フォルクスワーゲン・ザ・ビートル デザイン レザーパッケージ(FF/7AT)【試乗記】
その名にふさわしい進化 2012.06.26 試乗記 フォルクスワーゲン・ザ・ビートル デザイン レザーパッケージ(FF/7AT)……303万円
フォルクスワーゲンの個性派モデル「ニュービートル」がフルモデルチェンジ。「ザ・ビートル」として生まれ変わった新型を、巨匠 徳大寺有恒はどう見る?
ビートルの思い出
松本英雄(以下「松」):今日の試乗車はフォルクスワーゲンの「ザ・ビートル」です。
徳大寺有恒(以下「徳」):「これぞビートル」ってことか。ニュービートルに続いてザ・ビートルときて、しかもそこまで言い切ったら、次はなんて名乗るのかな。今から心配してもしょうがないけどさ。(笑)
松:たしかに。それは置いておくとして、ビートルとくれば、やはりオリジナルの「タイプ1」から話を始めたいですね。とはいうものの、考えてみると、これまでに巨匠からビートルにまつわる話は、ほとんど聞いたことがありませんね。
徳:そうかい。でも当然といえば当然だな。ビートルは一度も所有したことがないから。いや待てよ、学生時代にちょこっとだけ乗ったことがあったな。
松:それは初耳ですね。
徳:そりゃそうだろう。俺だって、久々に思い出したんだから。(笑)
松:で、どんなビートルだったんですか?
徳:ちょうど表に並んでいたような、オーバルウィンドウ(注1)のヤツだったな。タクシー会社をやってたウチのオヤジがどこからか手に入れてきたクルマで、営業車用のナンバーが付いてた。
松:でも2ドアのビートルで、タクシーってことはないですよね?
徳:いや、それがあったんだよ。ウチのは営業ナンバーのままこっそり自家用として乗ってたんだけどさ、1950年代の東京では、2ドアのビートルとか「DKW」(注2)なんかもタクシーに使われてたんだ。4ドアだけど、「シトロエン2CV」もあったぞ。
松:へえ、そりゃ楽しそうですね。今ではパリに観光用の2CVタクシーがあるそうですが。それはそうと、なにかそのビートルの思い出は?
徳:それがあまり印象に残ってないんだ。ウチにきた時点でかなりボロくなってて、あまり調子よくなかったし。そうそう、1速以外はほとんどクラッチを踏まずにギアチェンジできたな。それだけは覚えてる。
松:色は?
徳:元はきれいな濃紺だったろう、と思わせるすすけた色だった。
松:結局、ビートルはそれっきりですか?
徳:うん。そのころの俺の趣味は英国車だったし、なんたって60年代はクルマの黄金時代だろう? 続々と新しい、高性能なモデルが出てきたから、ビートルに目はいかなかったんだな。
松:なるほど。考えてみればビートルは戦前生まれのクルマですものね。
徳:そうなんだ。でも、逆をいえば基本は戦前の設計なのに、70年代半ばに「ゴルフ」が登場するまでフォルクスワーゲンの主力車種だったというのも、すごいことだけどな。
松:おっしゃるとおりですね。じゃあ、そろそろクルマを見てみますか。
注1)オーバルウィンドウ
1953年から57年まで作られた、楕円(だえん)形のリアウィンドウを持つ「タイプ1」のこと。
注2)DKW
2ストロークエンジンを搭載した、現在のアウディの前身となるドイツ製の小型車。
スポーティーでマッチョ
徳:ずいぶん大きくなったなあ。特に幅が。
松:1.8mを超えてますからね。
徳:そんなにあるのか。オリジナルは1.6m未満だったから、20cm以上広がったんだな。
松:フォルクスワーゲンによると、円弧を基本とするデザイン優先だったニュービートルに対して、ザ・ビートルはオリジナルのプロポーションに近づけたとのことです。たしかに横からの眺めはそうだけど、フォルムはワイド&ローですよね。
徳:チョップドルーフ風の低い屋根といい、スポーツカー的というか、ポルシェっぽい雰囲気もあるな。
松:横長のテールライトもポルシェをイメージさせる原因じゃないですかね。やっぱりビートルは縦長のほうがいいと思うんですが。
徳:ああ。しかしこの大きさは、アメリカ市場をメインに考えて作られたクルマという気がするな。
松:そもそもザ・ビートルという車名からして、アメリカ風ですよね。ドイツなら「ケーファー」(ドイツ語で「カブトムシ」)でしょう?
徳:うん。アメリカでは「バグ」(英語で「虫」)とも呼ぶけどな。
松:そうでした。昨年の東京モーターショーには「フェンダー」(注1)とのコラボモデルが展示されていましたが、やはりアメリカを向いたクルマなんでしょうね。最初からチョップドルーフになっているし、きっとキャルルック(注2)が似合いますよ。
徳:そうだな。
松:いっぽうサイズからいっても、プロポーションからいっても、ニュービートルにあったファンシーな雰囲気は乏しいですね。もっとも、ニュービートルのそうした部分が、男性ユーザーに敬遠される場合も少なからずあったそうですが。
徳:その反省も踏まえて、よりスポーティーで、マッチョな方向に振ったんだろう。
松:それによって、特に日本では女性ユーザーからの支持が減りそうですけどね。
