アストン・マーティンV8ヴァンテージ【海外試乗記(後編)】
ベッツ政権が生んだ小さな宝石(後編) 2008.08.21 試乗記 アストン・マーティンV8ヴァンテージ……1554.0万円〜1756万6500円
いよいよテストカーに乗り込んだリポーターは、走り出した途端に違いを実感する。アウトバーンから峠道にいたるまで、試乗を終えて振り返る「アストンの世界」とは?
『CG』2008年8月号から転載。
緩急自在のフットワーク
先のDBSで初めてお目見えしたECU(Emotional Control Unit)という、ちょっと人を食った名前の長方形のスマートキーを受け取って、センターコンソールに差し込み、およそ2秒間押し続けると僅かなクランキングのあとにクー、フォンッとV8は威勢よく目覚めた。イグニッションキーを捻ってから離れた場所にあるセンターコンソール上のスターターボタンを押す、という両手を総動員する4.3リッター時代の操作とは違って、いまや一連の始動の儀式は遥かにスマートに執り行なわれる。
最初にグレイシャル・ブルー(氷の青)というカラーリングのV8ヴァンテージ・ロードスターを選んで走り出したのだが、ホテルの前のベルジャン路を低速で走り始めた途端に、思わずオッと小さく声を上げてしまった。前235/40ZR19、後275/35ZR19サイズのブリヂストン・ポテンザRE050Aが、あくまでも滑らかに路面を捉えていく様子がよくわかる。言うなればプログレッシブ・レートに躾けられた上質な乗り味ということになるのだが、そんなひと言では違いをとても言い表わせそうになく、これと比べたら4.3リッターモデルのマナーはいくぶん粗野に感じられるほどである。さっそくプレス資料を漁るものの、新型は4.3リッターモデル比でスプリング・レートが前11%、後5%高められていると記されているだけだ。
この日の試乗は短距離だったのでそれ以上の感慨を覚えることはなかったが、日を改めてAMRグリーン(伝統あるアストン・マーティン・レーシング・グリーンの略)のV8ヴァンテージ・クーペでアウトバーンをかっ飛ばし、ケルン郊外の峠道を駆け抜けるとそれは確信に変わった。
ダンパーのスムーズな上下動が従来とまったく異なるのだ。サスペンションの動きを規制せず適度にストロークさせることで、四輪のグリップを稼ぐ考え方はこれまでと変わらないのだが、4.3リッター時代はダンパーの働きがここまで緻密ではなかった。訊けば、ダンパーがカナダのマグネティック社から全モデル、ビルシュタインへ変更されたとの由で、その絶妙な躾け方によってクルマの印象がここまで変わるのか、と改めて感心させられた。
じつはテスト車のクーペには今回から新設されたオプション、スポーツパック・サスペンションが装着されていたことも記しておく必要があるだろう。標準型に対してクーペが前30.7%、後39.1%、ロードスターが前22.5%、後24.7%ほどスプリングレートが高められているという。しかし標準サスペンションとスポーツパックは共通の方向性に躾けられており、旧型に対する印象という点ではそう変わらない。スポーツパックになるとドライバーの操作に対する反応がよりシャープとなり、高いレベルにまで追従できるダイナミクス性能を備えているのが主な違いとなる。
50:50を実感
ステアリング・フィールが洗練されたことも見逃せない。資料にはジオメトリーを変更したうえフロントサスペンションのロワーアームのブッシュを22%強化したとあるが、とくに微小舵角域の操舵感が一層磨きこまれたように思う。
これが雨に濡れた峠道でも自信をもって飛ばせた理由のひとつで、フロントタイアへ適切な量の荷重をきちんと掛ければ、ノーズはどんどん鋭くイン側へ切れ込んでいくから曲げるのに苦労はいらない。右足を踏み込めば、そこからV8ユニットを咆哮させてパワースライドに移行するのも造作のないことで、ロッキングファクターが加速側10%/減速側30%に設定されたLSDのおかげで挙動がトリッキーになりすぎることもなく、扱いやすいことこの上ない。V8ユニットをフロントミドシップに、まさにトーボードに食い込むように搭載した全長4380mmのコンパクトな2シーターモデルの面目躍如といったところで、50:50の前後重量配分を実感した瞬間でもあった。
また高速巡航中のステアリングの“座り”が良くなったおかげで、終始200km/hプラスで流し、メーター上で一瞬270を見たこともあったアウトバーンでも神経質な挙動を感じることがなかった点も付記しておきたい。同クラスのライバルたちと比べても、このスピード領域でのマナーはベストの一台に挙げられ、ボディ表面にとりたてて空力付加物が見当たらないというのに、250km/hを超える領域から安定度が一層増したのは驚きだった。
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まったく別の世界感
新たに46psと6.1mkgが加わったV8エンジンにも、諸手を挙げて歓迎したい。以前の4.3リッターエンジンは思いのほか高回転型で、吸気側の可変バルブタイミング機構が切り替わる4750rpm辺りからレブリミッターが働く7300rpmまでは、鋭い回転上昇とともに目くるめく加速を堪能できたが、いっぽうで上が盛大に回るだけに低中速域ではトルクが細く感じられたことも事実。この4750rpm以下の領域で、新型V8ヴァンテージはアストンの名に恥じないだけのダッシュ力を備えたように感じるのだ。これならばもう痛痒感を覚えることもないと思う。メーカーによる公称値は、0-100km/hで0.2秒アップの4.8秒、最高速は10km/hアップの290km/hにまで向上しているから、日本に上陸した暁にはさっそくJARIで俎上にのぼしてみたいものだ。
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4.7リッターV8ヴァンテージの価格は6MTのクーペが1554万円、ロードスターが1701万円、スポーツシフトのクーペが1609万6500円、ロードスターが1756万6500円と発表されている。価格と馬力では確かに911GT3と肩を並べるものの、1395kgと軽量なGT3に動力性能でやや及ばないことは事実である。しかしその代償として日々レーシングカーまがいの乗り心地に晒されることもないV8ヴァンテージは、室内も華やいだ雰囲気に溢れ、それでいながら限りなくGT3に肉薄した実力を有しているのだ。これはもう、まったく別の世界感と表現するしかない。
(文=CG大谷秀雄/写真=Aston Martin Lagonda Limited)

大谷 秀雄
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