第806回:ホンダの未来はバラ色か? 次世代BEV「ホンダ0シリーズ」の試作車をドライブした
2024.10.09 エディターから一言![]() |
2024年の初頭に発表されたコンセプトモデルで話題をさらった新たな電気自動車(BEV)の「ホンダ0(ゼロ)シリーズ」。発売まであと2年というタイミングで希少な試作車をドライブするチャンスを得た。果たしてホンダの描いたのはどんな未来なのだろうか。
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企画スタートは2021年
賛否の意見が飛び交うホンダのBEV戦略だが、ここが最も大きな分岐点となるだろうところが0シリーズだ。2024年1月のCESでのコンセプトカーお披露目についで、5月にはモデル展開の具体的なスケジュールを発表。それによれば2026年、北米市場を皮切りに3車種を、その後2030年までに1車種ずつを追加し、合計7車種を展開する予定だという。カテゴリー的にはSUVが5のセダンが2という内訳だ。
そして10月、ホンダは栃木の研究開発拠点にて、開発中の0シリーズ用BEV専用プラットフォームと、あわせて今後採用していくことになる新技術や生産技術およびデジタルテクノロジーの数々を包括的にプレゼンテーションする「Honda 0 Tech MTG 2024」を一部メディア向けに開催した。
と、ここまでの流れは相当調子よく見えるが、ホンダが0シリーズの企画を進め始めたのは三部社長が就任した2021年のことだという。その4月の就任会見で発表した2040年に販売の全量をBEVと水素燃料電池車に置き換えるという目標は、裏を返せば内燃機の販売をゼロにするということで、当時はあのホンダが……と、大きな衝撃をもって受け止められた。その直後の7月に行われた一部メディアとの質疑はwebCGで報告させてもらったが(関連記事)、思えばそのころから三部社長は「空間価値」「体験価値」といった言葉を多用しながらBEV化による自動車の新たな価値軸を模索しているという旨をおっしゃっていた。まさにそのころ、0シリーズは骨子を固めて動き始めていたのだろう。
コンセプトは「薄く軽く賢く」
端的な印象として、今回のテックミーティングでお披露目された内容からはホンダの本気がうかがえた。登場からざっと2年前という段階で露出するには早すぎるかという題目さえも包み隠さない大盤振る舞いながら、中身をよくよく精査すれば、べらぼうに新しいことを見せてくれたというわけではない。が、この2~3年で突き進んできたことはもう引くに引けないところにある、そんな不退転の覚悟はビシビシと伝わってきた。ホンダがこれほど戦意をむき出しにして一丸で開発に取り組むのは1990年代後半、それは「ストリーム」vs.「ウィッシュ」に代表されるHT戦争と称しても過言ではなかったトヨタとの商品群的確執以来ではないだろうか。そんな思いを抱いたほどだ。
ゼロスタートで開発されたBEV専用アーキテクチャーの開発コンセプトは「Thin, Light, and Wise」。つまり、薄く軽く賢くというものだ。このなかで直解できないのはThin、つまり薄さということになるかもしれないが、お察しのとおり多くのBEVは床下にバッテリーを積むがゆえ、天地にゆったりとした居住スペースを確保しようと思えば全高が高くなってしまう。居抜き系BEVの多くがSUVをベースにする理由がこれだ。
が、専用設計であればバッテリーの厚みを織り込めるぶん、車体を薄く構成することも可能になる。薄さは空気抵抗にも端的に効くうえ、モデルバリエーションの面でも自由度が増すなど、メリットは大きい。ホンダがこだわるのはまさにそこで、長年の開発で培ったハイブリッド技術を基にインバーターの体積を他社銘柄との比較で40%削り落とし、駆動用モーターの上方が普通だったそれを側方にマウントすることを可能にした。これによってモーターユニットの天地高を低減したうえ、バッテリーはアウターケースをメガキャスト成型し、インナーケースとウオータージャケットとを3D摩擦撹拌(かくはん)接合することでパッケージ高を6%低減するなど、薄型化を隅々まで行き渡らせている。これらの合わせ技により、2026年に登場予定のセダンは、全高を1400mmまで低くできるというから驚きだ。