徳:それは仕方ないんじゃないか。そもそもビートルってクルマはさ、ヒトラーの構想から生まれ、ポルシェ博士が設計した、真面目で合理的な実用車だった。それがアメリカにわたると、陽気な西海岸の連中によってファンカー、ファニーカーとしての魅力を見いだされたわけだが、決してファンシーではなかった。その流れからすれば、ザ・ビートルも同じレトロ路線とはいうものの、何も「フィアット500」あたりとかわいらしさを競う必要もないと思うんだ。
松:ニュービートルがちょっと特殊だっただけで、ザ・ビートルはプロポーションと同様にキャラクターもオリジナルに近くなったというわけですね。徳:そういうこと。
注1)フェンダー
エレクトリック・ギターを主力とするアメリカの楽器メーカー。
注2)キャルルック
「California Look」の略で、アメリカ西海岸風のカスタム手法。
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“風味”よりも本格的
徳:だてにボディーは大きくなってないな。室内はニュービートルよりだいぶ余裕があるよ。もっとも、ニュービートルはそもそも成り立ちが特殊だったが。
松:言ってみれば「ゴルフ4」のプラットフォームに、デザイン優先のボディーをかぶせただけでしたからね。運転席に座るとウインドシールドがはるか遠くにあって、ダッシュ上面は鉢植えでも置きたくなるくらい広かった。(笑)
徳:Aピラーが大きく視界を遮っていたし、後席もプラス2でしかなかったが、これはフル4シーターになったものな。
松:申し訳程度だったラゲッジルームも、十分な広さになってます。
徳:ニュービートルはフォルクスワーゲンにしては珍しく、思いつきで仕立てられた企画モノだった。それに対して、ザ・ビートルはまともなクルマになったということだな。
松:そうですね。いっぽうレトロ風味もより本格的で、インテリアはインパネやドア上部がボディー同色仕上げとなり、ダッシュにはグローブボックスまで再現されていますよ。
徳:ここまでやるんだったら、オーディオも「テレフンケン」(注)のラジオ風にしてほしかったな。
松:賛成。われわれにはフェンダーよりそっちのほうが魅力的ですね。
徳:ふと気づいたんだが、ステアリングホイールの径が少し大きめなんじゃないか?
松:おっしゃるとおりです。スポーク部分にボディーカラーを入れたデザインも新鮮だし、握った感じもいいですよ。
徳:ところで、これのエンジンは?
松:1.2リッターのターボです。
徳:ほう。1200といえば、ビートルがもっとも長く使っていたサイズじゃないか。
松:そうなんですよ。偶然でしょうけど。
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徳:もっとも設計に半世紀以上の隔たりがあって、しかもこっちはターボ付きだから、比較にはならないけどな。
松:でもスペックだけを見れば、SOHC8バルブで最高出力105psと、パッとしないところはフォルクスワーゲンらしい気もします。(笑)
徳:たしかに。それでいて、乗ってみれば力は十分なんだよな。ただし首都高速の短い合流車線で、一気に加速しようとアクセルを踏み込んだところ、車速が上がるまでワンテンポあったのは、ちょっと気になったが。
松:それは排気量の小さい、ダウンサイジングターボの弱点かもしれませんね。
徳:でもまあ、この車格にしては室内は静かだし、乗り心地もまずまずじゃないか。ここまで乗ってきた「ゴルフカブリオレ」に比べると、やや落ちるが。
松:ゴルフカブリオレの乗り心地がよすぎるんですよ。リアサスペンションの形式も違うし。あっちはマルチリンクで、こっちはトーションビームですから。
徳:そうか。で、これはいくらなんだい?
松:このレザーパッケージ仕様は303万円、いずれ導入されるファブリック仕様は250万円だそうですよ。
徳:ゴルフよりチョイ安ってところか。思ったよりリーズナブルだな。
松:ゴルフ好きの巨匠も、たまにはこんなのもいかがですか?
徳:俺自身の趣味とはちょっと違うが、同世代のビートル好きには意外とウケるんじゃないか。ただし年寄りには、もう少しコンパクトなほうがいいんだけどな。
注)テレフンケン
かつてドイツに存在した総合電機メーカー。
(語り=徳大寺有恒&松本英雄/まとめ=沼田亨/写真=峰昌宏)

徳大寺 有恒

松本 英雄
自動車テクノロジーライター。1992年~97年に当時のチームいすゞ(いすゞ自動車のワークスラリーチーム)テクニカル部門のアドバイザーとして、パリ・ダカール参加用車両の開発、製作にたずさわる。著書に『カー機能障害は治る』『通のツール箱』『クルマが長持ちする7つの習慣』(二玄社)がある。

沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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