アストンマーティン・ヴァンキッシュ(FR/8AT)
すべては意のまま 思いのまま 2024.10.28 試乗記 最高出力835PS、最大トルク1000N・m。途方もないスペックの12気筒ターボエンジンを搭載する、新型「アストンマーティン・ヴァンキッシュ」の走りやいかに? イタリア・サルデーニャ島で開催された、国際試乗会からの第一報。パフォーマンスが伝わる姿
スタイリングの変わりようが新型ヴァンキッシュの動的パフォーマンスにおける変化をすでに雄弁に物語っていた。確認できたのはもちろんサルデーニャ島の美しいワインディングロードを試走した時だったけれども、確信した瞬間はというと実は試乗前日の夕暮れ時、白い新型ヴァンキッシュを眺めながら独り、1杯目のアペリティーヴォのグラスを傾けていた時のことだった。
グラスを軽く上げながら「いい光景だろう?」と渋い声で話しかけてくる、麻の白いジャケットがよく似合う長身の男性があった。
「ええ、ステキですよね」と軽く調子を合わせつつ、ところで誰なんだ? とその顔に目を凝らしてみれば、なんと、アストンマーティンのエグゼクティブ・ヴァイスプレジデント兼チーフ・クリエイティブ・オフィサー、マレク・ライヒマン氏その人だった。
「ホイールベースが長くなっている。+80mmだ。そのほとんどをフロントアクスルとドアの前端までの延長に充てたんだ。フロントエンジンのスポーツカーって、こうでなければ高性能に見えない。『スタイリングから性能がわかるようにしたい』って、エンジニアにも言ったんだよ」
以前よりフロントミドをより意識されたわけですね。
「そうだ。そのうえで前後のスタンスを広げ、コーダトロンカのリアスタイルとして、より力強さを強調した。もちろんグリルも大きくなっている。新しいV12エンジンは相当にハイスペックになったから、冷却性能も50%引き上げる必要があったんだ」
とても大胆(ボールド)な変身ですよね。
「そう、そのとおり。新型はボールドチェンジだ」
だったら、中身もまるで変わったに違いない。
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跳ね馬、何するものぞ!
ドライブフィールもきっと先代にあたる「DBS」とは違う。チーフデザイナーの言葉は私をそう確信させるに十分な説得力を持っていたというわけだった。
そして、翌朝。試乗前にエンジニアやデザイナーから今一度、ヴァンキッシュの要点をレクチャーされた。新たに開発されたプラットフォーム、中身はほとんど新設計というべきV12エンジンとその途方もないスペック、ビルシュタインとの共同開発によるDTXダンパーを柱とした新たなサスペンションシステムなど、聞けば聞くほどにその確信は深まっていった。
最高出力835PS。マラネッロの駿馬(しゅんめ)「12(ドーディチ)チリンドリ」を十分に意識したスペックに違いない。2機の大型ターボチャージャーが備わるため最大トルクはなんと1000N・mで、こちらはかのイタリア製を300N・mも上回っている。この強大なトルクスペックに耐えうるトランスミッションといえば、もちろんZF製8段ATだ。
筆者に割り当てられたのは「イプシロンブラック」の個体で、ホイールやインテリアも黒系という“オトナのゴージャス”なヴァンキッシュであった。
設定された試乗コースは、フネ好きにはたまらないコスタ・スメラルダ(エメラルド海岸)のリゾートホテルを出発し、サルデーニャ島の北部を駆け巡ってまたホテルへと戻ってくるというルートだ。以前にも走ったことがあって道幅はさほど広くないと知っていたから、ブリティッシュライトウェイトカーならいざ知らず、800PSオーバーの豪華なGTスポーツカーにはちょっと厳しい舞台になるのでは、と危惧したけれども……杞憂(きゆう)であった。
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驚異の一体感
「ドライバーとのエンゲージングを最も大切にした」。朝のレクチャー時にエンジニアがそう語っていた。果たして、少々荒れぎみの舗装が続く道を走りだして5分もしないうちに、今までのアストンマーティンモデル、少なくともFRのロードカーにはなかった類いの、マシンとの一体感が得られた。物理スイッチを多く残したモダンなコックピットデザインもまた好ましい。
同時に、NVH対策の向上も著しいと知る。DBSと同様にソリッドな乗り心地ではあるが、断然にコンフォートになった。ボディー骨格は硬く、それでいて車体が隅々までちゃんと骨と筋肉でつながっている感覚もある。以前のDBSやヴァンキッシュは、どちらかというと太い骨だけで車体が構成されているようなライド感が先に立っていたものだ。
カントリーロードではノーズの長さをまるで感じさせなかったし、広がったという車幅もさほどプレッシャーとは思わせない。まさに一体感の恩恵というものだろう。狭いカーブでトラックとすれ違う際にも、こちらの走り位置がちゃんとわかっているから、ひるむことなく抜けていけた。
ハンドリングの“意のまま感”もまた歴代アストン製FRのなかでは抜きんでて素晴らしいものだった。なんなら最新の「ヴァンテージ」をも上回っているとさえ思う。長さや幅など意に介することもなく、望みのラインをよどみなく正確にトレースさせることができる。フロントアクスルの左右の支え感が抜きん出ているから、コーナーの内側をグイグイと攻め込んでいけるが、過ぎるということがない。正確だと思えるわけもそこからだろう。
技術のすごさが実感できる
ハンドリングパフォーマンスの目を見張る向上の背景には、前後の重量配分を51:49としたうえで、新たなダンパーシステムや強化されたシャシーとブレーキなどを統合的に制御するシステムの優秀さがあった。
なかでも、後輪の制動力を活用して姿勢を制御する「コーナーブレーキング2.0」と、よりコンパクトなヴァンテージなみの制動性を目指したというブレーキ制御システムが大いに力を発揮する。シリが滑り出す、なんて感覚がみじんもなく、常に地面に張り付く印象が何より勝っていたから、安心して踏み込んでいけたのだった。
そして、新型ヴァンキッシュにおいて最も驚かされたのはその中間加速だ。オートマチック+スポーツモードを選択してすいた直線路を走行中に、前を走るバンを追い抜こうとした時のこと。対向車線に出てアクセルペダルを踏み抜いたその瞬間、まるで前もって加速の準備をしていたかのように(いや、実はそうであることを後から知ったが)、かっ飛んだ。気付いてみればあっという間に速度計は“大台”を超えている。それでいて車体の安定感はすさまじく、そこまでの速度感がない。控えめなグラフィックメーターパネルの数字を見て、慌てて右足を緩めたのだ。これが1000N・mの威力であり、そして「ブーストリザーブ」という新たな“加速準備機能”の成果である。
加速途中のエキゾーストサウンドも最新モデルにしては相当に勇ましい。12気筒サウンドを存分に楽しむことができた。これもあえて言うなら、かのイタリア産を上回る豪勢な音だったといえそうだ。
アストンマーティン・ラゴンダは、12気筒エンジンを積んだFRモデルを今後はヴァンキッシュに限定し、年産1000台以下に抑える予定である。デリバリー開始は2025年の春から。ちなみに、世界で最も予約受注が多かったのは「東京」だそうだ。
(文=西川 淳/写真=アストンマーティン/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンキッシュ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4850×1980×1290mm
ホイールベース:2885mm
車重:1774kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:5.2リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:835PS(614kW)/6500rpm
最大トルク:1000N・m(102.0kgf・m)/2500-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y/(後)325/30ZR21 108Y(ピレリPゼロ)
燃費:--リッター/100km
価格:--万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2024年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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