第897回:狭いイタリア そんなにデカい米国系ピックアップをなぜ買うの?
2025.02.13 マッキナ あらモーダ!メルセデスじゃダメなんです
近年、イタリアの路上で目立つものといえば、米国系ブランドのピックアップトラック(以下ピックアップ)である。
最もよく見かけるのは、フォードの正規販売店を通じて販売されている「レンジャー」だ。イタリアを含む欧州ではタイ工場製のものが輸入されている。加えて、最近はレンジャーよりも車格が上の「フォードF-150」や「ラム1500」も見かけるようになった。
フォード・イタリアによる2025年1月24日の発表によると、商用車部門のフォード・プロは2024年に同国で過去最高の3万5000台を販売。市場占有率は19.7%に達した。好業績にはカーゴバン「トランジット」とともにレンジャーが貢献したことが報告されている。
いっぽうで、レンジャーと同じミッドサイズピックアップであるにもかかわらず、「メルセデス・ベンツXクラス」を見かけることはまれだ。同車は「日産ナバラ」のシャシーを流用してスペインで生産されていたが、2020年にそれも終了となっている。「ピックアップの本場といえばアメリカン」という欧州ユーザーとしては、興味の対象外だったのだ。エキゾティズムに、たとえ天下のメルセデスといえど立ち向かえなかった。
「それにしても、国土面積で比較すれば日本の75%で、歴史的旧市街・郊外道路とも道幅が狭いイタリアで、なぜアメリカの大きなピックアップが?」という疑問が湧いてくる。
人気の背景
イタリアでピックアップが人気となったきっかけの第1は、欧州におけるフォードのマーケティングである。近年、同社は積極的に「マスタング」「マスタング マッハe」「ブロンコ」といった、北米市場に照準を据えたモデルを欧州にも導入している。いずれも一台あたりの利益が大きい車両だ。レンジャーもそうしたストラテジーの一環である。そこにF-150やラム1500を並行輸入する業者が便乗。市場ムードを形成した。
第2は意外な税額である。車両価格に関していえば、安くない。レンジャーこそシングルキャブで税別2万7400ユーロ(約428万円)から設定されているが、いずれも並行輸入のF-150ダブルキャブは税込み11万8852ユーロ(約1857万円)、ラム1500は税込み1万0900ユーロ(約1700万円)前後だ。また、馬力あたりで厳格に自動車税が計算されるイタリアで、最高出力が401PSもあるラム1500を乗り回すのは、経済的自殺行為のはずなのだが……。
そうしたときに思い出したのは、フォード・レンジャー170PSディーゼルに乗るオーナー夫妻だ。彼らに確認してあぜんとした。自動車税はたった年間52.19ユーロ(約8100円)であるという。筆者が所有するコンパクトカーは140PSで283.78ユーロ(約4万4340円)。レンジャーは最高出力が高いのに、税額は5分の1以下なのだ。
理由は、レンジャーが欧州連合で車両重量3.5t以下の商用車規格「N1」の対象だからだ。イタリアでは「アウトカッロ」と呼ばれている。日本でいう4ナンバーに近い。
それでいて車検は乗用車と同じだ。日本の4ナンバーは初回の車検が2年後、2回目以降は1年ごととなるが、イタリアの場合、初回は4年後。以後はずっと2年ごとでよい。保険も乗用車より安い。さらに年間20%の減価償却が認められている。知人のレンジャーも法人名義なので、彼らの会社はその特典にあずかれる。
第3は、主燃料にLPガスを、副燃料にガソリンを使用するバイフューエル車に改造できる環境だ。イタリアはLPガスの充てんスタンドが特に整備された国のひとつであることから、バイフューエルにコンバートしてくれる工場が容易に見つかる。自社が手がけているスタンドも少なくない。LPガスはガソリンやディーゼルよりも安価なので、改造さえすれば、たとえ大排気量車でもそれなりに出費を節約できるのだ。現に、前述の一部の並行輸入業者は、改造してガスタンクを搭載した状態で米国系ピックアップを販売している。また、イタリアで一般的に商用車は乗用車よりも長く使われる傾向にあり、サステイナビリティーという点でも一理あるのだ。
そうしたメリットに付け加えれば、一歩郊外に出れば未舗装路が少なくないことや、近年の天候不順も、走破性が高いピックアップへの関心を高めている。
この話をわが細君にしたところ、「うちのクルマがくたばったら、次はピックアップにせよ」とのたまう。2人家族ゆえダブルキャブ仕様はいらないから、さらに選択肢が広がる。しかし調べてみると、イタリアの場合、数々の法的グレーゾーンがあることが判明した。
グレーゾーンでもある
それが、最も明瞭かつやさしく記されていたのは、スズキ・イタリアの公式サイトである。4代目「ジムニー」も、前述のN1規格のメリットに浴せるからか、そこには商用車登録ならではの注意点がQ&A形式で解説されていた。以下は概要だ。
最初は「親戚や知人を乗客として輸送できますか?」という問いだ。これに対しては、「残念ながら、その答えは道路交通法に明記されていません」とことわったうえで、こう続けている。「しかし、イタリア交通警察のより明快な解説によれば、N1車両では、移動する車両の使用または輸送に必要であれば、車検証に規定されている範囲内で乗客を輸送できます」。慎重に解釈すれば、家族の送迎やレジャーは可否の判断が難しくなる。
続くは「未成年者はN1車両に乗せられますか?」との質問である。何が言いたいかといえば、ビジネスでの乗車が想定されない人物、例えば子どもを乗せても構わないか? ということだろう。これに関してもスズキ・イタリアは、「道路交通法では直接言及されていません」と前置きしたうえで、法律の他の条文を参照すると「未成年者が積載物を使用する場合、または運搬に必要な人員である場合に限り同乗できます」と説明している。
わが家には子どもがいないので、それはたいして気にならないが、続くQ&Aが問題だった。「会社名義のN1車両は、土日に運転できますか?」との質問に対する答えだ。「可能ですが、会社名義かつ税額控除対象である場合、曜日に関係なく通常業務以外の目的で使用はできません。運転者は会社の所有者、共同経営者、従業員または商品を受領)する企業の所有者、共同経営者、または従業員のみです(この場合、書類を提示する必要があります)。同じ制限は同乗者にも該当します」とある。
路上検問などにおける公安関係者の解釈次第では、ピックアップのレジャー使用は違反と判断されてしまう危険性がある。わが家のように、物理的に商品を輸送する可能性が低い場合、そして目立ちやすい外国人の場合は避けたほうがいい。李下(りか)に冠を正さずである。
そういえば、米国系ピックアップで思い出すのは十数年前、ある祭りでのことだ。「怪力男ショー」という催しが組まれていた。ステージには1台の乗用車が載っていた。
怪力男は本人の体格にふさわしいマットブラック塗装のラム1500に乗って登場した。開催時間、まず怪力男は司会者の質問に答えるかたちで、格闘技や武道における受賞歴を誇らしげに語った。続いて彼は、乗用車が載った台座に手を掛けた。そして雄たけびとともに持ち上げてみせた。取り巻いていた観客からはやんやの歓声が沸いた。
イベント終了後、別行動で会場内を散策していた細君が筆者にささやいた。まだ残っていたステージ上のクルマを怪力男の要領で持ち上げてみたところ、難なく浮き上がったというのだ。どうやら「てこ」の原理を導入していたらしい。筆者も試してみたかったのだが、怪力男が帰ってきて「てめえ、余計なことしやがって!」などと絡まれるといけないのでやめておいた。税金や法制度しかり、ピックアップトラックの周囲にはトリッキーなものがつきまとうようだ。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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