フォルクスワーゲン・ザ・ビートル カブリオレ(FF/7AT)【試乗記】
幸福度増大カー 2013.03.25 試乗記 フォルクスワーゲン・ザ・ビートル カブリオレ(FF/7AT)……375万円
昨年フルモデルチェンジされた「フォルクスワーゲン・ザ・ビートル」に、早くもオープンモデルが登場。スペック表だけでは推し量れないその魅力を満喫すべく、屋根を開けて春の九十九里浜へ向かった。
お尻の出っ張りが消えた
クルマを受け取り、早速ホロを下ろした。「フォルクスワーゲン・ザ・ビートル」のデビューから約1年、心待ちにしていたオープンモデルが目の前にある。まずは「ザ・ビートル カブリオレ」の晴れ姿を拝まねばなるまい。
しかし、いきなり問題が発生した。ルーフのロックを外そうとしたが、ハンドルが見当たらない。しばらく探して、そんなものはないということに気づいた。前身である「ニュービートル カブリオレ」は、手動でアンロックするのに結構な力を要した。ザ・ビートル カブリオレは、スイッチを押すだけで簡単にフルオープンになる。しかも、50km/h以下であれば、走行中でも開閉が可能だ。ニュービートル カブリオレが発売されたのは2003年6月である。10年近くたっているわけで、相当な変化があるのは当然だろう。
オープンにした姿には、やはり愛らしさが漂う。ファニーな面影は、初代の「ビートル カブリオレ」からの伝統だ。ただ、少々スッキリしすぎのように感じられた。理由はすぐにわかった。ホロを折りたたむとお尻にピョコンと突き出すようになっていたのがなくなり、ほぼフラットに収納されるようになっている。大きな特徴だっただけに、ちょっと寂しい気がする。デザイナーも心残りだったのか、すぐ後ろに小さなスポイラーが追加されている。機能の進歩と家風の継承を両立させるには、いろいろと苦労があるようだ。
ダウンサイジングで燃費向上
まだ肌寒く風も強かったが、そのまま走りだした。都心の道を行き、信号待ちで上を見上げると高層ビルがそびえている。オープンカーに乗っていることが心からうれしくなる瞬間だ。左右を見渡しても、さえぎるものは何もない。しばし、自由の感覚にひたる。ほこりっぽい風が容赦なく吹きこむが、それがどうした。文句なしに、気持ちいい。
翌日、房総半島の九十九里浜に向かった。高速道路では、ホロを上げたままにする。無理して強風に身をさらす必要はない。こうすれば、風切り音も気にならないレベルだ。パワートレインは、クローズドボディーのモデルと変わらない。1.2リッターTSIエンジンと、7段DSGの組み合わせである。エンジンルームを開けてみると、中がスカスカだ。最近ではみっちり詰め込んだ上にカバーがかかっていて何も見えないのが普通だから、こういう光景は懐かしい。これで十分な動力を供給してくれるのだから、フォルクスワーゲンの推し進めるダウンサイジングは、成功裏に進んでいるといっていいだろう。
先代は2リッターエンジンで、6段ATが与えられた。最高出力は116psだったから、105psのザ・ビートル カブリオレはいくぶんパワーダウンしたことになる。でも、感覚的にはむしろパフォーマンスが上がっているように感じた。最大トルクがわずかながら増加した上に低回転で発生するようになったことと、トランスミッションの効能が大きいのだろう。燃費に関しては、圧倒的な進歩だ。計測方法が違うので一概には比べられないものの、先代は10・15モードで10.6km/リッターだったのが、JC08モードで17.6km/リッターまで伸びている。今回は300km弱を走り、満タン法で12.9km/リッターだった。
安全装備と荷室を改良
高速を降り、海岸が近づいてきたら、もちろんオープンにする。試しに走りながら開閉スイッチを押してみた。わずか10秒ほどで完全にホロが下がるので、不安に思うスキもない。形を整えるために、停車してトランクからトノカバーを取り出す。左右のフックを止めれば、あとは隙間に押しこむだけだ。
海岸近くを走ると、砂まじりの風が吹き付ける。フロントウィンドウを越えてきた空気は頭部を直撃し、速度を増すと巻き込みは激しくなってくる。乱流のせいで、後ろからも風が当たるのだ。これが、オープンカーである。完全に風をシャットアウトしては、オープンエアモータリングの醍醐味(だいごみ)は味わえない。苦労の多さと快楽の量は、正確に比例するのだ。
路面の悪いところを通ってもボディーはいささかも揺るがず……ということはなく、それなりに緩やかにしなって受け止める。ルーフがなくて上が閉じていないのだから、当然だ。それでも安全にはしっかり配慮されていて、先代のロールオーバープロテクションシステムの改良型が装備されている。万が一の事故の際には、リアシートのヘッドレストの後ろからロールオーバーバーが飛び出して乗員を守る。
地味に改良されているのが荷室で、約12%容量が増えて215リッターになった。リアシートは分割可倒式になった。ただ、トランク側からフックを外さなければならず、戻すときにはシートベルトがはさまってしまった。たいしたことではない。このクルマで大きな荷物を運ぼうなどとは、あまり考えないだろう。
確かな基本性能+風と太陽の恵み
海岸から風にのって磯の香りが漂ってくる。それがダイレクトに鼻腔(びこう)に届く。少々砂も混じっているが、気にならない。この気持ちよさは、理屈では語れない。乗っていると自然に笑顔になってしまうのだ。初代のビートル カブリオレから受け継がれている最大の美質だ。
海辺に停(と)めて波をバックにして眺めると、なんともいい形だ。淡いブルーが砂浜に映える。前から見ても横から見ても、複雑な線はない。シンプルな造形だからこそ、誰の目にも心地よさが届くのだろう。ぼうっと見ていて、飽きることがない。
乗っていても見ていても、幸せな気持ちになれる。1949年に初代が誕生した時から、そういうクルマだったのだ。国民車としての堅実な成り立ちに、オープンという要素を加えることで喜びは格段に増した。ザ・ビートル カブリオレも、同様である。「ゴルフ」でつちかわれた技術が盛り込まれているのだから、基本性能は折り紙つきだ。その上で楽しげなフォルムを与えられ、風と太陽の恵みを満喫できる。このクルマを最大限に味わいたいなら、4人フル乗車で旅に出掛けるのがいいだろう。もちろん、ホロを下ろしてドライブする。窮屈だし荷物は積めないが、それを補って余りある楽しさがある。
ザ・ビートル カブリオレは、速いクルマではないし、人や荷物をたくさん積めるわけでもない。このクルマのよさは、別の尺度を使わないと見えてこない。生活を豊かにし、幸福度を上げるという意味で、比類のない魅力を持っている。それは、実はクルマにとってもっとも重要な価値でもあるのだ。
(文=鈴木真人/写真=河野敦樹)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。