プラットフォームが新しくなったら、何がどう変わる?
2025.06.24 あの多田哲哉のクルマQ&A「プラットフォームの刷新」をウリにする新車は多いと思いますが、具体的に、プラットフォームのアップデートはクルマにどのような変化をもたらしますか? 何がどう変わるのか、開発現場にいた多田さんに聞いてみたいです。
それを逆説的に言いますと、「プラットフォームを変えないならば、ごく普通の乗用車だろうがスポーツカーだろうが、前の代のモデルと基本的には変わらない」。そう思っていただいてかまいません。
世代交代においてプラットフォームを流用したクルマというのは、デザインを新しい印象のものに変えたうえで足まわりその他にチューニングを施すなど、お化粧直しレベルのアップデートになります。宣伝文句ではものすごく進化したように喧伝(けんでん)するかもしれませんが、現実的にそんなはずはないのです。
ではプラットフォームを変えたらクルマは如実に進化するのかというと、そうとも言えなくて、大変なコストをかけて気合を入れてプラットフォームを新開発したのにパッとしない、というクルマはたくさんあります。
そんなプラットフォームをイチからつくるというのは、自動車のエンジニアにとっては最高におもしろいことです。クルマの走りの性能から車内のコンフォート性能、安全性能に至るまで、なんだって変えられるのですから。
皆さんが最も関心を寄せるであろう“クルマの走り”については、まずタイヤが大きな決め手になるのですが、その次に重要なのが、前後の重量配分、ホイールベースやトレッド、重心の高さなど。これらの要素で走りの9割以上が決まります。残る1割はなにかといえば、サスペンションのチューニングやボディー剛性などです。
つまり、先代のプラットフォームをそのまま使ったのでは、走りに関することは根本的には変わらない。それ以外の残りをごちゃごちゃといじくりまわして、ああだこうだ言っているにすぎません。
では、それほど重要な要素を、どうやって決めるのか? これは大変難しいことであり、そのバランスを考えて設計できる技術者は極めてレアです。「何をどう変えると、結果的にどんなクルマになるのか」という知識が完全に頭に入っていて、刷新して変えるクルマのイメージもしっかり持ちながら設計できる人。それは私の知る限り、トヨタのチーフエンジニアのなかでもごくわずかです。そうした新規プラットフォーム開発に際しては、“プラットフォーム開発チーフエンジニア”が専従で任命されることもあります。
繰り返しになりますが、プラットフォームを変えれば、クルマのほとんどすべてが変えられます。走りに乗り心地、安全性能。そしてデザインもまた、プラットフォームの影響を大いに受けます。
プラットフォームの一新に際しては、時代に求められていない要素など、あえて捨てる部分もあります。車種間でどのように共有するのかという問題も、大きな検討事項です。車体の大きさごとに分けてラインナップをカバーするのか、あるいは普通乗用車と商用車とで分けるのか。それに別途、スポーツカー用をプラスするのか、など。
そのような開発前段階での設定も、難度の高い課題です。「プラットフォームを変える」とひとことで言うものの、それに至るまでにも大変な手間と時間を要します。プラットフォーム開発は、自動車メーカーが大いに時間をかけて取り組むべき、重要なことがらなのです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。