第903回:そして私は(ほぼ)宗教家になった ロレンツォ視点で見るTOKIO 2025
2025.03.27 マッキナ あらモーダ!外国人が活用している、意外なもの
2025年3月、筆者はイタリアから東京に降り立った。前回訪れたのは2023年11月だから(その1、その2、その3)、1年4カ月ぶりということになる。今回は、滞在中に感じた変化と悲喜こもごもを記す。
いくつもの統計が示すとおり、東京は前回訪問時以上に訪日観光客であふれていた。筆者が滞在した民泊は住宅街にあったが、同様の施設が周辺にほかにもあるらしく、チェックアウトと思われる時間になると、バックパックやスーツケースを携えた外国人があちこちに現れた。
面白いのは、ある雨の日であった。彼らの多くは傘をささない。いっぽうで、やんちゃざかりの若者数名が、「ハンズ」の店頭に敷いてある足拭きマットで、丁寧にスニーカーの底を拭いてから入店していた。いずれも、欧州の多くの国で浸透している習慣を、そのまま日本でも実践している。
また今に始まったことではないが、東京には2つのものが氾濫している。1つ目は色の氾濫である。強調したいメッセージを周囲との均衡を考えることなく表示するものだから、色の洪水となる。2つ目は音だ。駅では発車メロディーが絶え間なく流れている。量販店では店内放送が「ソソ~ラ、ソミソ!」を繰り返す音声POP「呼び込み君」を繰り返している。さらに駅では別々のホームの2つの旋律が重なり、店内でもタイムセールのアナウンスが音楽にかぶさる。
他国からやってくる観光客は、それらをエキゾチックな感覚として楽しんでいるようだ。秋葉原の歩行者天国で、記念写真を撮影している外国人観光客が多いことからしてもそれはうかがえる。しかし、長くいると、この色と音の無秩序がストレスの原因になり得ることを、なぜ指摘しないのだろう。音楽は静寂から、美術は透明から生まれる。少なくとも、東京の生活にどっぷりと漬かっていては、優秀なアーティストやデザイナーは生まれないと思う。訪日ブームよりずっと以前から日本を愛していた、イタリアやフランスの知日知人たちが、羽田や成田に到着すると東京を避け、田舎に向かってしまう理由もおのずとわかるのである。
ところで訪日観光客を観察していると、多くが近年導入された「駅ナンバリング」を活用している。JY17が新宿駅、JK23が浜松町駅……というやつだ。ある日、筆者と偶然出会い、銀座までの経路を聞いてきたイタリア人も、私が乗換駅を教えると、都営浅草線の大門駅を示すナンバーを「E20、E20」と暗唱していた。大半の日本在住者が意識していない、それもいわばアナログ的システムだが、便利に用いられているのはあっぱれである。
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家電量販店から見えてくる「次の潮流」
自動車の変化で気がついたものといえば、かつてトヨタの「クラウン」や「センチュリー」、もっと以前には「三菱デボネア」があふれていた丸の内・大手町かいわいの黒塗り自動車に、「トヨタ・アルファード」や「ヴェルファイア」が増えたことである。乗降性を重視しての選択であることは間違いない。いっぽうタクシーでは「トヨタ・シエンタ」の採用例が増えた。「フィアット・パンダ」を巨大化したようなデザインはいまだ評価に苦しむが、利便性としては「ジャパンタクシー」の代替として使用できるだけのものがあると評価されている証しだろう。
一般ユーザーが乗るクルマでは「メルセデス・ベンツGクラス」の増殖ぶりには目を見張るものがあった。また、「ロールス・ロイス・スペクター」「アストンマーティンDBX」「ランボルギーニ・ウルス」といった『GENROQ』系が、さりげなく走っているのには驚いた。イタリアの一般路上では恐らく今後も見ることはないであろう。
いっぽうで、「ルノー・アヴァンタイム」「フォルクスワーゲン・アルテオン」といった欧州市場におけるしくじり系モデルや、イタリアではかなり減った「アルファ・ロメオ・ミト」が大切に乗られているのを目撃したときはほほ笑ましかった。
こうした多様性を観察していると、1980年代末の「トヨタ・ソアラ」や「日産シーマ」に支えられたハイソカーブームのように、多くのドライバーが同じ傾向のクルマを指向する時代は、二度とこないだろうと思えてくるのである。
家電量販店のテレビ売り場をのぞけば、LGといった韓国ブランドの代わりに、中国のTCLが広い展示スペースをとるようになっていた。ヨーロッパの自動車市場で、韓国系のヒョンデ、キアに代わり、中国系のMGやBYDが存在感を増してきたのを想起させる。実際、イタリアの2025年2月の新車登録台数において、上海汽車系のMGは4643台で、ヒョンデの4059台を超えている(データ出典:UNRAE)。日本では2025年2月の登録台数でBYDは221台。こちらはヒョンデを抜いているばかりか、いくつかのイタリアやフランス系ブランドをも上回る数字だ(データ出典:JAIA)。かつて無敵といわれたデジタル家電や白物家電の分野で、日本のブランド神話は次々に崩壊してしまった。日本の自動車市場でも同様のことが起きる時代が到来するかは、輸入車をステータスシンボルとして捉え続ける人々がいつまでいるかが鍵となろう。
そして彼しかいなくなった
電車の車内では、かつての「英会話教室」の広告がほぼ消滅していた。オンラインやアプリでの学習に取って代わられたことを表している。
それ以上に車内広告で寂しかったことは「移動中のお供たるタレントがいなくなった」ことである。筆者がイタリアに住み始めた1990年代末、それは藤原紀香だった。その後、篠原涼子、蛯原友里、トリンドル玲奈、と次々と変わっていった。しかしふと気がつけば、もはや誰も知っている人が見つからない。ディスプレイ式の動画広告内もしかりである。ちなみに、イタリアやフランスでは熱心なスポーツファンを除いて知る人が少ない大リーグの大谷翔平選手が、無数の広告に登場しているのにはあぜんとしたが、彼も数年後には彼女たちと同様の運命をたどるだろう。
そうしたなか、唯一見覚えのある人物が電車内のステッカー式の広告にいた。首都圏在住の読者なら一度は見たことがあるであろう、強運に関する著書や奇抜なコスチュームプレイで知られる宗教法人の代表だ。もはや東京の電車内で不変なのは、この人だけか。あらゆる新興宗教に無縁の筆者であるが、つり革にぶら下がりながら「お互い元気でいようぜ」と心の中で声をかけてしまったのだった。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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