テスラ・モデルS シグネチャー パフォーマンス(RR/1AT)【海外試乗記】
「T」の時代はそこまで来ている 2012.08.17 試乗記 テスラ・モデルS シグネチャー パフォーマンス(RR/1AT)米国の電気自動車メーカー・テスラの意欲作「モデルS」の納車が現地で始まった。本社工場のあるカリフォルニア州フリーモントで、そのステアリングを握る。
初のフルオリジナルモデル
テスラ・モーターズは、アメリカ・シリコンバレー発の電気自動車(EV)専門の自動車メーカーだ。「ロータス・エリーゼ」のプラットフォームを用いて開発された同社の第1弾「ロードスター」は、2008年の発売から4年目の今年、当初からの計画である2500台をほぼ完売した。日本ではまだ買えるが、アメリカではもう買えない。
ロードスターをほぼ売り切り、EVベンチャーとして世界でほぼ唯一の成功例といわれる同社が、この夏、第2弾「モデルS」のデリバリーを開始し、ベンチャーから本格的な自動車メーカーとしての道を歩み始めた。
いや、ベンチャーといっても金ならある。テスラ代表のイーロン・マスクは電子決済システム「PayPal」の創設者として大成功し、テスラ・モーターズのみならず、民間ロケット打ち上げ企業「スペースX」を創設するほどの、いわゆるIT長者だ。そのため、ロードスターは極めてまじめで完成度の高いEVであるにもかかわらず、テスラは金持ちによる謎の新興自動車メーカーという印象を払拭(ふっしょく)しきれないところがある。
最近まで日本でのPRも限られたものであったため、その認知度は「聞いたことはある」「エリーゼ使ってんでしょ」といった程度にとどまっている。
2シーターのピュアスポーツであるロードスターとは打って変わって、モデルSはハッチゲートを持つ5ドアのセダンだ。サイズはメルセデス・ベンツの「Sクラス」と同じくらいだと思ってもらえば分かりやすい。
ボディーサイズは全長×全幅×全高が4978×1963×1435mmで、ホイールベースは2959mmと、日本へ持ってくればかなり大きい。定員は5人。ただし、1500ドルのエクストラコストを支払えば、後ろ向きの子供用2座席をラゲッジルームに設置することもできる。いわば1台ですべてをこなすファミリーセダン(ハッチバックだが)といった趣が強い。後述するが、「1台で……」というのは、もちろん現時点でEVの弱点とされる航続距離を含めてのことだ。
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構造の違いが可能にする特徴的なインテリア
エクステリアデザインは、前後を絞ったティアドロップ型で、今どきのセダンという印象。ところどころに控えめに用いられたメッキパーツが全体にシャープな印象を与えている。
マツダあたりに似ているなと気づいた人はかなりのクルマ通。デザイナーのフランツ・フォン・ホルツハウゼンはかつて北米マツダにいて、「龍雅(Ryuga)」や「葉風(Hakaze)」などマツダの“漢字シリーズ”のコンセプトカーをデザインしている。サイドからリアにかけての雰囲気が、今秋の発表を控えてチラ見せも最終段階に入った次期型「アテンザ」あたりとほんのり重なる。
絶対的に大きいためか、写真だとやや大味にも見えるかもしれない。しかし、実物はきれいなデザインだ。フロントマスクには機能的には必要ないはずのグリルのような黒い部分があるが、これはICE(内燃機関)のクルマに親しんできた人にもすんなりと受け入れてもらうための処理だろう。ただし、一番下の穴はラジエーター用である。
エクステリアも悪くないが、このクルマのデザインのハイライトはインテリア、特にセンターパネルだろう。通常、エアコンやオーディオの操作パネルになっている部分には、ドーンと17インチのタッチスクリーンパネルが縦長に鎮座している。エアコンやオーディオ、カーナビなどはこの画面をタッチして操作するほか、画面を切り替えて、あるいは半分を地図のまま下を操作系画面にして、エアサスのモードや回生ブレーキの効き方の強弱も操作することができる。
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スクリーンに機能を集中させた結果、ハードスイッチは本当に少ない。ステアリングポストから生えるATレバー(と便宜上書いたが、変速するわけではなくシングルスピード。P、N、D、Rの切り替えのみ)、ライトレバー、クルーズコントロール用レバーを除けば、ハザードスイッチとグラブボックスを開けるボタンがあるだけ。インテリアは異例なまでにすっきりしている。メーターナセル内も1枚のスクリーンがあるだけで、スピードなどをバーチャル表示する。
