価値観は人それぞれ
一風変わったクルマを買った人がイヤな思いをする瞬間がある。それは、さしてクルマに興味のない友達に初めてクルマを見せた時、見せたといってもわざわざ見せたのではなく、クルマで迎えにいったりして、たまたま見られる機会があった時に、「へーこれ買ったんだ。いくら?」と尋ねられ、正直に答えた末に「え、これが?」みたいな反応をされた時だ。
そりゃその人はその人で、友達が新しいクルマで登場したんだから、よくわからないけれど、質問のひとつやふたつしてあげるべきと思っての行動だろうが、お互いにとってよいことはないので、興味がなかったら尋ねないほうがいい。尋ねるんなら、その友達がどうしてその一風変わったクルマに興味をもったか、少なくとも1時間や2時間はじっくり聞いてあげる覚悟で尋ねてほしい。
そういう事態が起こりそうな代表的なクルマが、新車なら「フィアット・パンダ」あたりじゃないだろうか。フィアットは世界的にはメジャーなベーシックカーブランドだが、極東の特殊な市場ニッポンにおいては、なんらかの理由でフィアットじゃなきゃダメだという人が、一般的な価値観からすれば割高かもしれないのを承知で、遠くのディーラーまで出向いて買うブランドだ。そういう人たちにとっては、売れ筋国産車のほうが、ずっと割高に思えるのだ。
さて、モデルチェンジしてちょっと丸みを帯びたパンダ。全長3655mm、全幅1645mm、全高1550mm、ホイールベース2300mmと、初代ほどではないが、依然としてコンパクト。同クラスのコンパクトカーに比べ、左右は狭いが高さで稼いでいるので、室内は十分にルーミーだ。大人4人が長時間快適に過ごせるだけのスペースを確保している。5人乗るとリアは快適とはいえないかもしれないが、それはこのクラスならどれもだいたい同じ。
振動も味わいの一つ
3代目となる新型は、「スクワークル」(「スクエア」+「サークル」の造語で、丸みを帯びた四角という意味)をモチーフにデザインされている。エクステリアではヘッドランプユニットとその内部の造形に、インテリアではメーター外枠やエアコンスイッチなどインパネまわりにスクワークルをいくつも見つけられる。なんとステアリングホイールまで、円型ではあるが、そこはかとなく四隅があるデザインだ。ワングレードで208万円。
新型のトピックは、なんといってもツインエアエンジンが搭載されたこと。「500(チンクエチェント)」に初めて積まれ、独特の振動と音を伴いながら、結構力強い直列2気筒ターボエンジンだ。2気筒といっても単に低コストのエンジンではなく、複雑な機構をもつ。吸気バルブを開閉するカムシャフトと排気バルブを開閉するカムシャフトが別に存在するのが、いわゆるDOHCエンジンだが、ツインエアは、排気バルブはカムシャフトで開閉するが、吸気バルブはカムシャフトによってではなく、油圧で開閉をコントロールする「マルチエア」というシステムを採用している(その油圧は排気バルブ用カムシャフトの別のカム山によって発生させる)。スロットルバルブはエンジンブレーキ用に存在するが、吸気の量やタイミングは油圧制御できめ細かくコントロールする。4気筒版がアルファロメオに搭載されている。
とにかく、そのマルチエア技術と気筒数が少ないことによる低フリクション化などによって、ツインエアエンジンは小さく、軽く、パワフルだ。近頃、「日産マーチ」「日産ノート」や「三菱ミラージュ」「プジョー208」など、従来4気筒を載せていたクルマに3気筒を載せるのが流行しているが、それも部品点数減少による効率アップを狙ってのこと。ただし、フィアットは4気筒から3気筒ではなく、一気に2気筒にまで減らした。日産、三菱、プジョーあたりがどうして一気に2気筒にしないかというと、振動を消せないからだ。じゃフィアットはどうしたか――。振動はそのまま。振動を「キャラクターだ」と主張し、効率を優先して採用した。フィアットじゃなきゃダメという人が好むのはまさにこの辺で、「振動=不快とは限らないでしょ」という妙な自信と潔さがたまらない魅力なのだ。僕自身もツインエアエンジンの振動が好きで、ステアリングホイールやシートを通じてブルブル震える感触を楽しんでしまう。
ビビビッときたら「買い」
トランスミッションはシングルクラッチの5段ロボタイズドMTで、何も考えずにただアクセルを踏むだけでは変速時にショックを発生させてしまう。けれど、3ペダルMTのつもりで左足を“エアクラッチ”断続操作するなど、コツをつかむとスムーズに走らせられる。これだって一般的な人に言わせればあまり出来のよくないトランスミッションということになるが、好きな人、例えば僕にとっては足りないピースを人間が補って一体感を感じられるトランスミッションだ。
ツインエアが高効率といっても、車重1070kgに最高出力85ps/5500rpm、最大トルク14.8kgm/1900rpm(エコモード時は77ps、10.2kgm)のパワーだから、絶対的な速さはない。柔らかい足まわりに、相対的に高い車高があいまって姿勢変化は大きめで、よくクルマを理解しないとスムーズに動いてくれない。理解できるとすべてのスペックが知的、合理的に感じられ、なにか小さな力で大きな仕事をしているような気にさせられる。チンクエチェントのツインエアにも通じるのだが、少々ラフでもいいからアクセルをガバっと深く踏み込んで、ステアリングもグイッと切って、ブレーキもギュッと強く踏むと、このクルマは生き生きと走ってくれる。取材日にはもう1台、ミドシップ10気筒、500ps超、2000万円超のスーパースポーツもあったのだが、箱根ターンパイクを走ってどちらがより楽しかったかと聞かれたら、なかなか返答が難しい。
あまりに特殊なクルマのように書いてしまったが、本来はイタリア人に徹底的に使い倒されるクルマなので、リアシートを立てて225リッター、倒して870リッターのラゲッジルーム、JC08モード18.4km/リッターの燃費、年間2万9500円の自動車税など、とても経済的、実用的だ。家族や友達と荷物を満載すると真価を発揮するはず。ただし、何度も言うように、万人受けするクルマではない。すでにフィアットを知ってる人、もしくは試乗してビビビッときた人は長い付き合いになる可能性がある。フランス車がグローバル化していくなか、200万円ちょっとで変わったクルマ買ったなという気にさせてくれるのは、いまやフィアットしかない。
(文=塩見智/写真=河野敦樹)
テスト車のデータ
フィアット・パンダ Easy
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3655×1645×1550mm
ホイールベース:2300mm
車重:1070kg
駆動方式:FF
エンジン:0.9リッター直2 SOHC 8バルブターボ
トランスミッション:5段AT
最高出力:85ps(63kW)/5500rpm
最大トルク:14.8kgm(145Nm)/1900rpm
タイヤ:(前)185/55R15/(後)185/55R15(グッドイヤー・エフィシエントグリップ)
燃費:18.4km/リッター(JC08モード)
価格:208万円/テスト車=213万円
オプション装備:車体色<スイートドリームターコイズ>(5万円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:907km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(4)/山岳路(1)
テスト距離:358.3km
使用燃料:32.5リッター
参考燃費:11.0km/リッター(満タン法)
