キャデラックATSラグジュアリー(FR/6AT)【試乗記】
イッツ・ディファレント 2013.02.18 試乗記 キャデラックATSラグジュアリー(FR/6AT)……451万6000円
アメリカを代表する高級車ブランド、キャデラックが満を持して投入したスポーツセダン「ATS」。スポーティーな走りと満載のハイテク装備、独創のスタイリングを併せ持つ、最新のアメリカンプレミアムを試す。
まさに隔世の感あり
空は青く高く、大気は澄みわたっていた。ホントに日本の冬ほど、ドライブに好適な季節はない。房総方面へとクルマを走らせながら、そんなことを考えるでもなく考えていると、突然お尻の左側がぶぶぶっとバイブレートして、思わず叫びそうになった。あ。これが若い美しい女性であったら、小さな悲鳴をあげたかもしれない。キャッ。いやん。とそのあとにいったかもしれない。やだ、わたしったら。バイブレーターになるようなモノはポケットにないはずだし……、携帯? いや、携帯はここにある、とセンターコンソールのカップホルダー内に置いてあるそれを確認する。そうすると、再び、今度はお尻の右側がぶぶぶっとバイブレートして、ようやくわれに返るのである。そのとき乗っていたクルマがGMの新作、「キャデラックATS」であることを。
ひとたびそのクルマに乗り込み、走りだしてしまうと、いったい自分がなにに乗っているのか、忘却の彼方(かなた)へと連れ去られる。それは「アメ車」とか「キャデラック」という言葉が従来持っていた意味内容とはまったく異なるドライビングフィールを与えてくれるからだ。でかくてラクチンで、フワフワで、というような「アメ車」をイメージするのは力道山のファン世代、あるいはもうちょっと若いジャイアント馬場のファン世代で終わっているかもしれない。馬場さんが「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノから友情の印にキャデラックを贈られたのは、猪木ファンのあいだでも有名な逸話である。
それはさておき、である。キャデラックATSは所ジョージさんで連想されるような「アメ車」でもまったくないのである。エンジンは6.2リッターV8OHVならぬ、2リッター直4DOHCターボで、全長はたったの4680mmと、まるで「BMW 3シリーズ」のようなエンジン&ボディーサイズを持つ。中身はオペルではない。白紙から設計したという後輪駆動プラットフォームで、ボディー剛性はドイツ製金庫のように固い。乗り心地はスポーティーセダンそのもので、低速ではランフラットを採用していることもあって、ややタイヤの存在を感じさせる。過日、昭和の大横綱、大鵬が逝去され、いよいよもって「巨人、大鵬、卵焼き」「地震、雷、火事、オヤジ」は死語となった。同時に昭和の「アメ車」も崩御したのである。
アメリカンラグジュアリーの代名詞であったキャデラックがなにゆえに創業期の標語「スタンダード・オブ・ザ・ワールド」に文字通り回帰しているかといえば、アメリカ市場に押し寄せるドイツおよび日本のプレミアムブランドに伍(ご)して戦う必要があるからである。というような事情は、『webCG』の読者諸氏は筆者以上に事情通であられるやも知れぬ。
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欧州勢を出し抜く走り
前述した、ぶぶぶっというバイブレーションは、ATSに盛り込まれたあまたのエレクトロニクスシステムのひとつで、「セーフティ・アラート・ドライバーシート(警告振動機能付き)」と「レーン・ディパーチャー・ウォーニング(車線逸脱警告機能)」の連携によって生じたのである。車載カメラが検知した走行車線情報に基づき、ドライバーがウインカーを操作せずにレーンを外れると警告するもので、およそ56km/h以上になると、外れた側のレーンに応じ、シートの左側または右側を3回振動させて注意をうながす。そんなこといったって、なんとはなしに車線踏んだりするやんけ。という私のような人向きに、オフにもできる。かくして私はオフにしたのである。そうして、アクアラインを渡り、木更津に出て、房総スカイラインを暴走したりはせず、ゆっくり走ったのでした。
ゼロ発進ではやや重く感じるものの、速度に乗ってからの加速は心地よい。なにしろ新開発の2リッター直噴4気筒ターボは最高出力276ps、最大トルク35.9kgmという立派な数値を発生する。これはターゲットとされたであろう「BMW 328i」の245ps、35.7kgmをやすやすと上回る。車重はほぼ同じと見てよい。ただし、バイエルン製の8段ATに対して、デトロイト製は6段ATにとどまる。これはハードウエアにおけるマイナスポイントだけれど、6段ATの変速マナーに不満はない。Sモードだと、減速時にブリッピングしてからダウンシフトする。直噴4気筒ターボは高回転まで回してやると、アコースティックなエンジン音を発し、開発陣が狙った「スタンダード・オブ・ザ・ワールド」な世界を味わうことができる。
速度が上がるにつれて乗り心地がスムーズになるのは、もちろんサスペンションが高速設定だからだ。聖地ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェで鍛えられたとされる足まわりとボディーは、飛ばせば飛ばすほど真価を発揮するはずである。前後50対50の重量配分を持つ後輪駆動ならではのハンドリングもまたしかり。その気になれば、コーナリング中でもジャーマンプレミアム勢を出し抜くことができる。
ちなみに6速トップでの100km/h時、エンジン回転は1900rpmに過ぎぬ。BOSEのノイズ・キャンセリング・システムを装備した室内は、無響音室的ではない程度に静かで、ますますもって自分がなにに乗っているのかよくわからない状況に陥る。新しいキャデラック像を、乗る側、あるいはもっと個人的にわたくしが描けるようにならなければいかんのである。時代の変化においつけないのである。
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キモはデザインにあり
かつて腕時計の世界で起こったデジタル化の波が、自動車の世界にも来ている。その一方で、機械式時計にあたるプレミアム自動車も確たる存在場所を得ていくに違いない。いや、すでにそうなっている。キャデラックは1990年代から、自らの場所を得むものとしてチャレンジしている。私がしつこく、このクルマがなにであるかわからないと書いたのは、私が今日にいたるまで半信半疑で、新しいキャデラック像を描けぬからである。まして、このATSにどういう人が乗るのか、さっぱりわからない。たぶん、港区/世田谷区在住の若くてきれいな奥さまなので、初めてのとき、ぶぶぶっときて、きゃっと小さく叫ばれるのであろうけれども、日本では2グレードあるATSのうち、先に発売となる「ラグジュアリー」でさえその時期は3月なのだからして、今わからないのも当然なのである。
GMジャパンは謙虚にこんないい方をする。
「われわれは日本市場においてはちっぽけな存在である。こういうクルマもある、という新しい選択肢としてユーザーには見てほしい」
ベンツ、BMW、アウディではない、新しい選択肢が欲しい人。おそらく、そういう感度の高い人たちにはすでにピンと来ているのかもしれない。なんとなれば、キャデラックATSは一目で現代のキャデラックとわかる意匠をまとっているからだ。運転中、忘我の極にあった私とて、駐車してクルマから降りれば、これがキャデラックであると認知した。この「イッツ・ディファレント」なデザインは、自動車という商品にとって中身以上に重要な要素であることはいまさら申し上げるまでもない。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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