「クルマの走行性能」は、具体的にどの部分で決まるのか?
2025.05.06 あの多田哲哉のクルマQ&A「クルマの走行性能はさまざまな要素で決まる」のを大前提として、あえて聞きます。なかでもエンジニアが「性能の善しあしはこれ次第」と、最重視する部品・部分(エンジン、サスペンション、タイヤなど)は何ですか? その理由についても教えてください。
これはもう、言ってしまっては身もふたもない話なのですが……。ずばり「タイヤ」です。走行性能を高めるという点でいうなら、本当に、これ次第というパーツですね。
自動車の世界では、まずタイヤがどんどん進化して、そのタイヤを使いこなすために、例えばサスペンションの剛性を高めるなど、車体側でも基本性能を向上させてきた、というのが実情といえます。
タイヤの進化はとにかく速い。今のクルマに装着されているタイヤは、ひと昔前のクルマのものに比べてずいぶん太くなっていますよね。あれだけ幅広いタイヤで、基本構造もゴムのコンパウンドも劇的に進化して、路面とのコンタクト、グリップ力はけた違いに上がっています。
タイヤ自体の選択肢も広がりました。燃費方向、グリップ方向と、特性の異なる製品は多数あって、車種のマイナーチェンジの際などは、タイヤを入れ替えるだけでサーキットのラップタイムがポンと上がるので、クルマ自体が大幅に進化したようにアピールすることさえできます。
走行性能の向上という点では、ボディーやサスペンションによる変化と、タイヤによる変化の幅は、まるでレベルが違うのです。
しかし現実には、そういう意識にはなっていません。
その最大の理由は、自動車会社のエンジニア自身が、そう思われるのを最も嫌っているからです。そんなのは悔しいし、認めたくないのです。自動車メーカーにとって、タイヤは膨大な購入パーツのひとつにすぎないのに、そのタイヤメーカー側からごちゃごちゃ言われるのは癪(しゃく)だという気持ちもあるでしょう。
一方タイヤメーカーの人たちは、たとえ上記の自負はあっても、製品の内容については(企業秘密に触れる恐れがあるため)常にオブラートに包んだようにしていて、肝心要のところは伝えません。言われたことには応えるが理由は教えない、という姿勢のメーカーもあります。
そんなタイヤを、車両開発においては、具体的にどういうプロセスで選定するのか? 普通の乗用車でいうと、「だいたいこの車格で2年後に発売することになる。それに対して、使えるタイヤはA、B、Cの3つくらいです」などという話から始まります。いろんなパーツを選ぶ際に、タイヤのチョイスが3種類ほどあるわけです。
とはいえ、現実的に走行性能にこだわるのは一部のマニアックなモデルだけで、多くの車種では「なるべく大径のタイヤを付けたい」という方向になります。基本的に、タイヤって大きいほどカッコよく見えますから、今どきはそれが主流。ただし、タイヤが大きくなると、それだけシャシーに負荷がかかり、構造的なコストがかさむようになるので、そのあたりとの折り合いをつけながら、ということにはなりますが。
発注は1社だけではなく、購買部門と話をして、例えば「今度のクルマのタイヤはトーヨーとブリヂストンから買う」みたいな話をします。
そして開発が進んでいき、最後の最後という段階で、「騒音が大きい」とか「ウエットでの制動距離が長い」とか、目指す走行性能がクリアできない、このままじゃ発売が延期になってしまう、間に合わない! という局面になったところで頼るのが、タイヤなんです。タイヤの性能調整でなんとかしてくれ、と。
もうちょっと転がり抵抗を減らして燃費の数値を上げることはできないか? といった調子で「最後の駆け込み寺」的にタイヤメーカーにお願いして、メーカー装着タイヤの質を微調整してもらう。そんな風にタイヤの質で帳尻を合わせるというのは、よくあることなんです。
スポーツカーになると、どのタイヤを使うかはすごく大事で、幅と径でどういう性能を実現するかが決まってくる。最高峰レースのF1を見ても、タイヤでレースが左右されたり、タイヤに合わせるかたちでマシンを開発したりしていますよね。それと同じです。
それほど重要なタイヤだからこそ、FRスポーツカー「86」の開発では、あえてタイヤに頼らないということも実践しました。
当時のハイパフォーマンスカーの主流は、「日産GT-R」や三菱の「ランエボ」。「ブリヂストン・ポテンザ」や「ヨコハマ・アドバン」のハイエンドなタイヤを履いて、それでこそスポーツカーだという文化があった。実際サーキットでは、そうした仕様のクルマがものすごい勢いで走っていたのですが、いったんタイヤが限界を超えると、いきなりクラッシュに至ってしまう。明らかにドライバー側の能力をタイヤが超越していて、「クルマに乗らされている」という状況を生んでいました。
その点、私は86を、タイヤに頼らずコントロールできる、つまり〝滑りが学べる”クルマにしたかった。まずそれがわかったうえで、タイヤを替えていってほしいと思ったんです。
結果、86には「プリウス」と同じ「ミシュラン・プライマシー」を装着することにして、それに合わせ込むのではなく、よりグリップの高いさまざまなタイヤでもチェックしながら、タイヤに頼らないクルマづくりを徹底しました。あえての決断でしたが、これに対する異論反論のすごさといったら……。
社内で「プリウスのタイヤを付けます」といったら、「バカじゃないのか?」「まったく理解不能だ」と言われ、発売したあとは社外から「トヨタはわかっていない」「こんなところでコストダウンしてどうするんだ」みたいな評価を山のようにもらいました。当時のプライマシーは、ポテンザよりも2~3割高い、とても高価なタイヤだったんですけどね(笑)。このコストのこともまた、社内で問題視された点ではありました。
しかし、プライマシーはサイドウォールの剛性がレースタイヤ並みに高かった。滑り出しは早いが、滑ったあとのタイヤ特性は変わらなくて、コントロールしやすかったんです。それはまさに、FRスポーツカーの運転を練習するには最適のタイヤでした。事実、発売後半年から1年たったころには、「スライドコントロールが上手になった」「FRの楽しさがわかった」というポジティブな感想をもらえるようになりました。
余談も長くなりましたが、何が言いたいかというと、とにもかくにも、自動車の走行性能にとってはタイヤが大事だということ。やはり、これ次第といえるでしょう。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。