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第839回:大矢アキオの東京アディショナルタイム(その3) ―「快適なのにストレスがたまる都市」その理由―

2023.12.20 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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若者のスーパーカー事故が相次ぐ

イタリアでは、高馬力車による若者の事故が社会問題化している。直近では2023年9月、ナポリ郊外で27歳の男性がレンタカーのランボルギーニを速度超過で運転していたところ道路を逸脱。重傷を負った。続く10月にはフィレンツェで、やはり若者が乗る「ポルシェ・マカン」が追い越しに失敗し、歩道に乗り上げた。

最も論議を巻き起こしたのは6月、ローマ郊外で発生した事故だ。こちらもレンタカーの「ランボルギーニ・ウルス」を操縦していた若者が一般道で「スマート・フォーフォー」と衝突。スマートに乗っていた5歳児が死亡、妹と母親が重傷を負った。現地報道によると、ウルスに乗車していたのは若者5人で、いずれも20代だった。衝突時の速度は124km/hに達していたという。彼らは登録者数60万人をもつ動画チャンネル「ザ・ボーダーライン」を運営していて、当日も50時間降車なしで操縦するシリーズの撮影中だった。

イタリアでは2011年の法改正以降、免許取得後1年は最高出力70kW(約95PS)を超過する車両の運転が禁止されている。ウルスを操縦していた若者の運転年数は明らかにされていないが、事故を機会に若者の高馬力車の運転について、運輸インフラ大臣も巻き込んだ議論が再度行われ始めた。

貸し出す側の問題も指摘されている。イタリアで多くのレンタカー業者は、高級車の貸し出しを25歳以上に限定している。だが、ウルスを貸し出した会社は、追加料金を支払うことで25歳未満でも借りられるようにしていた。筆者が同社のサイトを参照したところ、すでにウルスは消えていたが、「フェラーリ・ポルトフィーノ」の基本料金は一日1500ユーロである。人気ユーチューバーにとっては取るに足らない金額である。またレンタカー業者は、貸し出し条件を緩和することで、動画投稿サイトに社名を露出してもらえると考えていたのではなかろうか。

いっぽう、日本で後を絶たないのが高齢者の運転による暴走事故だ。当事者の多くは「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と証言している。イタリアでも近年、類似した事故が報じられるが、日本と比較するとその頻度は圧倒的に少ない。AT車の低い普及率が、踏み間違い事故を抑制しているに違いない。イタリアと日本、どちらの交通環境が安全なのかは難しいところだが。

ともあれ今回は、2023年11月下旬に4年ぶり東京に降り立った筆者が、あらためて感じた日本と外国の違いについて記す。

「トヨタ・アルファード/ヴェルファイア」は、東京都心においては運転手付き車両の需要もかなり高いとみた。新橋で。
「トヨタ・アルファード/ヴェルファイア」は、東京都心においては運転手付き車両の需要もかなり高いとみた。新橋で。拡大
そのデザインに疑問を抱いてきた筆者を横目に、もはや東京都心の一風景を構成していた。永田町で。
そのデザインに疑問を抱いてきた筆者を横目に、もはや東京都心の一風景を構成していた。永田町で。拡大
代官山蔦屋書店で。2022年に三樹書房から刊行された著書『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』拡大とともに。
代官山蔦屋書店で。2022年に三樹書房から刊行された著書『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』とともに。

子どもがどのように育つのか

渋谷では、外国人観光客たちが極彩色のネオンあふれる街にスマートフォンのレンズを向けていた。かつてデザイナーを含む有識者たちと「色が氾濫する東京の景観をなんとかしなくては」と盛んに議論していた筆者としては、なんとも複雑な心境になる。

在住外国人の姿も増えた。事実、筆者の音大時代の先輩で、子ども向けバイオリン教室を主宰している人によると、「中国系の生徒が複数いるのは、ここ数年当たり前」という。彼らの保護者たちは、日本の大学を卒業したあと都心の中国系企業に勤務しているのだそうだ。慣習も心得ており、彼女いわく「お中元・お歳暮も欠かさない」らしい。