スイッチの少なさは室内の広さにも貢献しているはずだ。フロント、リアともにゆったりとしたスペースが確保されているほか、フロアが完全にフラットで好ましい。それもそのはず、モデルSの床下にはリチウムイオンバッテリーが敷き詰められているだけで、RWD(後輪駆動)ながらプロップシャフトはない。
モデルSがファミリーカーとして実用に足るゆえんはラゲッジスペースの広さからも明らか。後ろ向きの子供用シートを装着しない場合、リアに745リッター(リアシートを倒せば1645リッター)、フロント(彼らはフロントトランク、略して「フランク」と呼ぶ)には150リッターの合計895リッターが確保されている。Sクラスのラゲッジスペースは524リッターだ。ハッチバックのアウディA7でも530リッターだから、リアだけで大幅に上回っているほか、フロントを含めると圧勝する。
航続距離は最大426km!
短時間ながら「シグネチャー パフォーマンス」というトップグレードを試乗した印象を報告したい。今回用意されたのは一般道とフリーウェイを含む決められたコースで、時間も15分程度だったために断定的なことは書けないが、モデルSは、EVならではの特徴を存分に味わわせてくれた。
まず速い。想像通り速い。フリーウェイの合流。前後を確認し、いったん止まる寸前まで速度を落としてから、アクセルペダルを床まで踏む。モーターが生み出すパワーは最高出力416ps/5000-8600rpm、最大トルク61.2kgm/0-5100rpm。とはいえ、バッテリーだらけで車重は2.2トンを超えるため、過給器付きV8エンジンを積むプレミアムブランドの化け物みたいな暴力的加速ではなく、言ってみれば上品な速さ。カタログ上の0-60mph(約96km/h)加速:4.4秒以上の速さを感じさせるのは、シングルスピードならではのシームレスな加速のためかもしれない。
飛ばしても機械音が高まることがないのは魅力か、それとも迫力不足か……。その解釈は人によるのかもしれないが、静かな分、加速Gをはっきりくっきり感じることができ、個人的には魅力を感じた。「LOW」と「NORMAL」から選べる回生ブレーキを「NORMAL」に設定しても、アクセルオフでの減速感は自然で、「LOW」を選ぶと結構なコースティングモードとなる。ブレーキング性能を試す機会はほとんどなかったが、不自然なフィーリングはなかった。
上級グレードにはエアサスが採用されていて、スピードにかかわらず、前席でも後席でも当たりの柔らかい快適な乗り心地を味わうことができた。また、バッテリーを床下に積む構造上、車体は極めて低重心で、それはワインディングロードを攻めたりしなくても、交差点をひとつふたつ曲がるだけで安定感となって感じ取ることができる。
先に「1台ですべてをこなすファミリーセダン」と書いたが、すべてをこなすには一定以上の航続距離を備えなくてはならない。モデルSには搭載バッテリーの容量が40kWh、60kWh、85kWhと3タイプあり、一番容量の大きい85kWhはEPA(米環境保護庁)データで426kmとなっている。これは世界で売られているEVの、いち充電の走行可能距離としてはナンバーワンだ。といっても、それまでナンバーワンだったのはテスラ・ロードスターだが……。
仮に日本の10・15モードやJC08モード同様、この数値を七掛けで考えるべきだとしても、300km走行することができる計算となる。これは多くのガソリン車並みとまでは言わないものの、JC08モード燃費で200kmの日産リーフに数日乗った経験から言うと、十分にリーズナブルだ。一番容量の小さい40kWhではその半分弱と考えていいだろう。
いち充電の航続距離が最長だといっても、燃費ならぬ電費が最良というわけではない。モデルSの電費は89mpge(燃料1ガロン=約3.79リッターに相当する電力での走行可能距離。37.8km/リッターに相当)と、「日産リーフ」の99mpge(42.1km/リッター)、米で発売されたばかりの「ホンダ・フィットEV」の118mpge(50.2km/リッター)などに比べれば、バッテリーを多く積んで車重がかさむ分、落ちる。
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自宅ガレージに電源を確保できるなら絶対に買い!
