トヨタ86 GT“リミテッド”(FR/6AT)【試乗記】
男子にだけじゃもったいない 2012.04.23 試乗記 トヨタ86 GT“リミテッド”(FR/6AT)……322万8080円
とかくオトコっぽさで語られることが多いスポーツカー。話題の「トヨタ86(ハチロク)」は、女子の目からはどう見える?
当時のAE86は知らないが……
「ハチロクって、黒木メイサがCMしてるクルマですよね?」
「それは、スバルさんのBRZです」
「あ、ごめんなさい!(あちゃ〜、やっちまったぜ)」
そんな開発陣とのやりとりから始まった「トヨタ86(ハチロク)」試乗会。自動車ライターを名乗ってて、このていたらく。
なぜここまでハチロクがノーマークだったかというと、そのネーミングを聞いただけで、古くさくて、マニアっぽいと思って、ちょっと引いてしまっていたから。そりゃあ1歳半の息子の世話で、すっかり所帯じみてもいるけれど、先代のハチロク(AE86)はマンガでしか知らないし、それだって随分あとの話。“すでに終わった時代のクルマ”という気がしていたのです。
かくいう私、この仕事を始めるようになった27歳でオートマ限定を解除して、安く譲り受けた「日産180SX」でドリフトの練習に夢中になり、マンガ『頭文字D』で若者がクルマで峠を攻めることに夢中になった時代があったことも知ったけど、リアルにその時代を享受した人間でないとわからない空気感や熱狂ってものは知らない。つまり、昔のハチロクに関してはまったくのシロートです。なにせ、小学生だったんで。
初対面の新しいハチロクは、正直なところ、地味で華がないと感じた。サイドビューはそれなりにスポーツカーしているけど、フロントはのっぺりと平べったくて、なんだか日本人の典型顔みたい。残念! でも、乗ってみたら、なにかが違う。ワクワクしてきたのです。
湾岸線がサーキットに!?
振り返れば、AE86が現行型として活躍したのは1983年から1987年まで。その人気はバブル景気を背景に駆け上がったと聞くが、バブルとともにはじけたわけではない。トヨタの社員の中にはAE86に長年乗り続けている愛好家が数多くいて、開発陣にはなんと26年間の愛を貫いている猛者までいるという。私の中でハチロクは、すでにシロートが入り込めない域に達した、殿堂入りのマニアカーなのです。
そんなバブル世代への羨望(せんぼう)と反発が心のどこかにあったからか、「いまさら国産スポーツカーって、バブル世代がまたなんかやってるんでしょう。もう、おいしい時代のお古なんてまっぴらごめん!」って気持ちも実はあった。それも、ハチロクに対するノーマークにつながっていたのかもしれない。バブルを知らない氷河期世代の、せめてもの意地かな。
そんなにわか知識と偏見とをひっさげて、新型86のハンドルを握ることに。シートに座ると、ドライビングポジションは地べたにそのまま腰を下ろしたように低く、チルト機構を一番下まで下げてもステアリングの位置が高く感じられる。でも、このポジション、なんだかワクワクする。
1速でレッドゾーン手前まで回して、2速、そして3速へとシフトアップしてみる。パワー自体は驚くほど強力ではないものの、エンジンサウンドはタダモノではない。また、VSCを切った状態でのコーナリングやスラロームでは、「FRだけに、くるっと回っちゃうかもよ!」というドキドキ感もある。毎日、幼児番組漬けで、童謡の緩慢なリズムがしみ込んだ体に、濃縮マムシドリンクをドカンとブチ込まれた感じ!?
そういった衝撃の初試乗から1週間後、再び縁あって6段AT仕様の86を試乗することになった。とにかく低重心で安定してるから、アクセルペダルをベタ踏みにしてもまったく怖くない。自然吸気エンジンだから、度肝を抜くようなパワフルさでないぶん、自分の腕で操れそうな範囲で存分に楽しめるところもいい。高級車だと安っぽいと感じてしまう風切り音も、軽量なスポーツカーにとってはむしろいい味になってる。
6段ATは滑らかな加速感が得られるほか、MTモードでのシフト操作も違和感がない。都心から横浜へとつながる首都高湾岸線は、女子でも存分に楽しめるサーキットに変わった!
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前向きなスポーツカー
エンジンの吸気音を室内で共鳴させる「サウンドクリエイター」という装置には、すっかり夢中になってしまった。MTモードで、レブリミッター寸前まで回してシフトアップ。アクセルを踏み増す度に、“ブンブン”というエンジン音が脳を刺激する。信号から信号までの短い距離であっても、発進から加速、減速といった一連の動作を、音の変化とともに感じることができる。
特に高速道路では、さまざまな音のバリエーションに聞き入ってしまった。ハイギアで低回転を維持した状態では、喉元を震わせるようなバリトンが、加速するにしたがってテノールへと変化する音色を感じることができる。その独特の声色はまるでモンゴルに伝わる喉歌、ホーミーみたい。
「もっとアナタの声を聞かせて!」と、ギアを3速に固定し、アクセルをグイっと踏み込んでいくと、さらに官能的なカウンターテナーの歌声が脳を刺激してくる。「ちょっとスーパーカーみたいじゃない!」
加減速を繰り返しすぎて、ちょっぴり気分が悪くなったほど、86サウンドのやみつきに。姑息(こそく)な手段でスポーツカーっぽさを演出していると言えなくもないけれど、日常のシーンで、サーキットさながらの楽しさが味わえるってのは、最高じゃない! ハチロクってだけで、古くさくてマニアっぽいと決めつけていた私が間違ってました。
新型86はバブルの残り香なんかじゃない。人に迷惑をかけずに楽しめる、エココンシャスで、新しい時代のスポーツカーでした。オタクっぽいと一蹴することは簡単だけれど、一途(いちず)でピュアな思いこそ、ものごとを動かす原動力であることを、私たちはよく知っているはず。やっぱり86に乗ってよかった!
(文=スーザン史子/写真=荒川正幸)

スーザン史子
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