クライスラー 300C 5.7 HEMI(5AT)【試乗記】
いいじゃないか、豪快なんだから 2005.10.07 試乗記 クライスラー 300C 5.7 HEMI(5AT) ……598万5000円 クライスラーが誇る5.7リッターV8OHVエンジン「HEMI」を搭載するサルーン「300C 5.7 HEMI」。なにもがデカく、誇らしげなアメリカンサルーンは、旧来のアメ車とはひと味違うらしい。大きくても、売れてます
強いアメリカが帰ってきた。堂々と豪快に。オイルショック以来、30年にわたって必死にダウンサイジングを試みてきたアメリカだが、いまだに充分成功しているとは言いがたい。やはりあの国のクルマは大きいのにかぎるのだ。その証拠に、300Cをテストしてみると依然かなりの大食らいではあった。にもかかわらず、燃費にシビアな日本やヨーロッパでも売れ行き好調だそうで、この2年間で世界販売22万台を記録したそうだ。エコや省エネもむろん大事だが、健全な社会は選択の自由があってこそ。滅びるものなら早晩滅びるだろうから。
好評なだけに'06モデルイヤーの変更はないも同然、わずかにカラースキームが変わっただけだ。これもかつてのアメリカ車とはまるで様変わりである。「これまでは“ブリリアントブラック”1種だったが、新たに“ブライトシルバーメタリック”と“ストーンホワイト”が加わり、その場合はインテリアも明るい色になる」と、本当にこれだけ。したがって、すでにこのサイトに登場した'05モデルと選ぶところがなく、ここでお伝えするのはあくまで筆者個人のインプレッションと思っていただければ幸いである。
擦り傷くらいは覚悟せよ!?
テストを引き受けることになってまず頭をかすめたのは駐車場の問題である。フルサイズのアメリカ車といえばピークの1960年代には優に全長×全幅=6×2mに達したものだが、筆者は機械式駐車場を利用しており、セルシオでも二の足を踏む。まして、全長×全幅×全高=5020×1890×1490mmと、トヨタの上級サルーンさえ上回る300Cは最初から無理とあきらめかけていた。が、ものは試しと……入れてみたらなんとかぎりぎりで収まった。“恐竜時代”と違ってテールフィンがなく、体つきが引き締まったせいかもしれない。
図体のわりに車重が1860kgと比較的軽いのも最近のアメリカ車の特徴だ。なにしろ排気量は5.7リッター、昔流に言えば“345cu.in.”もあるのだから、軽量といっていいだろう。
まぁ、不便もある。ドアミラーを手で畳まなければならないのは、特にこのクラスのクルマとしては、不便を通り越して噴飯ものだが(ついでに言えばフィラーキャップも鍵で開ける)、その一方で朗報もある。今回のテスト車は'06モデルとして最初に輸入されたロットの1台で左ハンドルだが、追ってすぐに右ハンドルが入ってくる予定なのである。実際、大きいだけに右前の鼻先が確認しづらく、それだけで随分と取り回しが楽になるはずだ。
箱根が得意、ただ燃費は……
これもまさかと思いつつ、山道を攻めて驚いた。サイズさえ気にしなければほとんどスポーツカーと言ってイイできなのである。伝統のヘミ(スフェリカル)ヘッドOHVから生み出される340ps、53.5mkgのパワーが余裕充分なのは予想できたが、ステアリングとブレーキがこうもしっかりしているとは夢にも思わなかった。エンジンに追い付かない足腰、つまり“エンジンがシャシーより速い”ことは、特にセダンの場合、つい最近までアメリカ車共通の弱点だったからである。それが今ではコーナーの大小を問わないばかりか、長尾峠のようなタイトベンドの連続でも苦にしないのは呆れるほどだった。ステアリングがスムーズでロック・トゥ・ロック2.7回転と速く、また、分厚いトルクに支えられた5ATが使いやすいため、望むだけのパワーが瞬時に得られるからだ。乗り心地も重厚で素晴らしい。
だからと言って、ワインディングロードを楽しむためにこのクルマを買う人間がいるだろうか? 努力なしに悠々と高速巡航ができ、いざというとき並み外れた加速を披露してくれれば、それでよしとするはずである。事実、それは保証できる。100km/hはDレンジで1850rpmにすぎないが、そんな低回転からでもピックアップの鋭さは桁違いで、踏めば即座に轟然と加速するさまは豪快そのものだ。しかも、キックダウンの有無にかかわらず、というのが凄い。その気になれば5速に入れっぱなしで、同じGを保ったまま5500rpmまで吹け上がる。それは間違いなく映画『ブリット』の世界だ。
ただし、それなりの代償はある。燃費は東名と都内/箱根が半々ずつの160km弱で34リッターのプレミアムガソリンを飲み干し、平均4.6km/リッターに留まった。飛ばすと俄然悪化するようだ。
多少のチグハグはご愛敬
ところで、これほど大きいクルマなのに、必ずしも後席が厚遇されているわけではないとみえた。基本的にはパーソナルカーとしての性格が強い。むろん、狭いというほどではないにせよ、脚を組んで踏ん反り返るスペースはなく、後席用のコンソールもあるにはあるが全体に素っ気ない。また、ショーファードリブンカーとしては650rpm前後で回るアイドリングがややラフで軽い振動を伴い、エアコンのコンプレッサーが断続的に作動音を立てるのも、少しばかり減点の対象となるだろう。前席にはジャガーと見紛うばかりの繊細なメーターがあったり、ウィンドスクリーンがはるか遠くでGTカー的な雰囲気もあるのに、この対照はどうだ。思えばアメリカ人はかつてベンチシートが全盛をきわめたように、昔から好んで前席に座ったものだが。
もしかしたら、いまやアメリカとヨーロッパの企業文化の違いは日米のそれより大きいのかもしれない。そんなことを考えながら、ダイムラークライスラーのシナジー効果が問われるこのクルマを見直したら、いやいやなかなかの出来ではないかと思ったのだが、いかがだろうか?
(文=道田宣和(別冊CG編集室)/写真=荒川正幸/2005年10月)