ホンダらしからぬシャシーへのアプローチ
この接合技術はホンダが独自に開発し、四半世紀にわたって市販車のサブフレームやATVのホイールリムなどに用いられてきたものだ。メガキャストのような新技術だけではなく従来の知見をしっかり織り込んで、信頼という背骨をしっかり担保しようというところに既存の自動車メーカーとしての誇りが見てとれる。加えて言えば、新規投資にもかかわらずホンダがあえて8000t級のギガキャストではなく6000t級の、彼らの言うところのメガキャストに抑えたかといえば、一発成型の直接的メリットよりも商品企画や生産面での調整力を含めた小回りを意識したものだ。自ら培ってきた生産技術と組み合わせて賢く立ち回る術には、手だれならではの深みが感じられる。
BEV専用のアーキテクチャーを用いた試作車は、「アコード」と「CR-V」の上屋をかぶった2つが用意された。見た目的にはちょっと前軸が前側にあるかなという程度で露骨なハリボテ感はないが、どちらも中身的には2026年に0シリーズの皮切りとして発売する予定のセダンと中間サイズSUVに相当するという。
試乗にあてがわれたのはSUVの側だったが、上屋が市販車である以上、重要なポイントであるパッケージ的なメリットは感じ取れない。「それ、今回は勘弁してくださいね」とエンジニアの苦笑いをいただきつつ、割り当てられたSUVの側に乗り込んだ。
0シリーズの新しいアーキテクチャーでユニークなのは、シャシーをガチガチに固めるのではなく、特に軸足となる前側のしなり感を意識しながら旋回内輪をよりよく伸ばして積極的にグリップさせる方向にしつらえているというところだ。これはホンダのシャシーづくりにおいては珍しいアプローチだが、果たして距離にして3~4kmくらいだろうか、さすがにその時間ですべてを測ることは無理があり、そこまでの詳密な情報は感じ取れなかった。とはいえ、だ。ガチッとした剛性感のなかで、ギャップを超える際などにはアタリのまろやかさも感じられるちょっと不思議な乗り味は、くだんの「しなり」が効いているのかと思わせられるところがある。コイルサスでさえその乗り味なのだから、エアサスを用いたセダンの側はかなりのカタヤワぶりなのだろう。
ホンダらしさをどこで見せるか
パワートレインのデキは見事なものだった。駆動側の速度コントロールは発進から巡航まで緻密かつ穏やかに行えるだけでなく、踏み込めば即座に求める加速が手に入る。ドライブモードは使えなかったが、そういう選択肢も必要ないと思えるほど意のままに扱えた。また、ブレーキは回生オフの状態を選んで素性を探ったが、ブレーキペダルによる減速Gのコントロール性もリニアで、油圧ブレーキとの協調や停止寸前の制動抜きといった細かな調整も難なくできる。製品化までは約2年の猶予があるものの、走る止まるについては現状でもほぼ出来上がっており、ここから煮詰めていけば相当のものになるだろうというのが偽らざる印象だった。
0シリーズの懸念材料となるのは、その価格だ。紹介できなかったデジタルプラットフォームにまつわるソフト&ハードを盛り込みながらソロバンをはじくと、なんなら4桁万円の世界に足を突っ込んでくる。ホンダは同じアーキテクチャーでコンパクトなセダンやSUVも手がけるとしており、コストへの柔軟性には相応に配慮しているのだろう。一方で主力の北米市場を見れば、すでにGMのアルティウムプラットフォームを用いた「プロローグ/ZDX」が販売されているし、赤の他人とはいえないソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」も控えている。渋滞気味なこの状況をホンダとしては産みの苦しみと捉えているようだが、将来的にはいずれかに収束していくのが筋だろう。
前述のとおり、現状でも0シリーズのアーキテクチャーは動的面での完成度はかなり高いところにある。ハード面での課題はホンダらしい個性をどう表現するのかということになるだろうか。今回のネタバラシはホンダにとって、そのためのヒントを広く集める見聞の機会になるのかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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