アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)
違う世界を生きている 2025.12.13 試乗記 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。単なるスポーツカーブランドを超えて
「M1をミルトン・キーンズで降りるとニューポート・パグネルの標識がある。先方には伝えてあるからAカメラマンと行ってきたまえ」
その場でスラスラと地図と電話番号を紙に書いて小林さんはこう言った。「ああ、ホテルは工場のすぐ裏に古いけれどいいところがあるよ」。まだパソコン通信もあまり普及していない1980年代末のことである。失礼ながら普段の小林さんは方向音痴といってもよかったが、自分に関わりのある場所の記憶はまさに手のひらを指すように正確だった。まだ新米の編集部員とカメラマンはその地図を握りしめて、発表されたばかりの「ヴィラージュ」の試乗に向かったのである。
当時すでにアストンマーティンはフォードグループ入りしていたが、引き続きヴィクター・ゴーントレットが会長を務めていた。現在のアストンマーティンはご存じローレンス・ストロール率いる企業連合の傘下にあり、F1やWECに参戦しているばかりでなく、ラグジュアリースポーツカーとハイパーカーを核にしてライフスタイル全般にまでビジネスを拡大している(フロリダにはその名を冠したコンドミニアムもある)。最新型アストンに乗るたびにかつてのアストンマーティンのことを思い出してしまうのは、あまりにも見事なその復活ゆえだろう。
復活の立役者
念のためにちょっとおさらいすると、ヴァンテージはもともと歴代のアストンマーティンの高性能モデルに与えられてきたサブネームである。第2次大戦後の1950年、「DB2」の時代には登場していた伝統のネーミングだが、現在のヴァンテージは最初からヴァンテージとして2005年にデビューしてアストンマーティンを文字どおり復興させたコンパクトな2シータースポーツカーのシリーズを指す(当時もフォードPAG傘下だった)。
その新生V8ヴァンテージ(後からV12モデルが追加されるので区別するのが通例)の初代モデルは、「ロードスター」や「V12ヴァンテージ」などを含めて2017年までの間におよそ2万5000台が生産されたという。いっぽうそれ以前の時代はというと、アストンマーティンは1913年の創立から、V8ヴァンテージや「DB9」(2004年)が登場するまでの約90年間で総生産台数はたったの1万3000台程度といわれている。V8ヴァンテージが最も成功したアストンマーティンといわれるゆえんである。その新生ヴァンテージは2018年にモデルチェンジし、現行型は2世代目である。今回紹介するヴァンテージ ロードスターは2024年に大規模なマイナーチェンジを受けたクーペのオープン仕様である。
ロードスターも大幅パワーアップ
2025年1月に発表された新型ヴァンテージ ロードスターは、当然ながらクーペに準じた内容を持つ。クーペ同様、従来型では猛禽(もうきん)類か爬虫(はちゅう)類のような鋭い表情だったフロント部分はグリルが大型化され、明確にアストンと分かる伝統的なファミリーフェイスに一新された。エンジンのパワーアップに伴って必要になった冷却性能向上は、このグリルとサイドインテーク、そしてリアのディフューザー形状などに表れている。タイヤサイズもさらに拡大、全幅も30mm広がっているという。
一般的な開き方に改められたフロントフードの下(従来型はフェンダーもろともガバリと開く)、例によってフロントバルクヘッドにめり込むように搭載された4リッターV8ツインターボは、10年ほど前から提携関係にあるメルセデスAMG由来のV8ツインターボだが、マイナーチェンジの際に大径タービンの採用やカムプロファイルの変更などによって、665PS/6000rpmと800N・m/2000-5000rpmに最高出力・最大トルクともに大幅に引き上げられている。従来型は510PS/6000rpmと685N・m/2000-5000rpmだったから桁違いのパワーアップである。いつもならいかにも強靱(きょうじん)そうなブレースバーやキャストアルミむき出しのストラットトップなどに見とれてしまうのだが、今回の試乗車はストラットトップの仕上げがちょっと雑で、表面のバリを削った跡がそのままになっているのが気になった。アストンならばフードの下も鑑賞にふさわしいものであるべきだ。
カーボンプロペラシャフトとトランスアクスル式の8段ATを介して後輪にパワーを伝える駆動系に変わりはなく、電動ソフトトップを備えても(クーペと比べた重量増加は60kgに抑えられているという)前後重量配分は49:51とクーペと事実上変わらない。0-100km/h加速3.5秒、最高速325km/hという性能データもクーペと同じである。Z字型に格納される軽量ソフトトップの開閉に要する時間が6.8秒と同種のなかで最速というのが最新型の自慢である。
