第34回:介護に最適なクルマって……そりゃあ4ドアでしょ!? −『最強のふたり』
2012.08.27 読んでますカー、観てますカー第34回:介護に最適なクルマって……そりゃあ4ドアでしょ!?『最強のふたり』
障害者の富豪とスラム出身の青年
首から下が麻痺(まひ)した男と、彼を介護する青年の話である。“それがどうしてクルマ映画なんだ?”と不審に思われるかもしれない。そう考えるのが普通だろう。しかし、この作品では確かにクルマが重要な役割を担っている。それどころか、クルマが人間にとって持つ大切な役割、さらにはスポーツカーの素晴らしさを大いにアピールする映画だったのだ。
パリのサンジェルマン・デ・プレに住む富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、車いすで生活を送っている。パラグライダーの事故で脊髄を損傷し、動かせるのは首から上だけなのだ。24時間常に見守る必要があり、住み込みの介護者を募集する。真面目そうな応募者が面接に訪れる中に、明らかに場違いな青年が混じっていた。スラム出身の黒人ドリス(オマール・シー)である。彼は、失業手当を受給するために必要な不採用証明書を手に入れにきただけなのだ。
しかし、フィリップはなぜかドリスを気に入り、翌朝また来るようにと言う。働く気などなかったドリスだが、用意された個室を見て心変わりする。広いベッドに専用のバスルーム。これまでの生活ではありえなかった豪華なすみかが手に入るのだ。
強盗で服役したこともあるドリスにとっては、すべてが別世界である。部屋にはファインアートが飾られ、クラシック音楽が流れるが、彼が好きなのはアース・ウインド&ファイアーなのだ。
かみ合わないのに、心が近づく
経験のないドリスに、繊細な神経を必要とする介護などまともにできるはずがない。それ以前に、働くということに対する態度がなってないのだ。ヘッドホンを付けたまま風呂で大きな声で歌ったり、フィリップの美人秘書に言い寄ったり、やりたい放題である。下半身麻痺がどんなものか、足に熱湯をかけて試すなんてひどいことまでする。
それでも、フィリップは楽しそうなのだ。ドリスにチョコレートをくれというと、彼は「これは健常者用だからダメ!」と意地悪をする。ぎりぎりのブラックジョークだ。これまではまわりの人はみんな遠慮して、そんなあぶないボールを投げたりはしなかった。妙ちくりんな言葉でいたずらっぽく語りかけるドリスは、ボビー・オロゴン的なかわいらしさがある。平気でシモネタまで出してくる彼に、フィリップは文学的な言葉で応酬する。全然かみ合わないのに、会話のリズムがある。ふたりの心が近づいていくのが伝わってくる。
「彼は私に同情していない。そこがいいんだ」フィリップは、心配する友人にそう話す。哀れみやいたわりを介さなければ成立しない関係には、もう飽き飽きしている。対等な人間同士で、普通の会話をし、ともに楽しみたい。
『五体不満足』の乙武洋匡さんは、ツイッターでしばしば自分の体をネタにしたギャグを披露している。例えば、「苦手な食べ物はありますか?」という質問に対し、「みかんとカニがむけません (>_
「僕が自身の障害をマイナスに捉えていれば、これまでの数々のツイートも“自虐”になるのかもしれない。でも、僕は自身の障害をただの“特徴”にすぎないと考えている。だから、自分をおとしめているという感覚はまったくない。ただ、自分の特徴をネタに、笑いを取ろうとしている。そういう感覚なのです」
“自虐ネタ”なんて勝手に思い込むのは、無神経な態度に違いない。自分を笑いのネタにすることもできないのは、なんて不自由なことだろう。
車いすを改造してパワーアップ
フィリップを外に連れ出すのも、ドリスの役目である。邸宅の中庭には、立派な介護用のクルマが用意されている。「ルノー・カングー」を改造し、スロープで車いすごと乗り込むことができるようにしているのだ。
それを見たドリスは、
「馬みたいに荷台に載せるのか?」
と驚き、憤慨する。代わりに目をつけたのは、隣にあったカバーをかぶせられたクルマだ。「マセラティ・クアトロポルテ」である。フィリップは「実用的ではない」と言うが、エンジンをかけて軽くブリッピングすると、その音色にドリスは有頂天になる。助手席にフィリップを乗せ、車いすは後部座席に収める。名前のとおり4枚ドアだから、結構実用に耐えるのだ。快音を響かせ、介護スポーツカーで早速ドライブに繰り出す。
自分が楽しむだけじゃ申し訳ない。ドリスはフィリップと運転する楽しみを分かち合おうとする。車いすを改造して、限界までスピードを出せるようにパワーアップしたのだ。アゴでスイッチを押し続けると、ぐんぐん加速してのろいセグウェイを追い越していく。これは、スポーツ車いすだ。日がな一日自宅のベッドで過ごしていたフィリップは、今やどこにでも行ける。彼は、再び自由を手にした。
フィリップは、今までは運ばれていただけだった。今は、自分の欲求に従って自由に移動する。美しいフォルムのクルマを選び、素晴らしいスピードに酔いしれる。エンジンの奏でる快活な音を聞き、縦横に押し寄せる加速度に身をまかせる。自分の意思で、行きたいところへ行く。遠いところへ出掛ける。それはどんなに生活を豊かにしてくれることか。
こんな破天荒なストーリーが実話に基づいているというから驚く。“最強のふたり”が教えてくれたのは、クルマがもたらす自由の感覚だった。そしてそれは、障害者とか健常者とかとは関係なく、誰にとっても等しく尊い価値に根ざしたものだったのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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