第292回:「クジラクラウン」のパンパーに思う「用を果たさぬ美」
2013.04.19 マッキナ あらモーダ!第292回:「クジラクラウン」のパンパーに思う「用を果たさぬ美」
個人的に歴代ナンバーワンの「クラウン」
日本ではピンクの14代目「トヨタ・クラウン」が話題だ。しかし、ボク個人が歴代クラウンのなかで最も傑作だと思っているのは、1971年に発表された4代目の「MS60/70系」である。小学校入学直前だったボクは、そのスピンドルシェイプ(紡錘<ぼうすい>型)と称するクジラのような前衛的デザインに、大きな衝撃を受けた。
クラウンは、セダンやクーペはもちろん、カスタムと名付けられたワゴンモデルも、同じタイプの日本車の中でもっともあか抜けていた。
ところが、3年半後の1974年10月に登場した後継モデル「MS80/90系」は、打って変わってコンサバティブなデザインのボディーとなり、ボクはあぜんとした。さらに、キャッチコピーが「美しい日本の新しいクラウン」のうえ、イメージキャラクターには山村聰が復活、吉永小百合とともに「和」を強調していた。小学3年生ながら反動保守化の空気を感じた。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ビルトイン型バンパー
多くの自動車好きが知るとおり、4代目クラウンが一般的に不評で、通常のモデルサイクルの4年を待たずしてモデルチェンジされた理由のひとつに、そのバンパーがあった。前後ともボディーと面一になっていたうえ、エンジンフード先端に段があったため、コーナーが見にくくボディーを損傷しやすかった、というのだ。
ボディーにビルトインされたバンパーは、当時のアメリカ車のトレンドを取り入れたものであることは間違いない。その始まりとしてボクが認識しているのはフォードで、1961年の「リンカーン・コンチネンタル」に、早くもその兆候を見ることができる。
GMも1960年代に果敢にそうしたバンパーを採用した。例えばビュイックは、1964年モデルに面一のバンパーがみられる。ただし形状からして、4代目クラウンがとりわけ参考にしたのは、クライスラー系のデザインと思われる。クライスラーは1965年に前後バンパーを埋没させ始め、1969年には多くのモデルで完全にボディーと面一化を実現している。
今考えるとブームは、1950年代に、砲弾をくくり付けたかのようにマッスル感あふれるバンパーを装着していた反動とさえ思える。そうしたデザインにそれほど不満が集まらなかったのは、日本と違って、ちょっとした接触にもおおらかなユーザーのマインドであろう。やがてバンパーのビルトイン化は、欧州にも波及する。「ルノー15」は、その好例であろう。
かくもビルトイン型バンパーを流行させたアメリカだが、連邦自動車安全規制215条によって、1974年モデルイヤーからは時速5マイルで衝突した際、車両の各部に大きなダメージを与えない、いわゆる「5マイルバンパー」が義務づけられた。
それをきっかけに、アメリカ車やアメリカ輸出用のクルマは、ショックアブソーバーを内蔵した重いバンパーを前後にぶら下げざるを得なくなり、デザインの自由度が大幅に制限されてしまったのは、なんとも皮肉である。
![]() |
![]() |
![]() |
それは縁なし眼鏡やビキニと同じ
日頃イタリアで、縦列駐車している他人のクルマにぶつけられ、バンパーにかすり傷をつけられたり、ナンバープレートを曲げられてクヨクヨしているボクである。バンパーがないことなど考えられないし、軽い衝突の際クルマや乗員を守る重要なパーツであることは認識している。
しかしながら、冒頭の4代目クラウンのバンパーといい、ヒントとなった往年のアメリカ車のバンパーといい、そのスタイリッシュさの裏には「用を完璧に果たさない美」がある気がしてならない。俗にいう「用即美(ようそくび)」とは正反対のイメージである。かといって、ミニマリズムといった堅苦しい論理に基づいたものでもない。
見る人に「これで大丈夫?」と思わせる、危うさ、か弱さから来る格好よさだ。
良い例は、眼鏡に見ることができる。縁なしはフレーム付きと比べて壊れやすい。1990年代初頭、ボクはウインドスクリーンが低い「ポルシェ550スパイダー」に同乗した経験があるが、そのときかけていた縁なしサングラスは、風圧で変形するのがわかった。それでも、縁なしの繊細な雰囲気は、当時主流だった(そして最近再び流行の兆しのある)太い武骨な通称“アラレちゃんめがね”よりも格段に上だった。
同様に、盤面に時刻の数字がないリストウオッチも、正確な時刻がわからないという危うさと裏腹の美しさがある。ニューヨーク近代美術館永久所蔵品にもなっているモバードの腕時計「ミュージアム・ウオッチ」の美しさをみれば、それがわかる。
ついでにいえば、女性のビキニも、水着のファンクションのうち、まともに泳ぐというファクターを切り捨てているからこそ美しいのである。
残念ながら、コストと世界の安全基準に縛られた今日のカーデザイン界では、ビルトイン型バンパーのような選択は許されない。だからボクにとって4代目クラウンは、日本車にも夢見る余地が残っていた頃の、ひとつのシンボルなのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、トヨタ自動車、General Motors)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ 2025.9.11 欧州で大いに勘違いされている、日本というマーケットの特性や日本人の好み。かの地のメーカーやクリエイターがよかれと思って用意した製品が、“コレジャナイ感”を漂わすこととなるのはなぜか? イタリア在住の記者が、思い出のエピソードを振り返る。
-
NEW
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
NEW
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。 -
NEW
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか?
2025.10.16デイリーコラム季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。 -
NEW
BMW M2(後編)
2025.10.16谷口信輝の新車試乗もはや素人には手が出せないのではないかと思うほど、スペックが先鋭化された「M2」。その走りは、世のクルマ好きに受け入れられるだろうか? BMW自慢の高性能モデルの走りについて、谷口信輝が熱く語る。 -
NEW
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】
2025.10.15試乗記スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。 -
第849回:新しい「RZ」と「ES」の新機能をいち早く 「SENSES - 五感で感じるLEXUS体験」に参加して
2025.10.15エディターから一言レクサスがラグジュアリーブランドとしての現在地を示すメディア向けイベントを開催。レクサスの最新の取り組みとその成果を、新しい「RZ」と「ES」の機能を通じて体験した。