのですが、そこは変えられなかったというより、あえて変える必要もないと判断しました」と、サイズについての説明をおこなった。
「ただ、シートは3列とも新設計です。1列目と2列目はフリードのためというより、いろいろな法規対応のためにホンダ全体でおこなっている、シートのつくりかえの一環です。新しいほうが座り心地などのメリットも大きいので、今回は1列目、2列目とも新しいものに切り替えました。さらに、サードシートについては、収納性と操作性、収納時のコンパクトさをねらって新開発としました」と、安積さんはいう。
また、新型フリードでは「クロスター」の存在感が増しているのも特徴だ。同時にノーマル系には、ステップワゴンに続いて「エアー」という名称が与えられた。先代のクロスターは、グリルとルーフレール、前後バンパー、ホイール程度の差別化でしかなかったが、新型ではホイールアーチに専用の樹脂クラッディングが追加されたほか、バンパーデザインも明確にSUVっぽさを強めている。
「従来型の振り返りをしたとき、ノーマルとクロスターの差が小さくて、お客さまからすると『基本的にはクロスターのほうが好ましいんだけれど、たいして代わり映えもしないし、価格も考えるとノーマルのままでいいや……』と考えたお客さまが多かったという反省がありました」と、安積さん。とどのつまりは、先代クロスターはホンダが期待していたほど売れなかった。
さらに、「新型フリードのデザインは、よりゼネラル(本質的、汎用的)なところをねらいました。デザインで個性を出すのはお客さまをあえて絞るという意味でもあります。そこでエアーでは多くのお客さまに受け入れられやすいデザインにして、そのぶん、クロスターをとがらせることにしたんです。新型のクロスターはアクティブさや若々しさを望むお客さまに乗っていただいて、先代より比率を引き上げたい」と続けた。
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跳ね上げ機構を刷新した3列目シート
開発責任者の安積さんも語っていたように、新型フリードではサードシートが新開発された。その詳細を解説してくれたのは、パッケージデザイナーの田中未来さんだ。
「新型フリードでもっとも大きく変わったのが3列目です。私自身も今回は開発初期から携わりましたが、従来のサードシートは跳ね上げるときに重たいし、操作もやりにくいというのが、私個人の感想でもありました。とくに、収納するときに上方に押し上げる動作を必要とするのが一番の課題でした」と、田中さん。
さらに「収納時の固定ベルトのフックも、従来の位置(天井近くのグラブレール)では一般的な女性にはひと苦労でした。女性としては身長が低くない私でもかなり大変で、小柄な女性だと、そもそも手が届かなかったんです。また、シートを降ろすときになると、今度は上から落ちてくるようで、ちょっと怖さを感じる人も少なくなかったようです。結果として、普段はサードシートを使いたくても我慢して、跳ね上げたまま使っているというケースも少なくありませんでした」と、続けた。
というわけで、新開発サードシートは左右それぞれで1.3kg軽量化したほか、座面高はそのままに跳ね上げ機構を刷新した。
「シートの軽量化に加えて、収納時の回転ピボットの位置を低くして、操作力を大幅に低減しました。さらに、固定フックも手前の近い位置に移動したので、最後にフックをかける作業も、持ち上げながらではなく横に押さえるだけでよくなっています。新型ではサードシートを跳ね上げても目線より低い位置におさまって、非常に操作しやすくなりました。跳ね上げたときのシートの位置も低くなったうえにリアクオーターウィンドウも拡大したので、リアビューミラーや振り返って後方を見たときにも先代のように窓をふさぐことなく、明るい視界にしました」と田中さんは特徴を述べた。
ちなみに、新型フリードでも2列目が独立キャプテン仕様となる6人乗りと、ベンチシートの7人乗りの両方が選べるが、「売れ筋はキャプテン仕様です。チャイルドシートがつけやすいというのもありますが、自転車が(フロントタイヤをシート間に差し込んで縦に)積めるのも大きいようです。ただ、ベンチシートはベンチシートで、オムツ替えなどにフラットな空間がほしいという人が選んでいます。このあたりはお客さまそれぞれの意識のちがいですね」と田中さんは教えてくれた。
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地に足がついた生活密着型として進化
さらに「今回の開発では、私も含めてメンバーの大半が、フリードのお客さま世代のど真ん中であることがすごく役に立ちました」と語るのは、インテリアデザインを担当した貝原孝史さんである。
「私自身、発売されたら自分が買うつもりで開発しています」と明るく語る貝原さんは「開発スタート時点で上の子が6歳、下の子が1歳だったので、発売するころの自分の子供の年齢を想定して開発していきました(笑)。ちょうど企画開発のときがコロナ禍と重なったことで、在宅ワークが増えました。そのおかげで、妻の日常の姿を目の当たりにすることができて、子育ての大変さや、ちょっとしたことでイライラするような細かい気づきがたくさんありました」と続けた。
「ミニバンのインテリアでは欠かせない収納にしても、単純に数や容量だけでなく、出し入れしのやすさや使い心地にこだわりました。たとえば、インパネのトレーも普通はフラットな底面にフチが立ち上がった形状にしますが、今回は底面とフチを滑らかな曲線でつなぐことで、引っかかることなくスムーズに出し入れできるように工夫しました。しかし、滑らかにつなぐと急発進のときにも飛び出してしまうので、角度は徹底的に吟味して、取り出しやすさと落ちにくさを両立しました。先代に3Dプリンターによる試作品をいくつも装着して、実際に急加速や急停止を繰り返しながら、角度や曲面を細かく調整しました」と、貝原さん。
「また、助手席前のリッドはボックスティッシュが収納できるようになっていますが、ただ入るだけでなく、縦に入れればさらにほかのものも収納できる空間が残りますし、斜めに入れれば取り出しやすい角度になります。お客さまのお好みでどちらにでも使えるようになっています」と貝原さんは胸を張る。さらには「子供はどうしても食べ物をこぼしたり、靴のままシートに上がったりしてしまいます。そこで、今回のシートファブリックも遠目ではグレーに見えながら、オレンジやブルー系の糸を織り込んで、汚れが目立ちづらく、風合いも心地いい素材感を目指しました」と教えてくれた。
……と、どの開発担当者からも、おおげさなセールストークでなく、じつに地に足がついたリアルなエピソードを出てくるところが、いかにも生活密着型で定番長寿商品のフリードらしい。
(文=佐野弘宗/写真=webCG/編集=櫻井健一)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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