モデルSが既存の自動車メーカーをうならせるのは価格だ。ベーシックモデルでは前述のとおり40kWh、60kWh、85kWhの3種類のバッテリー容量を選べ、アメリカでの価格はそれぞれ4万9900ドル、5万9900ドル、6万9900ドル。エアサスが標準装備でインバーターが異なりハイパワーの「パフォーマンス」(85kWhのみ)が8万4900ドル。エアサスが標準装備でレザーインテリアなどを備える「シグネチャー」(85kWhのみ)が8万7900ドル。今回試乗した“全部載せ”の「シグネチャー パフォーマンス」(85kWhのみ)が9万7900ドル。
ベースモデルの4万9900ドルはアメリカではメルセデス・ベンツの「Cクラス」と「Eクラス」の中間くらいに位置する価格だが、アメリカではEVに対して7500ドルの補助が受けられるため、実質4万2400ドルとなると、Cクラスの上位グレードあたりと競合する。サイズの大きさがネガになりにくく、一般的に自宅に電源付きのガレージを用意するのが日本よりも容易なアメリカだけに、すべてのプレミアム・ブランドがモデルSの価格に戦々恐々としているはずだ。
テスラ創設者、イーロンの最大の功績は、これまで自動車は自動車メーカーにしか量産できないといわれてきた常識を覆したことだ。この世の石油が掘り尽くされるよりも先に、環境面の要求から次世代車開発の機運が高まった。次世代乗用車の本命と目されるEVは、クルマのなかで最も複雑で最もコストのかかるエンジンを搭載しないことから、「自動車メーカーじゃなくても自動車を造って売ることができるのではないか」という意見があちこちで聞かれるようになった。実際、モーターを積んで実用的な速度で走らせるベンチャーが世界中でいくつも生まれた。
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けれど、ほとんどすべてのEVベンチャーはプロトタイプを数台作って頓挫した。構造自体はシンプルなEVを作ることはどこでもできたが、既存の自動車メーカー以外で、クラッシュテストをはじめ、販売するのに必要な要件を満たし、量産できたところは今のところテスラしかない。2500台を量産と言っていいかどうかはともかく、最初のモデルを売り切って、ついにはフルオリジナルの第2弾を完成、発売にこぎつけた。いくつもの吹き飛んだEVベンチャーのことを考えると決して簡単ではないが、既存の自動車メーカーでなくとも自動車の量産が不可能ではないということを、テスラは証明した。
来年にはモデルSの基本コンポーネンツを使って、第3弾となるSUV「モデルX」を発表する予定だ。EVの量販に関して明確なアドバンテージをもつこの新しいメーカーが、将来的にどの程度モデルを増やすのか、どの程度の規模を目指すのか、安いのも出してくれるのか、はたまたこの先どこかのグループに入るのか、それとも資本的に独立を保つのか……。
現時点では分からないが、少なくとも「T」をモチーフとしたエンブレムを日本でもしばしば見かける時代がすぐそこまできているのは間違いなさそうだ。初めて充電設備を備えたガレージを持たない自分の環境を悔やんだクルマだ。
(文=塩見智/写真=Don Feria)

塩見 智
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