外国人といえば、筆者は旅行客からたびたび声をかけられた。欧州の大都市では見知らぬ人から呼び止められたり道順を聞かれたりしたら、即座にスリかと身構える。だが、東京独特のムードが警戒感を緩ませ、筆者を「声をかけやすそうな人間」に変貌させるのに違いない。代官山の大型書店では本を探すイタリア人夫妻に、秋葉原ではシンガポールから来たという男性に、地図を見せられながらレンタカーの返却場所を尋ねられた。

このように外国人が増える東京で育った日本の子どもたちが、将来どのような国際センスを備えるのかも興味のあるところだ。しかしながら、考えさせられる外国人にも出会った。

渋谷で。外国人観光客とみられる人々が、ネオンにスマートフォンのレンズを向けていた。
渋谷で。外国人観光客とみられる人々が、ネオンにスマートフォンのレンズを向けていた。拡大
秋葉原で。中古のコンパクトデジタルカメラに興味を示す人たち。こちらも大半は外国人である。
秋葉原で。中古のコンパクトデジタルカメラに興味を示す人たち。こちらも大半は外国人である。拡大
表参道のリユース服ショップ前で。高級ブランドのビンテージを売るコーナーも、主役は外国人観光客だった。
表参道のリユース服ショップ前で。高級ブランドのビンテージを売るコーナーも、主役は外国人観光客だった。拡大

日本にはストレスが多すぎる

それは、ある家電販売店の従業員だった。彼がアジア系でないのは、たとえマスク着用でも目元で即座に判明した。長年住む在日外国人に共通する現象で、表情が硬くなっているのもわかった。その日は、彼から商品をひとつ購入して帰った。

1週間後に同じ店をのぞくと、同じ外国人店員が立っていた。筆者は「この間はありがとう。君が薦めてくれた商品は最高で、今日も使ってるよ」と話すと、無表情だった彼の顔が、一瞬にしてほころんだ。さらにイタリア在住であることを明かすと、彼も出身国の名前をうれしそうに教えてくれた。旧ソビエト連邦の一国だった。しばらく雑談をするうち彼は、ぽつりと聞いた。「イタリアと日本、どっちのほうがストレスが少ないですか?」

「どちらにも美点と欠点はあります」と、日本人的模範解答をする筆者に対して、彼はずばり「日本はストレスが多すぎます」と言い切った。他客が待つレジなので、それ以上の追究はせず、その場を去った。ただし、電子機器の商品説明がこなせるほど日本語が堪能な在住外国人が疲れを感じるのには、なにか理由があるはずだ。

その外国人店員の母国をくわしく知らないから、想像には限界がある。だが筆者の東京経験をもとに思いついたのは、

  • 日本の人々は感情を表情に出さないので、何を考えているのかわかりにくい。意見はその場で示さず、あとで言う。
  • 街や商店にBGMが、駅にはアナウンスや発車メロディーが絶えずあふれている。静かな場所が極めて少ない。
  • 駅や車内でぶつかっても謝らない人々。

といったものだ。

その晩、あらためてイタリアと日本の違いを思い浮かべると、さらに外国人店員が言う「ストレス」の姿がわかってきた。

2023年12月シエナ。クリスマスの買い出しでにぎわうスーパーマーケットで。
2023年12月シエナ。クリスマスの買い出しでにぎわうスーパーマーケットで。拡大
JR線車内で。“ご了解いただきたい事項”が羅列されている。目的あるコミュニケーションも度が過ぎると、人間社会の潤いを減らしかねない。
JR線車内で。“ご了解いただきたい事項”が羅列されている。目的あるコミュニケーションも度が過ぎると、人間社会の潤いを減らしかねない。拡大

「たわいもない会話」の欠如

東京では、駅員が経路検索アプリ以上の出口情報や混雑情報を、丁寧に教えてくれる。店舗で商品の在りかを聞けば、たとえ100円ショップのアルバイト店員でも棚まで案内してくれる。ある家具店では、たった五百数十円の商品なのに、店員3人がかりで、タブレットを使って他店の在庫まで検索してくれた。ちなみにイタリアのスーパーで同様のことを聞いても、基本的には「何番の列ですよ」「在庫切れです」でおしまいである。すなわち日本では、働く人々の高いモチベーションによって、消費者は極めて快適に過ごすことができる。