もはや一品ものである
これほどのパワーを後2輪駆動で使いこなせるものだろうか、と恐れおののくのも当然のスペックだが、最新のヴァンテージ ロードスターは、一般道ではまったくたけだけしさを感じさせない。「スポーツ」モード(これが基本モード)でもはっきりと締め上げられていることはもちろんだが、乗り心地は以前よりも明らかに洗練されている。従来型では路面が荒れた山道に挑むと、荒々しく跳ねて接地性が失われることもあったが、新型はより寛容になったようで大入力も平気な顔で受け止める。
とはいえ、これだけのパワーを開放すれば2本のタイヤは簡単にグリップを失う。最新のヴァンテージはトラクションコントロールの介入レベルを9段階に調節可能な「ATC(アジャスタブルトラクションコントロール)」を装備することも特徴だが、それには一切触れないままでもスロットルペダルを深く踏み込めばトルクが湧き出す3000rpmぐらいで後輪が空転を始めるのだ。電制デフをはじめとする電子制御システムのおかげでそれほど心配は要らないが、エレガントな身のこなしの奥にはたけだけしい悍馬(かんば)が隠れている、という緊張感が常にある。それこそジェントルマンドライバーの望むところなのだろう。
ただし庶民にはますます縁遠く、無数のオプション代はいまや非公表だ。ちなみにフラッグシップの「ヴァンキッシュ」などは車両価格(本国では33万英ポンドという)も非公開というから驚きだ。カスタマイズプログラムでいかようにも仕立てることのできるメイドトゥオーダーの少量生産車のうえに(実際の納車までに時間がかかる)、円安が止まらない為替レートを考慮すればそれも理解できないことはないが、冷やかしはご遠慮くださいと言われているようでちょっと寂しいのも正直な気持ちである。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝/車両協力=アストンマーティン ジャパン)
テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4495×1980×1275mm
ホイールベース:2705mm
車重:1800kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:665PS(489kW)/6000rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2750-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 XL/(後)325/30ZR21 XL(ミシュラン・パイロットスポーツS 5)
燃費:--km/リッター
価格:2860万円/テスト車=--円
オプション装備:エクステリアカラー<サテンイリデッセントサファイア>/アッパーインテリア<ネイビーブルー[セミアニリン]>/ロワーインテリア<ネイビーブルー[セミアニリン]>/カーペット<オブシディアンブラック>/ヘッドライナー<オブシディアンブラック>/Bowers & Wilkinsオーディオシステム/エクステリアバッジ<アストンマーティンブラックウイングス&スクリプト>/カーボンセラミックブレーキ/センタートリムインレイ<サテン2×2ツイルカーボンファイバー[ブルーティンテッド]>/Qペイント<サテン>/フロントグリルスタイル<ブラックベインズ>/インテリアジュエリーパック<サテンダーククロム>/スポーツステアリングホイール<ヒーテッド>/スモークテールライト/エクステリアパック<グロス2×2ツイルカーボンファイバー[アッパー]>/エクステリアパック<グロス2×2ツイルカーボンファイバー[ロワー]>/インスパイアコンフォートインテリア<モノトーン>/アンブレラ&ホルダー/IPアッパートリムインレイ<サテン2×2ツイルカーボンファイバー[ブルーティンテッド]>/21インチYスポークフォージドホイール<サテンブラック>
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:6710km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:297.0km
使用燃料:45.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.6km/リッター(満タン法)/7.1km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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