第40回:メルセデス圧勝の国イタリアに「巨大神殿」誕生
2008.05.10 マッキナ あらモーダ!第40回:メルセデス圧勝の国イタリアに「巨大神殿」誕生
「159」よりも「Cクラス」が売れている
イタリアで「メルセデス・ベンツ」が売れている。
とくに昨2007年に投入された新型「Cクラス」は好調で、今年2008年2月の登録台数をみると、セダン、ワゴンを合わせて2096台も売れている。同月に「アルファ159」の実績が1501台であったといえば、好調ぶりがおわかり頂けるだろう。
もっと驚くべき数字がある。メルセデス・ベンツ・イタリアによれば、昨2007年イタリアでは11万5886台の「メルセデス」と「スマート」が販売された。これは過去最高の数字で、両ブランド合わせた輸出国としては世界第2位という。
“本場”のコンセプトそのままに
そうしたメルセデス大国イタリアに相応しい巨大ショールームがミラノに誕生した。2008年1月に完成した「メルセデス・ベンツ・センター(以下MBC)ミラノ」である。
イタリア最大のメルセデス・ディーラーであるメルセデス・ベンツ・ミラノによって、2005年から2年半がかりで建設が進められていたものだ。敷地面積は6万6千平方メートルで、なんと南ヨーロッパ地域では最大のメルセデス販売・サービス拠点という。
先日機会ができたので、この巨大ショールームを訪れてみることにした。地理的にはミラノ北西の郊外で、以前あった旧社屋からは地下鉄駅でいえば5つ先の駅である。角地なのだが、接する道のひとつはMBC開設に合わせて造成された通りなのだろう、「ゴットリープ・ダイムラー通り」という名前がついていて、それがMBCの登記上の所在地になっている。
門はふたつあって、500台収容の駐車場はダイムラー通りから入る。
たとえショールームへの客であってもセキュリティ管理は厳重だ。門を通り過ぎると、まずはひとつめの昇降式ポールが下がる。そこで来訪の意をガードマンに告げると、自車ナンバーが印字されたチケットを発行してくれる。次にふたつめの昇降式ポールが下がって、ようやく入れる仕組みだ。退場する客も同じように二重ゲートを通らないと出られない。
実はメルセデス・ベンツ・ミラノの古い営業所にも昇降式ポールが備えられいて、屈強そうなガードマンがいたものだ。ただしそれは一重だった。
厳重な理由はまもなくわかった。東京都心では日に一度目撃できてもイタリアでは年に一度見るか見ないかの「マイバッハ」が、ここでは何台も行ききしているのである。ミラノが属するロンバルディア州がイタリアで一番所得水準の高い州であることを象徴する風景だ。と同時に、この州は自動車盗難台数もイタリア中で極めて多い。新車の盗難予防と同時に、大切な顧客のクルマを預かっている以上、出入りを厳重に管理するのは当然といえよう。
まあボクなどは、「御利益がありそうなところほど到達し難いのも、神殿の定義に沿っているな」などと受け取っていたのだが。
さっそくファン交流の場に
さて、肝心の本棟である。本拠地シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館横にある“本家”MBCのコンセプトを忠実に継承したものであることが即座にわかる。
吹き抜けにはエスカレーターとエレベーターが備わる。それを中心に、70台の展示スペースが3階にわたって展開されている。
ミラノで月100台前後のペースで売れているというスマートコーナーも一角に用意され、マイバッハやAMGの顧客には、それぞれ特別な接客スペースが設けられる。また、地下は200台収容の認定中古車センターが割り当てられている。
先にミュンヘン、ケルン、ベルリン、パリ、ロンドンに開設されたMBCにならい、グッズショップ「MBスポット」や喫茶コーナー「メルセデス・カフェ」もある。
早くもメルセデス・ファンの集い場にもなっているらしく、当日も地元のクラブミーティングが会議室で開かれていた。
ミニ版でも見応えあるミュージアム
楽しいのは、建物のシンボルであるタワーの中に造られたミニミュージアムである。1階は常設展だ。ダイムラー社が世界の交通博物館に寄贈していることで知られるベンツ1号車レプリカ展示を中心に据え、安全技術の歴史などメルセデスワールドが展開されている。
“Benzin”と書かれた瓶は、カール・ベンツの夫人ベルタにちなんだものだ。1888年、彼女は夫が発明した自動車の信頼性を証明すべく、子供たちと黙ってドライブに出かけてしまった。そのとき、途中の薬局で買った瓶の復元である。当時、まだ道端には給油所がなかったのだ。世界初のガソリン自動車に乗っているのだから当然である!
いっぽう、「シルバーアロー」のいわれとなった塗料の破片も展示されている。1934年、グランプリのために開発された「W25」が規定重量を超えていることが判明。急遽白い塗装を剥がして軽量化を図ったという、超有名な逸話のそれである。
2階は「SL伝説」と題した特別展だ(2008年6月18日まで)。シュトゥットガルト本社の博物館から貸与された「300SLクーペ」のプロトタイプや、チューブラーフレームが展示されている。
壁際には、「メルセデスに乗ったイタリアのスター」として、ソフィア・ローレン、ヴィットリオ・ガスマン、マルチェロ・マストロヤンニなどの写真が掲げられている。
ちなみにその昔「180」を所有していたマストロヤンニは、「ポルシェはあまりに疲れる。操縦しなきゃいけないからだ。しかしメルセデスはクルマが導いてくれる。俺って、おかしいかな?」というメルセデス談義を残している。たとえスターであろうと、同郷人には限りない親近感を覚えるイタリア人のツボをついた企画である。
鉄のカーテンの向こうのあの人はエンスーだった
ただしボクがいちばん気に入った珍品は、SL関連として展示された1973年「450SLC」である。
これは、同年、西ドイツの首都ボンを公式訪問したソ連共産党書記長のブレジネフ氏にプレゼントされたクルマだ。
ブレジネフは贈呈されたあと側近たちに内緒でドライブにくりだしたところ、カーブを曲り損ねてしまった。しかしボディの損傷はわずかで、安全設計のおかげでブレジネフ本人にも怪我はなかったという。
ボクは、ボディカラーが「赤」という西ドイツ政府の気配りに泣けたのと同時に、「ブレジネフは大のスポーツカー好きだった」という解説に感激した。鉄のカーテンの向こうの強面政治家がエンスーだったとは。冷戦時代にはとてもイメージできなかった話題である。もしかしたらカーグラフィックを在日本大使館を通じて定期購読していたかも? なんていう想像さえ広がる。
気がつけば2時間以上を、この新しいメルセデスの神殿で過ごしてしまった。
帰りがけ、パーツセンターの窓口を覗くと、本棟とは別のミニカーが部品扱いで売られていた。神殿は奥深い。
そしてふたたび守衛さんに二重ポールを下げてもらい、ボクはミラノの人間界へと“下山”したのだった。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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