では何が足りないか? それは「どうでもいい会話」だ。東京から戻ったばかりのイタリアで、このようなやりとりがあった。こちらのスーパーマーケットは、営業時間中であっても陳列棚への商品補充を頻繁に行う。通路はフォークリフトのパレットや運搬用ケースでたびたびふさがれてしまう。その日訪れた店のある売り場も、商品が通路に積み上げられていた。そうした状況のなか、向こうからやってきた買い物客のおじさんが、筆者に通路を譲ってくれた。筆者は「痩せてるから大丈夫っす」と答えて、積み上げられた商品の隙間を抜けてみせた。するとおじさんは「俺はだめだ。こんなに出っ張ってるからな」とかっぷくのよい腹を突き出してみせた。すさかず筆者が「いいですねえ。私は女房に働かされてばかりだから、こんなに痩せちゃったんですよ」と言うと、脇にわが女房がいたこともあって一同大笑いとなった。イタリアでは、こうしたたわいもない会話が、実は日常のリラックスにつながっている。

もちろん同様のやりとりが成立するかは相手次第であるし、筆者自身も他者との意思疎通を遮断したいときもある。だがそうした、目的のないコミュニケーションが希薄な東京にいると、次第に息苦しくなってくるのである。前述の外国人店員が急に打ち解けたのは、筆者が購入という行為に不要な会話をし始めたからだ。ちなみにそれは、東京に住む一部の日本人も感じているのだろう。ある工事現場で、柵の塗装をしている作業員に筆者が「何層に塗るんですか」と一言尋ねたら、相手は仕事の手を止めてまで丁寧に教えてくれた。会話に飢えていたのだ。

イタリアのスーパーマーケットでは、営業時間中であっても、このように巨大な運搬用ケースなどで通路がふさがれていることがある。
イタリアのスーパーマーケットでは、営業時間中であっても、このように巨大な運搬用ケースなどで通路がふさがれていることがある。拡大
東京都内で。ペッパー君もお疲れか。
東京都内で。ペッパー君もお疲れか。拡大

人生の半分を過ごしてしまったが

ところで今回の東京滞在中、筆者が何度か尋ねられたことといえば「一生イタリアに住むつもりですか?」だ。相手がそうした疑問を抱くのは当然といえば当然だ。

もちろん、イタリアが性に合っているからこそ、人生のほぼ半分を過ごしてしまった。帰路、ローマ・フィウミチーノ空港のバールで一般客や客室乗務員、鉄道の職員、そしてバリスタが雑談を交わしているのを目にした途端、「ああ、帰ってきた」と思わずひとりごちた。

だが実際には「ずっと住むかは、わかりません」としか答えようがない。未来が読めないからだ。例えば医療である。イタリアでは、かなりの大病でも無料になる場合が大半だ。ただし、生死や後遺症にかかわる重要な判断を、医療用語を交えた説明のもとにするような場面を考えた場合、やはり日本語での意思疎通のほうが安心である。筆者だけでなく女房の健康状態に問題があったときも、治療をイタリアでするか日本で行うかを選択することになる。通貨為替も視野に入れなければならない。そもそも、これまでも日本では想像できない事態にたびたび見舞われてきた。「一生住んでやる」などと気負っていたら、健全な精神状態は維持できなかっただろう。

もし将来東京に住むことになっても、音楽や美術、うまい食事、そして女性をめでることができれば、それでいい。さらに今回の滞在でもうひとつ、日本に暮らしたらやりたいことを発見した。東京空白期間に発売されたクルマ、とりわけOEM車のウオッチングだ。「ダイハツ・メビウス」「マツダ・フレア」「日産NV100クリッパーリオ」といったクルマを見つけては、「みんな『トヨタ・プリウス』や『スズキ・ワゴンR』『スズキ・エブリイワゴン』だと思っているに違いない」と独り悦に入る。発見した日は吉、という占い代わりにすれば、さらに楽しいではないか。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

東京滞在最終日、歓迎してくれたイタリア文化会館の皆さん。(左から)スタッフのキアラさん、イタリアからやってきて現在研修中のマティルデさん、アリーチェさん。
東京滞在最終日、歓迎してくれたイタリア文化会館の皆さん。(左から)スタッフのキアラさん、イタリアからやってきて現在研修中のマティルデさん、アリーチェさん。拡大
ローマ・フィウミチーノ空港のバールで。
ローマ・フィウミチーノ空港のバールで。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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