スバル・インプレッサWRX STI spec C(4WD/6MT)【試乗記】
伝家の宝刀 2009.08.19 試乗記 スバル・インプレッサWRX STI spec C(4WD/6MT)……389万5500円
競技車両のベースとして1000台が限定生産される「インプレッサWRX STI Spec C」は、抜群に完成度の高いモデルだった。
限定1000台、完売必至か?
炊きたての新米を食べた時とか、月に一回ぐらいフンパツしてヱビスビールを飲んだ時なんかに、「あぁ、日本に生まれてよかった」と思う。で、「スバル・インプレッサWRX STI Spec C」(以下、スペCと略します)が368万5500円で買えるなんて、日本人は幸せだと思う。
スペCの欧州での価格は未発表だけれど、日本では336万円で売っている2.5リッターの「インプレッサWRX STI A-Line」がドイツだと4万9490ユーロで売られているという先例がある。1ユーロ=134円換算で、668万円強!! ここから推測するにスペCは5万ユーロクラスで、ちょうど「ポルシェ・ボクスター」あたりと同価格帯になる。
スペCに乗りながら思い出すのは、以前に取材させていただいた刃物研ぎの名人が仕上げた包丁だ。あの切れ味は凄かった。軽く添えた親指に力を加えると、力の入れ具合に微妙に反応した刃がジャガイモの凸凹した表面をきれいにトレースする。ムダな力が要らないから疲れないし、思い通りに刃を動かせるから間違って自分の指を切る心配もない。
あの時、刃物って切れ味がニブいほうが危ないということを知った。競技車両のベースとなることを想定して開発したスペCもまた、エンジンやブレーキが正確かつ思い通りに作動するからストレスを感じない。クルマも、研ぎ澄まされたもののほうが安心&安全なのかもしれない。スペCは、まさに伝家の宝刀だ。
モータースポーツのホモロゲーション取得を前提として企画されたスペCの18インチ仕様は、グループNのホモロゲーション獲得を目的に1000台のみが生産される。2009年12月27日までに900台を限定販売し、残り100台が全世界のレーシングチームに供給される。この値段でこの中身だからアッと言う間に完売となるのは間違いないけれど、17インチ仕様は台数、販売期間ともに制限がないという。
速いだけじゃない手の込んだエンジン
外観は「これじゃモノ足りん!!」という意見が出そうなぐらいおとなしい。インテリアも、赤い糸で「STI」と刺繍されたレカロシートがちょい目立つぐらい。クルマに興味がない方がご覧になったら、フツーの5ドアハッチバック車だと思うはず。けれどもひとたび走り出すと、このクルマがタダ者ではないことがビンビン伝わってくる。
クラッチは重くない、と書くとウソになるけれど、それは足裏に心地よい適度な重み。クラッチペダルの動きは実にスムーズで、発進時にクラッチをミートするタイミングがつかみやすい。手応え抜群の6段MT、そして踏み応え良好のクラッチペダルを操りながらのマニュアルシフトは快感だ。2ペダルのDSGもいいけれど、出来のいいマニュアルトランスミッションの操る楽しさも捨てがたい。
2リッターのターボエンジンは低回転域からトルキーで、「競技車両のベース」という出自から想像する気むずかしさとは無縁。最高出力はベースの「WRX STI」と変わらないけれど、タービン軸受けのフリクションを減らすボールベアリングターボの採用や、ECUの専用チューニングの効果か、レスポンスは非常に鋭い。アクセルペダルに載せた右足の親指にちょこっと力を入れると、エンジンがすかさず反応する。
この切れ味の鋭さはスポーティというよりレーシィ、一度味わうと病みつきになる。エンジン特性を変えるSI-DRIVEは、エンジン始動時に常にスポーツモードとなる設定。ちなみに新型レガシィでは、エンジンをスタートすると常に温和なインテリジェントモードになるようにセットされていた。
ノーマル版より30kg軽い
ただパワーがあって速いだけでなく、回した時の「コーン」という音やリニアに盛り上がるトルク感など、このエンジンは演出も上手。それほどスピードを出さなくても、ドライバーはやっている気になる。のんびり走る時にはやさしい性格、回せばアタマの中を真っ白にしてくれるあたり、手の掛かったエンジンは芸が細かい。
柔軟性に富んだエンジンの性格とともに、乗り心地のよさも街なかで乗るには嬉しい。確かに、専用のダンパーやスプリングを採用したサスペンションからは、足まわりを固めた感触が伝わってくる。けれど、サスペンションはいい具合にストロークするから、路面の凸凹をきれいにトレースしてくれる。決して、ぽんぽん跳ねるような安っぽさは見せない。
ワインディングロードでのフィーリングは、ちょっと独特だ。リアタイヤががっちりグリップして安定しているのに、フロントはくるくる向きを変える。しかも前後が別々に動いているわけではなく、一つのカタマリとなってコーナーを駆け抜ける。一糸乱れぬ、と形容したい。
安定しているのに軽快な動きを見せる第一の理由は、まず物理的に軽くなっていることだろう。アルミ製ボンネットと小型バッテリーを採用し、アルミホイールも1本あたり約2kgの軽量化を図った。結果として、「WRX STI」に比べてマイナス30kgの軽量化に成功している。ステアリングホイールを切った瞬間、間髪入れずにノーズがスッと向きを変えるのは快感だ。
今年デビューした新型車の白眉
ひらひら舞う一方で、リアはどっしり安定している。この安定感を醸し出すのは、AWDシステムと水平対向エンジンとを組み合わせたシステム全体の重量バランスによるものだろう。DCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)の「AUTO」モードと「MANUAL」モードは、手元のスイッチで切り替えることができる。センターデフの効きを弱めるとひらひら感が増し、逆に強めるとどっしり感が増す。
面白いと思ったのは、競技を想定した強力なパワーと高度なシャシーが、日常領域では上質感を伝えてくれることだ。前述したようにエンジンのフィーリングは官能的だし、乗り心地も良好。おまけにブレーキやクラッチ、ステアリングホイールなど、実際に手足が触れる部分のフィーリングもダイレクト感に満ちている。プロフェッショナルやエキスパートのために磨きに磨いたものは、普通に使ってもそのよさが享受できるのだ。
とにかく、運転していると集中力がどんどん研ぎ澄まされることが自分でわかる。輸入車、日本車を問わず、ファン・トゥ・ドライブという観点だと今年デビューした新型車の白眉。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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