フォルクスワーゲン・ティグアン TSIブルーモーションテクノロジー(FF/6AT)【試乗記】
4WDを上回る魅力 2013.01.11 試乗記 フォルクスワーゲン・ティグアン TSIブルーモーションテクノロジー(FF/6AT)……339万円
フォルクスワーゲンのコンパクトSUV「ティグアン」に追加されたFFモデルに試乗した。
2WDか4WDかという問題
ビートたけしの『間抜けの構造』という本が面白い。なんとなくそうなんだろうと思っていることを文字にしてくれた感じ。日本語には「床の間」「茶の間」「間に合う」「間尺に合わない」などの慣用句があるように、日本人は間を大事にしてきた民族だとある。芸事を生かすも殺すも間次第で、間は魔にもなり得るとか。そうなんだろうと思う。
突然だが、ではSUVは4WDであるべきか、それともFWD(前輪駆動)で間に合うか――。「間に合う」をどう定義するかによって答えは変わってくるので、結局ユーザーが判断するしかない。概して4WDは価格が数十万円高いし、同じモデルの2WDより燃費も不利。その代わりに高い走破性能を得られるのだが、それが割高なコストと間尺に合うものかどうか。難しい。
もちろん、2WDか4WDかという問題はSUVに限ったことではない。カテゴリーを問わず、大まかな傾向として、RWD(後輪駆動)か4WDかという場合には比較的すんなり選ぶことができるのではないか。RWDを選ぶ場合に価格以外の積極的な理由を思いつきやすいからだ(例:「軽いから」「ピュアだから」)。困るのは、FWDか4WDかで迷うケース。そりゃ安いほうがいいし、燃費だって気になるからFWDで十分なんだけれど、SUVなんか特に4WDのほうが“らしい”し、実際の走破性能も高くていざというときに役立つかもしれない。「これ四駆でしょ?」「いやFWDなんだ」という会話はイヤだ。
年末になったら必ずスタッドレスタイヤを装着するような地域、軽自動車でも4WDのほうが売れている地域なら、4WDを選ぶべきだと思う。毎回フールプルーフに発進できるし、除雪の行き届いていない道路もあるだろうから4WDじゃないと通れないルートもあるだろう。この場合は4WD分のコストアップが間尺に合っている。けれど、年に数回雪道を走る程度の地域に住む多くの人にとっては、実に悩ましい問題だ……。
速くはないが不満ではない
ところで、今回乗った「ティグアンTSIブルーモーション」はFWDだ。もともと日本仕様のティグアンはすべて4WDだったが、2012年末に追加された。“イメージをつくるために4WDがないとダメで、販売台数を稼ぐためにFWDもあったほうがいい”というのが、250万〜350万円級SUVの通例だ。現在も4WDの「2.0TSI Rライン 4モーション」というモデルが残るから、FWDと4WDのどっちにするか迷う人もいるだろう。
追加されたTSIブルーモーションは、FWDであることのほかに、新しいエンジンを搭載するのが特徴だ。従来のティグアンは「ゴルフ」でいえば「GTI」が積む2リッターターボエンジンを搭載していたが、TSIブルーモーションにはゴルフでいう「ハイライン」が積む1.4リッター直4ターボ+スーパーチャージャーが採用された。最高出力150ps/5800rpm、最大トルク24.5kgm/1500-4000rpm、車重1540kgというスペックから想像する通りの力強さを得ている。チューニングの違いによって同じエンジンでも最高出力は「ゴルフVI」より10ps低く、さらにゴルフより200kg重いから、速くはないけれど、ギアリングが適切なので、決して不満ではない。
ゴルフの場合は乾式7段DSGだが、こちらは車重の違いからか湿式6段DSGが用いられる。ブルーモーションを名乗るだけあって、アイドリングストップが付き、ブレーキ回生し、空走時にはニュートラルになって燃費を稼ぐ。その結果、JC08モード燃費14.6km/リッターと、ティグアンは非ハイブリッドのガソリンエンジン搭載車にあっては相当に効率が高い部類に入る。同じようなパワーと車重をもつクルマでこれを超える燃費を誇るのは「BMW 320i」くらいか。
一般的な路面での一般的な走り方では、FWDと4WDの違いを感じることはできない。上り坂や、うねった道路で乱暴な発進をしたら、一瞬前輪がスリップしてキュッと鳴き、FWDと気づかせてくれる。目線が高いことを除けば、ティグアンTSIブルーモーションはゴルフだ。車高は高いが腰高な振る舞いはなく、セダンやワゴンの感覚で運転できる。かつて背の高い「ゴルフプラス」というクルマがあったが、FWDのティグアンは「ゴルフヴァリアントプラス」と言っていいかもしれない。足まわりはダンピングのよく利いたいつものフォルクスワーゲン車で、乗り心地もまったく問題なし。
インテリアは、デザイン、質感、操作性など、どこから見ても、どこを触ってもゴルフの世界。アルカンターラ&ファブリックのシートをはじめ、室内がほぼ黒一色で、僕自身はこの遊び心に欠ける感じが惜しい気がするのだが、フォルクスワーゲン好きはそこが好きなので、これはこれでいいのだろう。使いやすい新世代のカーナビシステムが付き、安全装備も抜かりない。
ユーティリティーの高いゴルフ
日米より後からやってきた欧州SUVブームに乗って、2007年に登場したティグアン。5年目となる12年初めに兄貴分「トゥアレグ」のような顔に化粧し直したばかりだから、もうしばらく現行型が続くのだろう。自慢の高効率パワートレインを積んだミドルクラスSUVとして、依然、ライバルに劣らぬ存在だが、FWDが出たことで、話は振り出しに戻ってFWDか4WDかという話になる。
無理にでも答えを出すなら、前述のように積雪の多い地域なら話は別だが、そうでなければ、ティグアンはFWDモデルで間に合うんじゃないだろうか。端的に言うと、低いイニシャル&ランニングコストの魅力が、4WDで得られる魅力を上回るから。今回乗ったベースグレードの上級版たるFWDの「Rラインパッケージ」と、ほぼ装備が同じ4WDの「Rライン」を比べると、価格差は47万円。4WDはよりハイパワーなエンジンを積むから比較が難しいのだが、燃費はFWDが14.6km/リッターで、4WDが11.5km/リッターと、3.1km/リッターの差。この違いによる燃料代の違いに加え、FWDモデルならエコカー減税が適用され、フォルクスワーゲン・グループ・ジャパンのホームページによると16万7600円優遇される。これだけでFWDモデルは(走る前から)約64万円経済的だ。これだけ違えば、悪路へ足を踏み入れる際に4WDのレンタカーを借りることもできる。
ただし、お金の話をするならば、今回乗った一番安いFWDのTSIブルーモーションは339万円。このクラスは今日本でにわかに盛り上がりつつある。同額出せば、「マツダCX-5」や「スバル・フォレスター」など、多才で、海外に出しても恥ずかしくない国産SUVの最上級モデル(もちろん4WD)が楽に買えるので、SUVとして考えると「FWDなのにそれほど安くない」となってしまう。けれど、FWDのTSIブルーモーションに「廉価なティグアン」ではなく「ユーティリティーの高いゴルフ」を求めると、リーズナブルに見えてくるから、このクルマの魅力や存在意義はやっぱりちゃんとある。
(文=塩見智/写真=高橋信宏)
